第29話 ダンジョン会議
そこから先の二日間は、ほとんどダンジョンのことばかり考えていた気がする。
階層を増設する。
構造をひねる。
初見殺しを仕込む。
でも、ただ陰湿なだけではだめだと徐々にわかってきた。
なぜなら、調査報告が来るたびに、ギルド側の評価が微妙に渋いからである。
私は書面で届いた簡易報告を読みながら、思わず声を漏らした。
「……十階までしか、まだ確認できていない」
「お、いい感じ?」
「うーん」
私は紙を読み上げる。
「厭らしく陰湿な構造の罠が多く、魔物の傾向は鮮血の森と同じく赤いのが特徴。魔物自体はあまり強力ではないが、初見殺しの罠が多く、十階までしかいまだ確認できていない」
「おお」
「いや、おお、じゃなくて」
「だって褒められてるだろ」
「褒められてはないから」
「え?」
「少なくとも厭らしく陰湿は褒め言葉ではない」
「俺たち的には褒め言葉だろ?」
「それはそうだけど」
カイが得意げに胸を張る。
私は思わず笑いそうになったが、そこでふっと現実に戻った。
「……ちょっと難易度上げすぎたかなぁ」
「かもな」
「もう二十階まで増設したんだよね?」
「した」
「DPは?」
「カツカツ」
「だよねぇ」
そう、そうなのだ。
私たちは結局、勢いに乗って二十階まで増設していた。
いや、二十階全部を同じ密度で作り込んだわけではない。そこまでやるとDPが足りないし、時間も足りない。
でも、少なくとも骨格だけは二十階ぶん作ってしまった。
そのうえで、目立つ階層にはちゃんと嫌らしい構造と初見殺しを仕込んだ。
結果、ダンジョンはだいぶそれっぽくなった。
それっぽくなったんだけど、そのぶん侵入者の進行速度が落ちた。落ちすぎた。
「これ」
私は机に肘をつく。
「人、来なくならない?」
「来なくなるかも」
「だよね」
「だって評判が嫌なダンジョンで固定されると、新規が減る」
「うん」
「しかも、頑張って進んでも旨味が薄いと余計に減る」
私たちはそこで、しばらく真顔になった。
楽しいからといって陰湿さに走りすぎると人は離れる。それはダンジョン経営だけでなく、たぶんいろんなことに言える。
現実でも、ゲームでも、社会でも。
うん、勉強になるなぁ……などと思っている場合ではない。
「じゃあ」
カイが手元の一覧を開く。
「報酬を良くするしかないな」
「やっぱりそこだよね」
「ダンジョンでしか取れない固有素材とか、植物とか、そういうのを増やす」
「うん」
「宝箱の中身も見直す」
「高コストすぎるのは無理だけど」
「需要はあるけど低コストなやつ」
「うん、そのライン」
そこから私たちは、また別の方向で頭を使い始めた。
需要が高いダンジョン固有の資源。
赤の塔でしか採れない薬草、染料、加工素材、希少な鉱石の欠片。
鮮血の森系統の魔物素材と相性の良いもの。
そして、「攻略が面倒でも、行く価値がある」と思わせる程度の報酬。
宝箱の中身も、全部高級品にする必要はない。むしろ、消耗品や換金性の高い実用品の方が喜ばれる場合もある。
低コストで回せて、需要があって取った時に嬉しい。
そのラインを探るのは、案外面白かった。
「これとかどう?」
私が一覧を指す。
「赤灯草」
「何それ」
「夜目強化の薬に使える。しかも見た目も綺麗。元々需要はありそうだし、夜目を使うような階層を作ったらもっと需要が出るかも」
「いいな」
「あと、こっちは血晶の欠片」
「名前が強い」
「中級装備の強化素材に使えるらしい」
「いい」
「で、宝箱には」
「うん」
「回復薬、ダンジョン帰還札、汎用強化粉末、あとたまにちょっとだけ高めの素材」
「当たり外れの幅を作る?」
