第42話 妖精の国でログアウト
花たちが「水色の犬も踊る?」「犬、踊れる?」「足踏む?」「枝ぶりダンス?」とからかうように騒いだ時、カイは最初こそ「犬じゃない」といつものように反応したものの、次の瞬間、ふっと目を細めた。
「踊れるけど?」
その声は静かだった。
私は思わずカイを見た。
ルーザも見た。花たちも見た。笑う木の枝の向こうから覗いていた妖精たちまで、なんとなく見た気がする。
カイは一歩前へ出る。
相手に選んだのは黄色い小さな花だった。
元気いっぱいで、さっきから「犬!犬!」と一番騒いでいた花だ。
彼はその花の前で軽く膝を折り、手を差し出した。
「一曲どうぞ、お嬢さん」
誰????
私は本気でそう思った。
さっきまで木に枝ぶり評価されて騒ぎ、看板に犬扱いされて吠え、びっくりコイン経済を回していたカイが、急にものすごく自然な所作で花を誘った。
しかも、似合っている。外見は普通に美形なので、黙って優雅に動くと普通に絵になる。
いや、普段から黙っていれば絵になるのだが、中身が出ると犬になるだけで。
黄色い花も一瞬固まった。
「……水色の犬、急にかっこいい」
「犬じゃないって言ってるだろ」
だが、今の声は少し低く、笑みを含んでいる。怒っていない。完全に踊る側の顔だ。
音楽が始まった。
次の瞬間、カイが動いた。
速い。
いや、単に速度が速いわけではない。
動きが軽く、リズムの取り方が異様に良い。
花の動きに合わせるどころか、花の跳ねるような性格を一瞬で読み取り、少し大きめのステップで会場を回り始める。
黄色い花が「わ、わ、わ!」と声を上げながら笑い、その笑いに合わせるように、カイはターンを入れた。
黒い翼がふわりと広がり、水色の髪が軌跡を描く。
あの外見に、勢いのある身のこなし。
しかも、ただ上手いだけではなく、見ていて楽しい。技術点とエンタメ点が同時に高い。
私は無言になった。
ルーザも無言になった。
花たちは大歓声を上げた。
「水色の犬、上手い!」
「犬なのに踊れる!」
「犬じゃないけど上手い!」
「枝ぶりダンス!」
「それはやめろって!!」
カイは叫びながらも踊りを崩さない。
むしろそのツッコミすらリズムに乗っている。何だこの踊れる犬、いや犬じゃない、踊れる水色。
曲の途中で、黄色い花が笑いながら尋ねた。
「私の花言葉わかる?」
カイは一瞬考えた。
そして、にっと笑った。
「無邪気!!」
「正解!」
花コインが弾けた。ごきげんコインも出た。さらに、なぜかびっくりコインまで出た。
「何でびっくりコインも出るんですか」
「周囲が驚いたためでは」
ルーザが冷静に分析する。
「私も驚きました」
「私もです」
「ラウラまで!?」
曲が終わると、カイは黄色い花をくるりと回して、最後に軽く礼をした。
会場中が拍手した。
花が拍手するとは何なのか。
花弁を震わせるのが拍手らしい。椅子も羽をぱたぱたさせている。
「カイ」
「おう」
「踊り、上手いんですね」
「まあな」
「何で黙っていたんですか」
「聞かれなかったしぃ?」
「ずるいです……」
「褒めてる?」
「かなり」
カイは少しだけ得意げに笑った。
「昔から音ゲーとダンス系のゲーム得意だったんだよ。昔からダンスは習ってたのもあるかな。あと、こっちのアバター、羽があるからバランス取りやすいし」
「ゲーム経験の活かし方がすごい」
「だろ?」
完全に犬のドヤ顔で胸を張っている。さっきまでの優雅な空気はどこへ行った。
いや、でも今の踊りは本当に良かった。
悔しいけれど、一番キレがあったのはカイだ。花が一番盛り上がったのもカイだった。
「水色の犬、もう一回!」
「犬じゃないけど、もう一曲ならいいぜ!」
「カイさん、調子に乗りすぎないでください」
「はい」
ルーザに言われると素直に止まる。偉い犬である。
結局、私たちはそれぞれ数曲ずつ踊った。
私は花言葉当てと社交で花コインを稼ぎ、ルーザは正確な儀礼舞踏と無表情の安定感でなぜか花たちに妙な人気を得て、カイはキレッキレのステップと反応の良さでごきげんコインとびっくりコインを量産した。
途中から花たちはカイを「踊る水色の犬」と呼び始め、カイが「犬じゃない!」と返すたびにびっくりコインが出るので、彼は最終的に「もう犬でいいかもしれない」と言いかけたけど、私とルーザが同時に「よくありません」と止めた。
舞踏会の最後、進行役の花妖精が私たちの前へ飛んできた。
「よく踊りました!」
「ありがとうございます」
「青い王子は花を喜ばせるのが上手!」
「光栄です」
「黒いお姉さんはかたいけどきれい!」
「ありがとうございます」
「水色の犬は犬なのにすごく上手に踊る!」
「犬じゃないってば!」
《びっくりコインを獲得しました》
「締めまでそれですか」
私は笑った。
花妖精はくるりと回り、三枚の花びらを差し出した。淡い桃色、青、黄色。それぞれ薄く光っている。
《歌う花びらを獲得しました》
