第32話 妖精について
……うわ、酷い言い草だな。
そう思ったけど、当然ながら口には出さない。
口に出さなかったのは私がラウラリア・ラ・ヘルとして最低限の礼儀と分別を身につけているからであって、決して内心まで綺麗に整っていたからではない。
だって仕方ないでしょう。
妖精とは面倒で、美しく、腹立たしく、そして利用価値のある連中じゃ、なんて言われたら、誰だって少しくらい「評価が辛辣すぎない?」と思うに決まっている。
しかもそれを言っているのが、この街ヘルを治める領主であり、私を養子に迎えたバルタザール・ラ・ヘル本人なのだから、ただの偏見として聞き流すこともできない。
父上がこういう言い方をする時はだいたいそこに経験則がある。
つまり、父上は過去に妖精相手に何かあったのだろう。とても面倒くさかったのだろう。もしかしたら腹立たしかったのだろう。
そしてそれでも「利用価値がある」と言い切るあたり、妖精という存在は厄介ではあるが無視するには惜しい相手なんだ。
私がそんなことを考えている間にも、バルタザールはどこか楽しそうな目でこちらを見ていた。
こちらの内心を半分くらい読んでいるのかもしれない。
いや、父上なら七割くらい読んでいてもおかしくない。
最近わかってきたことだけど、この人はただ威厳があるだけの領主ではなく、人の反応を見て楽しむところがある。
しかも、その楽しみ方は少し意地が悪い。
……妖精の話をしている最中にこんなことを思うのもどうかと思うけど、父上と妖精、実は少し似ているのでは?
いや、今のは忘れよう。口に出したら絶対面倒なことになる。
「納得しておらぬ顔じゃな」
「いえ、納得していないというより……妖精への評価が思っていたより現実的だな、と」
「現実的に言えば、さらに面倒じゃぞ」
「それ以上ですか?」
「それ以上じゃ」
即答だった。
そんなにか。私は思わず隣のカイを見る。
カイは相変わらず外向けの冷えた美形フェイスを保っているが、目元だけが少しだけ楽しそうだった。
たぶん同じようなことを思っている。
妖精の国、絶対面白そうだけど絶対ろくでもない!そういう顔だ。
レアはというと、姿勢を正したまま控えているが、妖精の話題になると微妙に表情が引き締まる。
こちらは純粋に警戒している側だろう。
つまりこの場には、面白そうだとわくわくしているプレイヤー二人と、心配している直属部下と、過去の経験から面倒さを知っている領主がいるわけである。
バランスが良いのか悪いのかわからない。
バルタザールはそんな私たちの反応を一通り眺めたあと、ゆっくりと指を一本立てた。
「まず、妖精は基本的に暇じゃ」
「暇なんですか?」
「暇じゃ」
「妖精ってもっと神秘的な存在じゃないんですか?」
「神秘的で暇なのじゃ」
「両立するんですね」
「長命で、自由で、力があり、気まぐれに生きておる連中じゃ。朝から晩まで真面目に働くと思うか?」
「……思わないです」
「じゃろう」
納得してしまった。
したくなかったけど納得してしまった。
長命で、強くて、自由で、しかも生活のために必死で働かなくてもいい存在がいたら、そりゃあ暇にもなるだろう。むしろ暇にならない方がおかしい。
私だってもし現実でお金に困らず、学校もなく、宿題もなく、将来の不安もなく、好きなだけ時間があったら、たぶんゲームをして料理をしてネットを見て、またゲームをする。
……あれ?妖精を笑えない気がしてきたなー。
いや、でも私は人に石ころ入り宝箱を渡して笑ったりはしない。
たぶん。少なくとも現実ではしない。ダンジョンではちょっと似たようなことをした気がするけど、それは経営なのでノーカウントでお願いします。
「暇な妖精は何をするか。答えは簡単じゃ。遊ぶ」
「遊ぶ」
「そうじゃ。面白そうなものを探し、珍しいものを眺め、退屈しのぎに気まぐれを起こす。旅人を助けることもあれば、旅人を迷わせることもある。宝を与えることもあれば、宝箱に虫を詰めて大笑いすることもある」
