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第28話 二人の悪だくみ


 その後の数日は、思っていた以上に忙しく、そして思っていた以上に面白かった。


 いや、忙しいのはわかっていたのだ。

 未発見ダンジョンが一つ見つかった時点で、それがただの「新しい狩場発見!」で済むわけがないことくらいは、今の私でもさすがにわかる。

 領主家、ギルド、調査隊、経営、資源、利益、階層、罠、魔物、報告、調整。

 そういう単語がずらりと並ぶ世界に、いまの私はもう足を突っ込んでしまっている。


 でも。それでもなお、実際に「ダンジョン経営」なるものが始まってみると、その忙しさの質は想像と少し違っていた。


 まず驚いたのは、ダンジョンの構成が、ある程度なら遠隔からでも変更できることだった。

 正確には、ダンジョンマスターであるカイが意識を接続し、構造の追加や変更を行う形なのだが、その操作の一部を私も横から見せてもらった時は、本当にちょっと感動した。


「……すご」

 思わずそんな声が漏れたのを覚えている。


 赤の塔の簡易俯瞰図みたいなものが、視界の中に立体的に浮かぶのだ。

 それぞれの階層、通路、罠、魔物の配置、宝箱の位置、階段の繋がり。


 しかもただ見るだけではなく、そこを「ここを少し狭く」「ここの角度を変えて」「この位置に落とし穴」「この通路の先にいかにも何かありそうな空間を作る」みたいな感じでいじれる。

 もちろん、何でも好き放題できるわけではない。DPがいる。素材がいる。制約もある。

 でも、できることの幅が広い。

 これは楽しかった。びっくりするくらい楽しい。


「で、どうする?」

 カイが私を見る。


 その時点でもう、彼の目が少し危険だった。

 いや、普段の犬っぽい勢いとはまた違う、悪巧みを思いついた子どもみたいなきらきらした目だ。

 その顔を見るだけで、なんとなく嫌な予感がする。そして同時に、嫌な予感がする時って大体面白いことも起きるのが困る。


「どうするって?」

「せっかく二人で考えるならさ」


 カイはにやっと笑った。


「遊び心と陰湿さ満載で行ってみない?」

「……」

「何その顔」

「いや、気持ちはすごくわかるなって」

「だろ?」

「だいぶわかる」

「じゃあ決まりだな!」

「決まるの早いな!?」


 でも、結局その案を採用したのだから、私も人のことは言えない。


 だって、楽しいんだよ。

 ちょっとした意地悪と、ちょっとした遊び心の境界線って、こういう時に一番輝くのだ。完全に悪意で潰すのではなく、でも初見ではちょっと笑ってしまうような嫌らしさを残す。


 たとえば、明らかに宝箱っぽい位置に置かれた何の中身もない箱。

 たとえば、「こっちが正解ルートです」と言いたげな整った通路の先に、なぜか遠回りしかない構造。

 たとえば、足元を見ていれば避けられるけど、視線を上へ誘導された瞬間に踏みそうな小さな段差罠。

 たとえば、開けた広間の中央に何かあるように見せて、実際には周囲の柱の陰に魔物を置く配置。


 ……うん。文字にするとだいぶ嫌だな。

 いや、やってる最中にも薄々思ってたけど。

 でも、こういうのを「ここ、侵入者が右に行きそうだから、左側にだけ安全そうな空間作る?」とか「いや、それなら逆に左右どっちにも一見同じ罠を置いて、中央の地味な通路だけ正解にするとかどう?」とか言いながら詰めていくの、かなり楽しかったのである。

