第46話 市場での買い物
そうして笑う木の市場へ戻ってきたところで、私はようやく自分たちがかなりの量のコインを持っていることに気づいた。
いや、気づいていなかったわけではない。
嘘つき看板の迷路で嘘コインを稼ぎ、歌う花の舞踏会で花コインとごきげんコインを増やし、逆流川と忘れ物の丘では迷子コインやびっくりコインが増えた。
特にびっくりコインに関しては、ほぼカイ専用通貨と言っていいくらいの勢いで増えている。
水色の犬と呼ばれては反応し、落ち着きに拒否されては反応し、ペリカン紳士に評価されても反応する。本人の尊厳と引き換えに経済が回っていると言っても過言ではない。
だが、コインを得るたびに「出た」「拾った」「また出た」と処理していたせいで、実際にどれくらい溜まっているのか、きちんと整理していなかったのだ。
「一度、手持ちを確認しましょうか」
私がそう言うと、カイは待ってましたとばかりに自分の所持コインを表示した。案の定、びっくりコインだけ妙に多い。
「偏りがすごいですね」
「俺、びっくりだけで店開けそう」
「開かないでください。客が来るたび驚く店になるでしょう」
「それはそれで妖精っぽくない?」
「妖精っぽいですが、カイさんが疲れると思います」
ルーザの冷静な指摘に、カイは少し考えてから頷いた。
「それは嫌だな」
「判断基準がそこなんですね」
私は自分のコインも確認する。
花コイン、嘘コイン、ごきげんコイン、少しの迷子コイン、そしてカイから融通してもらえば大量にあるびっくりコイン。金貨コインもそれなりにある。
初日に道を調べまくったことと、花たちに妙に気に入られたことが効いているらしい。あの時は花に囲まれて少し困ったが、こうして数字になるとありがたい。
いや、花に口説かれる経験を数字で処理するのはどうなんだという気もするけれど、ゲームなので仕方ない。
すると、こちらの様子を見ていた市場の妖精たちが一斉にざわめき始めた。
「コイン持ってる!」
「お金持ちだ!」
「買ってー!」
「使ってー!」
「破産してー!」
「最後がおかしいですね」
私が即座に突っ込むと、近くの値札が「破産セール!」と書き換わった。縁起でもない。
笑う木は枝を揺らして愉快そうに笑っている。
「よいねぇ、よいねぇ。遊んだ客が買い物をする。市場としては一番楽しい時間だ」
「では、いくつか見せてもらいます」
「見せるとも。欲しがられるものに欲しがられな」
「やはり商品側に選ばれるんですね」
「この市場では、欲しいものを買うだけでは足りない。欲しいものに、欲しいと思われなければねぇ」
「面倒ですね」
「褒め言葉だねぇ」
もうこの国では、面倒という言葉はだいたい褒め言葉扱いになるらしい。便利だが、納得はしたくない。
私たちは市場の中を改めて歩き始めた。
昨日も少し見て回ったが、今日はプレイヤー……この世界でいう異界人の数が明らかに増えている。
イベント開始直後は各地へ散っていた者たちが、少しずつ笑う木の市場へ辿り着き始めたのだろう。広場のあちこちで、妖精と異界人が交渉したり、からかわれたり、商品に逃げられたりしている。
そして、その異界人たちがまた濃かった。
まず目に入ったのは、全身を銀色の鎧で固めた集団だった。
人数は十数人ほど。全員が妙に統一感のあるマントを羽織り、胸には円卓らしき紋章がある。先頭の青年が高らかに剣を掲げ、妖精たちへ向かって宣言していた。
「我ら、真・円卓騎士団! 妖精の国に秩序と誉れを示さん!」
「円卓なのに人数多くない?」
妖精が即座に言った。
「心が円ならば問題ない!」
「雑だね!」
「雑ではない、騎士道だ!」
「騎士道って便利な言葉?」
「違う!」