「虫は嫌ですね」
「嫌じゃろう」
「はい」
「だからやる」
「性格が悪い!」
思わず声が出た。
カイが横で肩を震わせている。絶対笑っている。外向けの顔を保っているのに、肩だけが裏切っている。レアも一瞬だけ口元を押さえた。
父上は満足そうに頷いた。何その満足。こちらの反応込みで説明しているでしょう、絶対。
「誤解するでないぞ。妖精は別に悪意でやっておるわけではない」
「悪意なく虫入り宝箱を渡される方が嫌なんですが」
「それが妖精じゃ」
「便利な言葉ですね、それ」
「妖精に関しては大体それで説明がつく」
「説明が雑!」
カイがとうとう耐えきれずに突っ込んだ。
私も同感だった。けど、父上は気にしない。むしろカイのツッコミを待っていたかのように、少しだけ口角を上げる。
「そこの犬は理解が早いな」
「誰が犬だよ!?」
早かった。反応があまりにも早かった。
しかもその反応が完全に犬っぽかったせいで、私は危うく吹き出しかけた。レアも明らかに目を逸らして笑いを堪えている。
カイはそれに気づいてさらに不服そうな顔をしたけど、今のところ全面的に父上が正しい。見た目は氷属性の綺麗な青年なのに、反応速度と感情の出方が完全に犬なのだ。
「父上、カイは一応名があります」
「カイか」
「そうです」
「では、カイという名の犬じゃな」
「悪化した!」
「父上、さすがにそれは」
「む、違うのか?」
「……違う、とは、言い切れないですけど」
「ラウラ!?」
私は肩を震わせながら咳払いした。
いけない。話が脱線している。妖精の話をしていたはずなのに、いつの間にかカイの犬判定会議になっている。
しかも議長がバルタザールで、私は若干賛成寄り、レアは笑いを堪える傍聴人。
カイに不利すぎる。
「話を戻しましょう、父上。妖精が暇で、遊び好きで、面白いものに寄ってくるのはわかりました」
「うむ」
「つまり、今回の《妖精の国への招待状》も、妖精たちからすれば遊び場の開放のようなものですか?」
「おそらくな。少なくとも、奴らが一方的に人をもてなすだけの場所ではあるまい」
父上の表情が少しだけ領主のものへ戻る。
とはいえ暗い方向ではなく、面白い玩具の説明をしながらも、使い方を間違えると痛い目を見るぞと注意する大人の顔だった。
私はその雰囲気を受け取りながら、改めてイベント告知の内容を思い出す。
コインを集める。
妖精と交流する。
地形は変わり、道は揺らぎ、常識は裏切られる。
探索力、判断力、運が試される。
あの文章を最初に読んだ時は幻想的で不思議なイベントだと思った。
今でもそれは変わらない。ただし、そこに「妖精の暇つぶし」という補足が付くだけで、一気に意味が変わってくる。
つまり、あれは単なるイベントフィールドではない。
妖精たちが異界人を眺め、「どいつが面白いかな」と品定めする場所でもある可能性が高い。
コイン収集は表の目的で、交流は本命の一つ。
限定アイテムは餌。
未知の魔物は障害物。
あるいは演出。
そう考えるとあの告知は非常によくできている。
プレイヤーの好奇心を刺激しつつ、妖精たちの本質を隠しすぎず、しかしはっきりとは言わない。ずるい。運営はやっぱりかなりわかっている。
「ちなみに父上」
「なんじゃ」
「妖精に気に入られるとどうなります?」
「面倒なことになる」
「即答」
「たとえば、気に入られた者の周囲に花が咲く」
「綺麗ですね」
「食事の味が全部甘くなる」
「嫌ですね」
「寝ようとすると枕元で歌われる」
「かなり嫌ですね」
「朝起きると服が全部裏返しになっておる」
「地味に嫌!」
「だが、たまに貴重なものをくれる」
「急に良い」
「ただし使い方の説明はない」
「やっぱり嫌!」
感情が忙しい。妖精の距離感がバグってる。
まだ実際に会ってもいないのに、すでに面倒くささが伝わってくる。
気に入られたら困る。でも気に入られた方が美味しいものもある。
面倒事と報酬がセットになっている。
まるでDHOそのものでは?
