第40話 看板泣かせ
私は混乱する看板たちを見ながら、少し考えた。
これは使える。
看板たちは嘘をつきたい。だが、こちらに興味を持ち、道を教えたいとも思っている。
つまり、彼らには欲求の衝突がある。
嘘つきであることと、反応を楽しみたいこと。その両方があるなら、こちらから条件を提示すれば、より面白い嘘を引き出せるかもしれない。
「看板さんたち」
私が声をかけると、周囲の看板が一斉にこちらを向いた。向いた、という表現で合っているのかはわからないが、とにかく文字面がこちらを向いた。
「私たちを本気で騙せる嘘をください」
看板たちが静まり返った。
ルーザが私を見る。
「ラウラリア様?」
「彼らは嘘つきですが、雑な嘘を見破られるのは嫌なはずです。なら、本気の嘘をもらった方が、こちらも規則を読みやすいでしょう」
「……なるほど」
カイがにやっと笑った。
「つまり、看板に本気出させるのか」
「はい」
《本気の嘘》
《いいね》
《騙す》
《騙したい》
《見破られたくない》
《でも見破ってほしい》
《ややこしい》
《楽しい》
看板たちの文字が次々と変わる。やがて、通路の奥に三枚の大きな看板が現れた。
《一つ目:出口へ行くなら、嘘を信じろ》
《二つ目:コインが欲しいなら、本当を疑え》
《三つ目:王に近づきたいなら、看板を泣かせろ》
「看板を泣かせる?」
カイが首を傾げた。
私は三つの文を読み、少しだけ笑った。
「一つ目は、出口へ行くには嘘の指示をあえて利用する必要があるという意味でしょう。二つ目は、本当の看板を疑うことで隠しコインが出る可能性。三つ目は……看板を泣かせるほど本質を突く、あるいは嘘つきとして負けを認めさせることですかね」
「看板を泣かせる遊びとは」
ルーザが呟く。
《泣かない》
《看板は泣かない》
《たぶん》
《木だから》
《木は泣く?》
《樹液?》
「樹液の話に行かないでください」
私はそう言いながらも、進むべき方向を見つけていた。
迷路を突破するだけなら、おそらく嘘を信じるだけでいい。
つまり、嘘だとわかっている看板の指示に従えばいい。
だけど、遊びを越えるという意味ではそれだけでは足りない。妖精の国は「遊べる客」を見ている。なら、こちらも迷路そのものと遊ぶべきだ。
「では、勝負しましょう」
私は看板たちに向けて言った。
「あなたたちが本気で嘘をつき、私たちがそれを見破る。もし私たちが勝ったら、出口だけでなく、あなたたちの欠片を一つください」
《欠片》
《欲しがってる》
《看板を持って帰る気だ》
《怖い》
《でも面白い》
《赤い塔に置かれるの?》
《何で知ってるの?》
《知らない》
《嘘》
《本当》
今、赤い塔という言葉が出た。
こちらから言っていない。
つまり、看板たち、あるいは妖精の国側は、私たちの一部事情をある程度把握している可能性がある。観察印はやはりただの演出ではない。
少しだけ背筋がぞくりとした。
「勝負に乗りますか?」
《乗る》
《乗らない》
《乗ったら負ける》
《乗らなくても負ける》
《青い王子、こわい》
《水色の犬、うるさい》
《黒いお姉さん、かたい》
「最後の定期報告やめろ!」
カイが突っ込む。
その瞬間、通路がぐにゃりと歪んだ。
霧が晴れ、私たちは一本道の前に立っていた。左右には無数の看板。奥には出口らしき光。ただし、その光へ向かうまでに、看板たちが次々と指示を出す。
《右へ一歩》
《左へ二歩》
《止まるな》
《止まれ》
《笑え》
《黙れ》
《振り返るな》
《振り返れ》
《水色は犬》
「それは指示じゃないだろ!」
《吠えた》
《びっくりコイン》
ぽん。
「もうこのコイン、俺専用じゃない?」