「これは?」
「一度だけ、機嫌をちょっとよくする花びら!」
「かなり有用ですね」
「ちょっとだけだよ。すごく怒ってる相手には効かないよ。でも、ちょっと拗ねてるくらいなら効くよ」
「妖精の国では出番が多そうです」
「赤い塔にも使えるかもね!」
花妖精がそう言って笑った。
まただ。
私は表情を崩さなかったけど、内心では少しだけ警戒を強めた。
やっぱり妖精たちは赤の塔のことを知っている。
どこまで知っているのかはわからないけれど、少なくとも私たちが何かを持ち帰って使おうとしていることくらいは見抜いている。
でも怖いより先に面白いが来てしまうので、私はたぶん妖精に向いているんだろう。
舞踏会を終えて笑う木の市場へ戻った頃には、妖精の国の空が少しだけ夕暮れ色に変わっていた。
正確には夕暮れなのかどうかも怪しい。空の魚が金色になり、草の先に小さな光が灯り、遠くの川が上へ向かって流れながら夕焼けの色を運んでいる。
ものすごく綺麗だ。
そして、やっぱり信用ならない。
笑う木は私たちを見るなり、にんまり笑った。
「今日はよく遊んだねぇ」
「二つ遊びを終えました」
「嘘を泣かせて、花を騒がせた」
「言い方」
「異界の子は、そろそろ眠る時間だろう?」
その言葉で、私はようやく現実時間を意識した。
イベント初日。ログインしてから、嘘つき看板の迷路と歌う花の舞踏会を攻略し、市場で買い物もした。
体感時間としてはかなり濃い。現実側の時間もそれなりに経っているはずだ。
まだ逆流川の渡し舟は残っているし、妖精王にも会っていないし、ひみつコインの正体もわかっていない。
イベント期間は二週間ある。
初日に進めすぎると情報の整理も追いつかないし、何よりこの国の面白さを消費しすぎてしまう。
「そうですね。今日はここまでにしましょう」
「え、川は?」
カイが言った。
「明日です」
「でも川が」
「明日です」
「逆流してるのに」
「明日です」
「迷子コインが」
「「明日です」」
私とルーザが同時に言った。
カイはしょんぼりとした顔をした。
笑う木が枝を一本揺らした。
「なら、宿へ行くといい。妖精の宿は、異界の眠りにも対応できるよ」
「宿があるんですね」
「あるよ。部屋は気分で変わるけど」
「不安ですね」
「枕も歌うけど」
「もっと不安ですね」
「毛布は優しいよ」
「そこだけ救い」
案内された妖精の宿は、市場の奥に咲いた巨大な花の中にあった。
花の宿である。
もうそのままだ。
巨大な白い花の花弁が建物の壁のように重なり、中央の茎の部分に受付があり、部屋は花弁の内側にふわりと浮かぶ小部屋になっている。
宿帳は勝手に羽ペンを持って待っていた。
宿帳が待つな。
《名前を書いて》
「本名は書かないでください」
ルーザが即座に言った。
「では何と?」
《青い王子でいい?》
「嫌です」
《観察印の王子?》
「もっと嫌です」
《看板泣かせ?》
「宿帳に書く名前ではありません」
《じゃあ、ラウラ》
「それで」
宿帳に「ラウラ」と記されると花弁の一つがふわりと開き、私たちを部屋へ案内した。
カイは別室、私はルーザと同じ区画の隣室になった。護衛として近い位置にいるらしい。
ありがたいけど、一応このアバターの性別は男なんだけどな。しかも種族はインキュバスだし。
気にしてないならいいけど。
部屋の中は想像以上に快適だった。
床は柔らかな葉で、壁は白い花弁、天井には淡い光る種が星のように浮かんでいる。
ベッドは巨大な花の蕾のような形で、触れるとふわりと開いた。枕は小さく鼻歌を歌っていた。
「ラウラリア様、異界の眠りに入られる前に確認を」
「はい」
「本日の取得物は整理してください。特に妖精契約の栞、嘘つき看板の欠片、歌う花びらは不用意に使用しないように」
「もちろんです」
「明日は逆流川へ行く可能性が高いですが、流される前提で行動しないでください」
「努力します」
「努力ではなく」
「気をつけます」
「はい」
ルーザは頷いたあと、少しだけ表情を和らげた。
「ですが、本日は良い成果だったと思います」
「ルーザにそう言ってもらえると安心しますね」
「……ラウラリア様は、妖精との相性が良すぎる点を除けば非常に上手く立ち回っておられますよ」
「そこ、除けますか?」
「除きたいです」
「私もです」
私たちは小さく笑った。
ルーザが部屋を出ていき、私は一人になる。
花のベッドへ腰掛けると、ふわりと身体が沈んだ。妖精の宿という時点で警戒していたが、寝心地は悔しいくらい良い。
枕は小さく歌いかけたけど、私が「静かにお願いします」と言うと素直に黙った。良い枕だ。歌うけど。
イベント期間は二週間。
長いようで、たぶん短い。
妖精王にも会いたいし、ひみつのコインも見つけたい。未知の魔物も見てみたいし、もっと不思議なアイテムも手に入れたい。
「ふふっ、やりたいことが多すぎるね」
私は小さく笑い、花のベッドに身体を預けた。