妖精たちがけらけら笑い、騎士団の何人かが真面目に動揺している。
見た目はかなり格好いいのに、妖精相手だとあっという間に調子が崩されていて面白い。
団長らしき青年は最後まで堂々としていたが、背後の一人が「団長、我々は本当に円卓でいいのでしょうか」と小声で言っていて、少しだけ同情した。
そこは今考えるところではないと思う。
その近くには、和装の集団がいた。
全員が着物に袴、腰には刀、女性も男性も和傘や羽織を身につけていて、非常に絵になる。
妖精の国の幻想的な市場に和風の侍集団が立っている絵面は、異物感があるのに妙に映えていた。
ただし、喋ると全員関西弁だった。
「ほな、まずコイン交換から行こか」
「せやな。花コイン足りへんわ」
「そこの妖精さん、ちょい聞きたいんやけど」
「サムライなのに関西弁だ!」
「何があかんねん」
「サムライってもっとこう、ござるって言わない?」
「言わへんわ!」
妖精と侍たちが普通に漫才のような会話を始めている。
見た目との落差がすごい。しかも一人だけ本当に「ござる」を使っている者がいて、周囲の仲間に「お前だけキャラ濃いねん」と突っ込まれていた。
さらに少し離れたところでは、いかにも姫プレイをしていそうな集団がいた。
中央にふわふわのドレスを着た小柄な美少女アバター、その周囲に整った顔立ちの男性プレイヤーが五人ほど控えている。
全員が中央の少女を丁重に扱い、椅子を引き、飲み物を確認し、妖精が近づけばさっと前に出る。いかにも「姫と護衛」だ。
だが、妖精は容赦がなかった。
「姫なの?」
小さな妖精が首を傾げる。
「姫です」
中央の少女が微笑む。
「男だよね?」
「姫です」
「男だよね?」
「姫です」
周囲の護衛たちが一斉に頷いた。
「姫です」
「姫ですね」
「姫だな」
「姫で間違いない」
「僕らの姫だ」
妖精が少し引いた。
「洗脳されてる?」
「私も少しそう思います」
思わず呟くと、カイが吹き出しかけた。
ルーザは無言だったが、かなり困惑しているように見える。異界人文化、NPCには少し刺激が強いかもしれない。いや、私にも強いわ。
その隣では、全員が獣人アバターの集団が妖精たちに囲まれていた。
狼耳、猫耳、狐耳、兎耳、熊耳までいる。どうやら彼らはイベント攻略というより、可愛い妖精や小動物系ギミックを探しに来ているらしい。
「何しに来たの?」
妖精が尋ねる。
「癒やし」
リーダーらしき狐耳の女性が即答する。
「正直!」
「攻略は?」
「癒やされた後」
「コインは?」
「可愛いものと交換できるなら集める」
「欲望が真っ直ぐだぁ!」
妖精たちは大喜びしていた。真っ直ぐすぎる欲望は妖精にとって眩しいのではなかったのか。
逆流川とはまた基準が違うのかもしれない。妖精の国、派閥ごとにルールが違いそうで面倒だ。
私はそれらの濃すぎる異界人たちを眺めながら、少しだけ感心していた。
DHOは世界の作り込みだけでも十分濃いのに、プレイヤーまで濃い。
いや、むしろこの世界に集まってくる人間が濃いのかもしれない。
普通のプレイヤーもいるのだろうが、この市場では濃い者ほど目立つ。妖精たちも面白い者へ寄っていくので、結果として濃さが増幅されるのだ。
そんな市場の中で、私たちは本格的に買い物を始めた。
最初に目を引いたのは、《月明かりのランタン》だった。
小さな銀色のランタンで、中に炎ではなく淡い月光のようなものが入っている。店番の妖精曰く、暗い場所や隠し通路の輪郭をうっすら照らす効果があるらしい。
ただし、照らされた通路が本当に通れるかどうかは別とのことだった。妖精の国仕様である。
「これは買いですね」
「赤の塔向けか?」
「はい。隠し通路や分岐の演出にも使えそうですし、こちらの攻略にも有用です」