「便利ですね」
「褒めてる?」
「はい」
「ならいいか……?」
カイが少し納得しかけている。いいのだろうか。
私は看板の指示を一つずつ見た。
全てを処理する必要はない。大事なのは本気の嘘の構造だ。
看板たちはこちらを騙したいが、同時に遊びを成立させたい。
つまり完全に理不尽な指示ではなく、見破れるだけの手がかりを残しているはずだ。
「ルーザ、魔力の流れは?」
「右へ一歩、左へ二歩、停止、振り返る、の順で強くなっています。ただし、笑う、黙るの指示には魔力反応がありません」
「つまり、動作指示の一部だけが道に関係している。感情や態度の指示はノイズ」
「はい」
「カイ」
「おう」
「犬と言われても反応しないでください」
「それが一番難しい!」
「頑張って」
「努力する!」
《水色の犬》
「……」
《犬》
「……」
《枝ぶり犬》
「……っ」
《えらい》
「今の褒めてる?」
《褒めてない》
「くそっ!」
ギリギリだった。
私は看板の指示に従い、右へ一歩、左へ二歩、止まり、そして振り返った。すると、背後にあったはずの道が消え、代わりに出口の光が目の前に現れた。
《正解》
《でも悔しい》
《嘘を信じた》
《本当を疑った》
《看板、負けた?》
《泣く?》
《泣かない》
《ちょっと泣こうかな》
看板の一枚から、ぽたりと透明な樹液のようなものが落ちた。
《称号条件を一部達成しました》
《【看板泣かせ】候補が記録されました》
《嘘コインを獲得しました》
《びっくりコインを獲得しました》
《嘘つき看板の欠片を獲得しました》
私の手元に、小さな木片が落ちてきた。表面には小さな文字が浮かんでいる。
《嘘つき看板の欠片》
《設置すると、たまに嘘をつく看板になる》
《ただし、勝手に喋る》
《寂しいと余計に喋る》
「……これ、何に使うんですか?」
「秘密です」
ルーザに問われたけど、秘密だ。
今のところダンジョンマスターのことは誰にも話さない方がいいと私たちは判断しているからだ。(レアにはバレちゃったけど)
もちろん、この欠片は慎重に使う。
入口には置かない。たぶん中層以降、分岐の一つに、報酬付きでおく。寂しいと余計に喋るという仕様は少し厄介だけど、逆に定期的に侵入者が来る場所なら寂しくないかもしれない。
いや、看板の精神衛生まで考える必要があるダンジョン運営って何?
出口の光を抜けると、私たちは笑う木の市場へ戻っていた。
笑う木が、待っていたように笑った。
「一つ目の遊びは終わり」
「なかなか楽しかったです」
「看板たちが泣いてたよ」
「少しだけです」
「看板泣かせ」
「称号候補にされました」
「似合うねぇ」
「似合いたくはないですね」
カイが横から木片を覗き込む。
「なあ、もう一回行かない?欠片もう一つ欲しくない?」
「ありません」
確かにもう一つ欲しい気持ちはある。
だけどここで同じ遊びに再挑戦するより、まずは三つの遊びを一通り確認する方が重要でしょ。
嘘つき看板の迷路で得た収穫は大きい。嘘コイン、びっくりコイン、看板の欠片、そして何より、妖精の国の遊びは「遊び方」そのものを見られているという理解。
なら次は、別の遊びのルールを知るべきだと思う。
笑う木が枝を揺らす。
「次は花かい? 川かい? それとも嘘つきたちともう一度遊ぶかい?」
「もう一回はありません」
ルーザが先に言った。
私は苦笑しつつ、三枚の葉を見た。
《歌う花の舞踏会》。
《逆流川の渡し舟》。
花か川か。どちらもきっと面倒臭い。
そして、どちらもきっと面白い。
「さて」
私はゆっくりと息を吐いた。
「次は、どちらで遊びましょうか」