このゲームは本当にそういうところがある。
面白いものほど危ないし、危ないものほど美味しい。危険な匂いがする場所にこそ隠し要素があり、面倒なNPCほど重要人物だったりする。
私が初日に路地裏で倒れている老人を助けたら領主の養子になったのがその証拠だ。改めて考えてもおかしいな、あれ。
「ラウラ」
カイがこちらを見る。
「うん?」
「今、自分の初日思い出しただろ」
「なぜわかったのさ」
「顔が『私も大概だな』って顔だった」
「失礼ですね。まあその通りですけど」
「否定しないんだ」
「できないので」
カイは笑った。レアが妙に納得したような顔をしているのが少し気になった。
レア、あなたは私の部下ですよ。そこで納得しないでほしい。
いや、でも事実だから仕方ないか。
私は困っている人を助けただけで、気づけばヘル家の養子になり、ノーブル・インキュバスになり、赤の塔経営に関わり、そして今から妖精の国へ行こうとしている。改めて並べると意味がわからない。
妖精に「面白い」と思われる素質は、残念ながらかなりある気がする。
「父上」
「なんじゃ」
「妖精に目を付けられない方法はありますか?」
「ある」
「おお」
「何もせず、何も言わず、目立たず、退屈な者として振る舞うことじゃ」
「無理ですね」
「無理だな」
「無理だと思います」
私、カイ、レアの順に即答した。
父上は満足そうに頷く。
なぜ満足するのか。というかレアまで即答したの少しショックなんだけど。
いや、でもレアは私の行動をかなり近くで見ているので、そりゃあそう思うかもしれない。
私は退屈に振る舞うのが苦手だ。ラウラリアとして静かに微笑むことはできる。でもその内側では、大体「面白そう」「使えそう」「これ絶対何かある」と考えている。だめだ。妖精が好きそうな餌である。
「つまり、お主らはおそらく目立つ」
「お主ら、にカイも入ってます?」
「当然じゃ。ダンジョンを見つけるような異界人など、妖精から見れば珍獣じゃろう」
「珍獣!?」
「父上、言い方」
「違うのか?」
「……違う、と言い切るには情報が足りませんね」
「ラウラ!?」
だって、ダンジョンを発見するようなプレイヤーなんてどう考えても珍しいでしょう。
妖精からしたら観察対象だと思う。見た目が冷たい美形で中身が大型犬、さらにダンジョン設計が好きで初期DPを百万円に換金した男。属性が多い。多すぎる。妖精じゃなくても面白い。
「まあ、良いではないか」
父上は愉快そうに笑う。
「目を付けられることは悪いことばかりではない。妖精は面白いものへ報酬を与えることもある。珍しい契約、希少な素材、特殊な加護、通常では得られぬ道。そのようなものに繋がる可能性もある」
その言葉に、私は少しだけ目を細めた。
そういう話が聞きたかった。
危険や面倒だけではない。妖精と関わることでしか得られないものがある。つまり、そこには明確なリターンがある。リスクとリターン。面倒と美味しさ。DHOらしい。とてもDHOらしい。
「特殊な加護、ですか」
「うむ。妖精は気まぐれに印を与えることがある」
「それは称号のようなものですか?」
「近いかもしれん。あるいは祝福、契約、呪い、遊び道具。その者がどう受け取るかで意味が変わる」
「急に不穏な単語混ざりましたね」
「妖精じゃからな」
「便利すぎる、その言葉」
でも興味はある。とてもある。
高位魅了、魔性の所作、青血の器。今の私にはすでにいくつかの特殊要素がある。
そこに妖精の加護や契約が加わればどうなるのか。
交渉系、幻惑系、認識阻害系、契約補助系。そういう方向ならかなり相性が良いかもしれない。
逆に、変なデメリット付きの祝福を渡される可能性もある。