「価格は、花コイン二枚、嘘コイン一枚、金貨コイン三枚!」
「意外と安い」
「でも時々勝手に月を探して揺れるよ!」
「許容範囲です」
購入。ランタンは私の手元で小さく揺れ、気に入ったように淡く光った。
次に買ったのは、《嘘つきインク》。
瓶の中で黒いインクがぐるぐる回っており、時々「本当」と書いてから自分で消す。
説明によれば、これで書いた文字は一日一回だけ嘘をつく。ただし、嘘をつくタイミングは気分次第。完全に赤の塔向けだった。
「これは危険では?」
ルーザが言う。
「危険ですが、使い方次第です」
「ラウラリア様がそう言う時、大抵使う気ですね」
「はい」
「でしょうね」
購入。ルーザは諦めたように息を吐いたが、止めなかった。
続いて、《喋る値札》を見つけた。
小さな木札で、紐で吊るせるようになっている。効果は「商品や宝箱に付けると、勝手に価値を主張する」。店主妖精の説明によると、値札は非常に強気らしい。
「安いよ!」
「高くないですか?」
「安いよ!」
「具体的には?」
「気分!」
値札そのものが喋った。
かなりうるさい。だが、宝箱や報酬部屋に置いたら面白そうではある。侵入者が宝箱を見つけた時、値札が勝手に価値を煽る。
罠宝箱にも使えるし、本当に価値のある報酬にも使える。
「買います」
「ラウラリア様」
「使いどころは慎重にします」
「本当に?」
「本当に」
購入。値札は「買われた!高値で!」と叫んだが、実際はびっくりコイン三枚と金貨コイン二枚だった。
高いのか安いのかわからない。
さらに、《昼寝妖精の枕カバー》も購入した。
昼寝妖精の羽と相性が良いらしく、休憩効率を上げるが、使った者はもう少しだけ休みたくなる。
これは赤の塔の休憩部屋に置くと危険だが有用だ。DP的にも、攻略者の満足度的にも、休憩部屋の価値を上げるのは悪くない。
ただし、長居しすぎ問題はレアに相談しなければならない。
他にも、《忘れ物呼び鈴》を買った。
一日一回、近くにある落とし物を呼ぶ。ただし、持ち主も一緒に来ることがある。
説明を聞いた時点でかなり怖かったが、忘れ物の丘での挙動を見る限り、使いようによっては重要なアイテムやイベントの呼び水になる可能性がある。
「持ち主も来るのは危険では?」
「危険ですが、イベントフックとして強いです」
「イベントフックとは?」
「……何かが起きるきっかけという意味です」
「ラウラリア様は、きっかけを自分から増やしすぎる傾向があります」
「それはそう」
カイが横から頷いた。
「カイに言われると少し納得がいきませんね」
「何でだよ!」
ぽん。
《びっくりコインを獲得しました》
「ほら」
「今の関係ある!?」
びっくりコインは本当によく出る。
その後、《星屑インク》という、書いた文字が暗闇で光るインクも買った。
これは契約書や看板強化に使える可能性がある。ルーザも珍しく「有用です」と認めたので即購入。
ほかにも、植物系の機嫌を少し整える《朝露の小瓶》。
一度だけ道を間違えた時に「今、間違えました」と教えてくれる《正直な靴紐》。
そして小さな《妖精菓子の空箱》も買った。
空箱である。中身はない。だが、妖精菓子の香りだけが残っており、妖精を一瞬だけ引き寄せることができるらしい。
赤の塔に使うと非常に危険そうだが、研究価値はある。
気づけば、かなり買っていた。
「ラウラ、買いすぎじゃね?」
「必要経費です」
「経営者っぽいこと言ってる」
「経営者側なので」
「でも今の半分くらい、赤の塔に置いたら冒険者が嫌がりそう」
「嫌がるだけではだめです。嫌がりつつ、面白がりつつ、報酬を期待して進んでもらうのが理想です」
「性格悪いなぁ」
「褒めています?」
「褒めてる」