「そう作る。あと、宝箱の見た目もパターンを作ってガチャの確定演出みたいにすると面白い」
「いいな!」
カイもだんだん乗ってくる。
最初はただのダンジョン構築だったのに、今はちゃんと経営っぽくなってきた。しかもすごく楽しい。
そしてその翌日、また報告が届いた。
私は封を切って中身を読み、声に出した。
「昨日よりも難易度は下がり、奥へ行くほどダンジョン固有の資源や、宝箱に中身があることが増えた……」
「お」
カイが身を乗り出す。
「もしかすると、昨日まではダンジョンマスターが内部にいたことで、ダンジョンが攻撃的になっていた可能性がある」
「……」
「……」
私たちは数秒、黙った。
それから、ほとんど同時に口を開いた。
「予想は外れてるけど良かった」
「予想外の方向で評価上がってるな」
私は思わず笑ってしまった。
「いや、待って」
私は報告書を見ながら肩を揺らす。
「ダンジョンマスターが内部にいたことで攻撃的になっていたってどんな推測なの」
「知らん」
「でも、結果的に今日はちょっとマシだったって評価になってるならいい」
「それはそう」
「昨日まで明らかに嫌われてたし、今日はちょっとだけ好感度上がった」
「うん」
「予想は外れてるけど良かったな」
「本当にねぇ」
実際、私たちは報酬を良くして難易度を少しだけ下げた効果を狙っていたのだが、ギルド側の報告では微妙に解釈が違っていた。
でも、その違いは今のところ大きな問題ではない。
むしろ、ダンジョンにも機嫌みたいなものがあるのかもしれないという都市側の認識が広がるなら、それはそれで面白い。
面白いし、あとで操作もしやすいかもしれない。
「ていうかさぁ」
カイが机に頬杖をつく。
「昨日まで内部にいたから、って。それ、半分くらい合ってね?だって俺たち、昨日までかなり中身いじってたじゃん」
「あー……」
「ダンジョンマスターの気配みたいなのが濃かった、とか」
「なるほど」
「それで、今日は離れてるからちょっと落ち着いたとか」
「……それ、ありそうなのが嫌だな」
「DHOだしな」
「それめっちゃ万能じゃん」
私はそう言いながらも、机の上の報告書を軽く整えた。最近では、このヘル家の客室がすっかり定位置になっている。
窓際の長椅子、広めの机、ちょうどいい灯り、疲れた時に出てくるお茶とお菓子。
ダンジョン経営会議をするには快適すぎる環境である。
領主家の屋敷って、こういう時にも強いんだなぁと、ズレたところで感心してしまう。
「でもさ、これ面白いね」
「何が?」
「人がどう感じるかって、完全にこっちの想定通りにはならないところ」
「あー、確かに」
「陰湿で嫌らしいダンジョンにしたつもりでも、報酬が増えたら印象が変わるし」
「うん」
「私たちがここで嫌になるだろうなって思ってても、案外そこは平気で、別のところで心が折れるかもしれない。それ、すっごく面白い」
「ラウラ、やっぱこういうの好きだろ」
「好きだねぇ」
「知ってた」
「私も知ってた」
私たちは少しだけ笑った。
その時だった。
客室の扉が、こん、と静かに鳴った。
ノックの音は控えめなのに、不思議と部屋の空気をきっちり切り替える強さがあった。
私は自然と顔を上げる。
カイも同じように視線を扉へ向けた。
「……誰だろ」
私がそう呟くと、カイは少しだけ首を傾げる。
「父上?」
「いや、父上ならノックしたあとそのまま入ってきそう」
「それはわかる」
「マルコスかラニアかな」
「それもありそう」
でも、その時点で私は何となく予感していた。
こういうタイミングのノックって、だいたい「次の面倒か、次の美味しい話」なのだ。そしてこのゲームでは、その二つはかなりの確率でセットで来るのだ。




