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第5話 理由と転移


 バルタザールの語る事情は、思っていた以上に筋が通っていた。

 跡継ぎがいないこと。血縁にも候補がいないこと。周囲からは早く後継を決めろと急かされ続けていたこと。それでもなお、自分はまだ現役だと突っぱねてきたこと。


 そして今日、体調を崩して路地裏で倒れていたこと。


「……なるほど」

 私は静かに頷きながら、その話を頭の中で整理していく。


 話の流れ自体は、そこまで不自然ではない。むしろ、ありふれた話だった。権力者に後継者がおらず、周囲は焦るが本人はまだやれると拒む。

 そして、あるきっかけで後継を決める。


 うん、筋としては綺麗すぎるくらい綺麗だ。


「……少しだけ、出来すぎている気もしますが」


 私はわずかに首を傾げながら、穏やかな声でそう返した。責めるような言い方ではなく、あくまで率直な感想として。

 するとバルタザールはくく、と喉の奥で笑った。


「そう思うか」

「ええ。ですが――それが運命と呼ばれるものならば、納得もできます」


 少しだけ目元を柔らかくして微笑む。

 バルタザールの目が、楽しげに細められる。


「ほう……言うな」

 その反応を見て、私は内心で軽く頷く。

 悪くない反応だ、こういう言い回しは嫌いではないらしい。


「ですが、一つだけ。確認しておきたいことがございます」


 完全に受ける前に条件を詰める、当然の流れだ。

 そして、ここが一番重要な場面でもある。


 バルタザールは、興味深そうに顎に手を当てた。


「言ってみよ」


 私はゆっくりと言葉を選んだ。


「私を養子に迎えるということは、いずれこの街の後継として扱う、という認識でよろしいでしょうか」


 まずは前提確認。ここがズレていたら話にならない。

 するとバルタザールは、即座に頷いた。


「無論じゃな。わしの名を継ぎ、この街を継ぐ者として扱う」


 よし、ここは確定。

 

「では、その立場に相応しい権限や教育については、どのようにお考えですか?」


 次に重要なのはここだ。

 名前だけの後継では意味がない、実質的な力が伴うかどうか。


 バルタザールは、少しだけ目を細めた。


「ほう……そこまで考えるか」

「当然です。名ばかりの立場ではいずれ周囲に軽んじられるでしょう」


「……くく。よい、実によい。その通りじゃ」

 バルタザールは低く笑い、その目が明確に評価の色を帯びた。


「安心せい。教育も権限も相応のものを与えよう。この街の内政、力、そして、ギルドとの関係も含めてな」


 来た。ギルドとはつまり、プレイヤー側への影響力。

 これが手に入るなら――


「……十分すぎる条件ですね」


 表面上は、落ち着いた声音でそう返す。

 だが、思考は高速で回っている。


 内政、力、ギルド。

 つまり、街を丸ごと運用できるってことだ。


 これはもう、ただのプレイヤーじゃない。運営側に片足突っ込んでるレベルだ。

 なんならゲームのジャンルが違うし、しかもそれを序盤で引くとは。


 さすがに引きが良すぎる。

 軽く笑いそうになるのを抑えながら、私は最後の確認に入る。


「もう一点、気になることがあるのですが……」

「なんじゃ?」

「……なぜ、私なのですか?」


 これは純粋な私としての疑問だ。

 そして、相手の本音を見るための質問でもある。

 バルタザールは、ほんの一瞬だけ沈黙したあと――ゆっくりと口を開いた。


「顔」

「……は?」


 いや、ちょっと待って顔!?


「顔が良く、所作が良く、態度が良い、そして――頭が回る」


 指を折るように、一つずつ並べていく。

 短く、断定的に、それが全てだと言わんばかりに。


「……なるほど」

 私はゆっくりと頷く。


 シンプルで納得できる、至極簡単な理由だった。

 まぁ、もともとこのキャラは高貴な存在として作っていたから、貴族にふさわしくて当然なんだけど。


「……お話、理解いたしました」

 私はゆっくりと顔を上げ、穏やかな微笑みを浮かべる。

「その上で――お受けいたします」

 一切の迷いなく、言い切る。


「私、ラウラは。バルタザール・ラ・ヘル殿の養子として、その名を継ぐことを承諾いたします」

 静かに、けれどはっきりと宣言する。


「……おお」

 バルタザールの顔が、はっきりと明るくなった。

 さっきまでの落ち着いた表情とは違う、年相応の喜びが滲む。


「そうか、そうか!よくぞ言うてくれた!」

 その声には、確かな安堵と期待が混ざっていた。


「ならば――善は急げじゃ」

 そう言って、バルタザールは懐に手を入れる。


 取り出したのは、一つのネックレス。

 古びた銀の鎖に、透き通った水晶が取り付けられている。それは、ただの装飾品には見えなかった。どこか不思議な力を帯びているような……魔道具?


 そう思った瞬間。


「少し目を閉じておれ」

 バルタザールがそう告げる。

 有無を言わせない声音で。だが、拒否する理由もない。


「……わかりました」

 私は素直に目を閉じた。


 次の瞬間。


 ほんのわずかに、空気が震えた。

 カチ、と何かが切り替わるような感覚。


 強い光が、瞼の裏を白く染める。同時に、身体がふわりと浮くような感覚。

 これ、さっきも経験したような――


「……っ」

 思わず息が詰まるが、それは一瞬だった。

 ゆっくりと、目を開ける。


 そこにあったのは――


「……え?」

 思わず、声が漏れた。


 目の前に広がっていたのは、さっきまでの路地裏ではない。

 圧倒的なスケールの巨大な門と、高くそびえる外壁、その奥に見える荘厳な建物。


 ――屋敷。


「……城じゃない?」

 思わずそう呟いてしまうほどの、規模と威圧感だった。


 石造りの重厚な門の前に、私は立っていた。

 さっきまで路地裏にいたはずなのに。


 振り返っても、同じように整備された庭園と長く伸びる道があるだけだった。庭園には青い炎のような造形の美しい薔薇が咲いており、門と外壁は黒く硬質な素材でできているのが魔族らしさを強めていた。

 街とは違う、完全に別の場所だ。


「……転移?」


 そのとき、背後から気配を感じた。

 振り返ると、そこにはいつの間にか立っていたバルタザールが静かに微笑んでいた。


「ここが――わしの屋敷じゃ」

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