たとえば「嘘をつけなくなる」とか「一日一回必ず歌わないといけない」とか。……嫌だな。
一日一回ラウラくんが優雅に歌うのは絵になるかもしれないけど、中身の私は普通に嫌だ。いや、でもスキル補正で上手く歌えるなら少し試してみたい気もする。だめだ。妖精の思う壺っぽい。
「ラウラ、また変なこと考えてるだろ」
「妖精の加護が来るなら、交渉系だと嬉しいなと思っていました」
「やっぱり考えてた」
「カイは?」
「俺はダンジョン知識系」
「欲望に素直」
「いやでもさ、妖精の罠とか置けたら強くない?(コソコソ)」
「強い。すごく嫌」
「だろ?(コソコソ)」
「褒めてる(コソコソ)」
私たちは真剣に頷き合った。
妖精の罠。響きだけで嫌らしい。
踏んだら道が入れ替わるとか、宝箱が笑いながら逃げるとか、一定時間だけ足音が派手なラッパ音になるとか。
いや、最後のは完全に嫌がらせだな。でも赤の塔に合うかもしれない。侵入者の心を折る方向ではなく、笑わせつつ警戒心を削る罠。
……ありだ。かなりありだ。やっぱり妖精イベント、赤の塔にも使えるものがありそうだ。
父上はそんな私たちを見て、深々とため息を吐いた。
「忠告しておるはずなのに、なぜ活用法を考え始めるのじゃ」
「だって有用そうなので」
「面白そうだしな」
「お主らな……」
父上が額を押さえた。
レアは少し困った顔をしているが、たぶんもう諦めている。
私も自覚はある。
忠告は聞いた。妖精は面倒。気に入られると大変。目立つと絡まれる。全部理解した。
その上で、行かない選択肢はない。むしろ行く気が増した。
だって、ここまで聞いてしまったら気になるでしょう。
妖精がどんな顔をして、どんな声で、どんな理屈でこちらを振り回してくるのか。どんな景色があって、どんな報酬があり、どんな隠し要素が眠っているのか。未知がそこにあるなら、見に行きたい。そう思ってしまう。
「まあよい」
父上はやがて諦めたように、しかしどこか楽しそうに言った。
「妖精の国へ行くなら、帰ってきた時に話を聞かせよ」
「はい」
「面白い話をな」
「父上も結局楽しみにしていません?」
「当然じゃ」
「当然なんだ」
「妖精絡みの面倒事は、当事者でなければ面白い」
「酷いですね」
私は思わず笑ってしまった。
けれど、その気持ちはわからなくもない。
私だって他人が妖精に振り回される話を聞くなら絶対楽しい。
自分が巻き込まれるのは大変だろうけど、きっとその大変さ込みで面白い。そう思ってしまうあたり、私ももうかなりDHOに染まっている。
イベント開始まで、あと少し。
コイン集め、限定アイテム、未知の魔物、妖精との交流、そして運営が絶対に何か仕込んでいるであろう「それ以上の何か」。
さっきまで赤の塔の利益予測で頭をいっぱいにしていたはずなのに、今の私はもう半分くらい妖精の国へ意識を持っていかれている。
悔しい、運営の思う壺だ。でも仕方ない。楽しそうなのだから。
私は窓の外を見た。
ヘルの街はいつも通り薄暗く、けれどどこか浮き立った空気を帯びている。
きっと街のプレイヤーたちもイベント告知を見て騒いでいるのだろう。
誰を連れていくか、どこでコインを集めるか、限定アイテムは何か、隠し要素はあるのか。そうやって世界中で無数の期待が膨らんでいる。
そして私は、その中でもかなり変な立場にいる。
領主の養子で、高位魔族で、赤の塔に関わり、ダンジョンマスターの友人で、妖精に面白がられそうなプレイヤー。
うん。これはもう、普通には終わらない。
でも、それでいい。
私は小さく笑った。
妖精の国。
幻想と気まぐれと、たぶん大量の面倒事が待っている場所。
そこへ行くのが、今はどうしようもなく楽しみだった。