 認めよう。楽しかった。


 ただ、そのまま勢いだけで全部を決めるほど、私たちは馬鹿でもなかった。


「……でも、入口からこれだと人気出ないんじゃない?」

「うん?」

「だってさ、最初に来た人がうわ、何このダンジョン最悪ってなって帰ったら、その後人来なくなるかもしれない」


「……あー」

 カイが少しだけ真顔になる。


「あるな」

「でしょ?」

「入口の難易度はもうちょい下げるか」

「うん。最初の一、二階はまあ普通に嫌らしいけど攻略できるくらい」

「で、奥に行くほど本性出す?」

「そういう感じ!」

「性格悪っ」

「褒めてる?」

「褒めてる」


 そんなわけで、最初の案は少しだけ丸くした。

 いや、丸くしたといっても私たち基準での少しだけなので、一般的な優しさとか配慮とかとはだいぶ違う気もするのだが。

 でも少なくとも、「入口から即座に心を折りに来る」感じではなくした。

 最初の一歩は入りやすく、でも奥へ行くとじわじわ嫌らしくなる、という構成に寄せたのである。

 段階的に本性を出すタイプのダンジョンだ。性格が悪い。


 そして翌日。早速、侵入者が来た。


 いや、侵入者って言い方をするとダンジョンマスター側に寄りすぎだな。

 でも、ダンジョンを見学する立場になって初めてわかったのだが、侵入者という表現には妙にしっくりくるものがある。

 だって、向こうは攻略しに来ているわけで、こっちはそれを迎え撃つ側なのだから。


 その日の私たちは、ヘル家の屋敷の客室の一室を借りて、そこで赤の塔の簡易表示を見ながら侵入者の動きを観察していた。

 今ではそこが、ほとんど私とカイの会議室みたいになっている。

 最初はただの客室だったのに、気づけば机の上にはメモや簡易地図や魔物一覧が増え、紅茶とお菓子が常備されるようになり、ラニアが時々「少しは休憩を挟んでください」と半ば呆れた顔で入ってくる。

 快適すぎる。流石ヘル家、やはり住環境が良い。


 で、侵入者の様子だが。


「……思ったより先に進むね」

 私が言うと、カイも眉を寄せた。


「だな」

「もう二階抜けた」

「早い」

「三階も割と普通に抜けそう」

「おいおいおい」

「入口優しくしすぎた?」

「いや、でもそこだけじゃないな」

「何が?」

「思ってたより慎重だ」


 たしかにそうだった。侵入者……冒険者たちは想像以上に慎重だ。

 いや、慎重というか、DHOの侵入者たちは総じて初見のダンジョンに対して警戒心が高い。


 そりゃまあそうか。この世界、死ぬと色々失う。しかもダンジョンが未発見となれば、何があるかわからない。そう考えると、多少不自然な配置や怪しい宝箱があっても、意外とみんなきっちり様子を見るのだ。


 あとは、この冒険者がNPCだからかもしれない。

 この冒険者たちは初見のダンジョン調査依頼というA~Cランクぐらいの難易度の依頼を受けているのだ。まだまだゲーム序盤の現在、高位冒険者にプレイヤーはいない。NPCは死んでも生き返らないから慎重なのかもしれない。


「もっと奥を作らないとダメかも。何階まで増やせる?」

「今のDPで?」

「うん」

「頑張れば六階くらいまでは一気にいける」

「行こう」

「行くか」


 そして私たちは、半ば勢いで増設に入った。


 その日は本当に慌ただしかった。

 侵入者の動きを見ながら、足りない階層を増やす。昨日一度撤去した構造を別の階へ再配置する。初見殺しの位置をずらす。

 階層ごとのテーマを少し分ける。

 四階は嫌な段差と視線誘導、五階は開けているのに安心できない広間、六階は明らかに怪しいのに避けるともっと嫌なやつみたいな感じで。

 ……うん、書いていて思うけど本当に性格が悪い。


 いや、でもこれが面白いのだ。

 結果として、その日の侵入者は何とか五階で止まった。


「よし!止まった!」

「止まったね。でも、五階まで行けるなら……」

「もっとひねる必要あるな」

「うん」

「あと階層も増やしたい」

「うん」

「十階くらいじゃ足りない気がする」

「わかる」


 私たちはそこで顔を見合わせた。

 そして、まったく同じタイミングでにやっとした。

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