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第27話 父への報告


 書斎の扉が開く。

 中には、いつも通りというには少し威圧感が強すぎる父上――バルタザールがいた。重厚な机、積まれた書類、壁際の本棚。そこに座っているだけで空気が少し変わる。


「戻ったか」

「はい、父上。報告がございます」

「ほう?」


 バルタザールの視線が少し鋭くなる。


「申してみよ」

 私は一度息を整え、なるべく落ち着いた声音で話し始めた。


「本日、友人と共に鮮血の森へ向かいました」

「うむ」

「その際、通常ならば出現するはずの魔物が森の奥に向かうにつれて全く見られなくなり、違和感を覚えてそのまま進んだところ、奥地で新たなダンジョンを発見いたしました」


 バルタザールの表情は変わらない。だが、空気は明らかに変わった。


「中には?」

「身の安全を優先し、深くは踏み込んでおりません」

 私は淀みなく答える。

「入口のみを確認し、そのまま報告に戻りました」


 完全な嘘ではない。

 少なくとも調査報告としては十分成立する範囲に収めている。

 そして今の私はラウラリアだ。領主家の跡継ぎ候補。必要以上に全部を喋る必要はない。


 数秒の沈黙。

 それから――


「ははははは!」

 突然、バルタザールが大きく笑った。


 書斎の空気が一気に揺れる。

 私はさすがに少し目を瞬いた。いや、笑うとは思ったけど、想像以上にご機嫌である。


「まさか、既に二つもダンジョンがあるこの街で三つ目が見つかるとはのう!」

「……やはり、珍しいことなのですね」

「珍しいなどではない、異常じゃ」


 愉快そうに口元を吊り上げる。


「しかも鮮血の森。あの場所で見つかったとなれば、あれに関わるものじゃろうな」


 あれ、というのが何を指しているのかは今は聞かない方がよさそうだった。

 領主の知識がある。街の側の事情がある。おそらく鮮血の森に紐づいた何かしらの歴史や既存ダンジョンとの関係があるのだろう。

 そこはあとで聞ける。今は報告の流れを止めるべきではない。


「マルコス!」

 バルタザールが声を上げる。

 すると、控えていたわけでもないのに、ほどなくしてマルコスが静かに入ってきた。


「お呼びでしょうか」

「ダンジョンが見つかった」

 バルタザールがあっさり言った。

 その一言で、マルコスの落ち着いた顔にもわずかな驚きが走る。


「……それは」

「鮮血の森じゃ」

「鮮血の森……」


 マルコスは一瞬だけ思考を巡らせるような沈黙を置き、それからすぐに顔を上げた。


「承知いたしました。冒険者ギルドへ調査依頼を出します」

「うむ」

「正式な調査隊を組み、入口確認と階層把握を進める形でよろしいでしょうか」

「よい」


 やり取りが速い。速すぎる。

 この話が早い人たちの世界に、まだ完全には慣れていない。でも慣れたいとは思う。こういう速度で物事が決まるのは単純に格好いいから。


 そして、そこでバルタザールは私を見た。


「ラウラリア、おぬしに任せよう」

「……何を、でしょうか」

「ダンジョンの経営じゃ」

「……はい?」


 一瞬、聞き返す声が少し素に近くなった。

 でもそれも無理はないと思う。

 だって今この人、未発見ダンジョンの管理を、発見報告したばかりの私へそのまま投げようとしているのだ。


「養子として来たおぬしの実績になるからな」

 バルタザールは当然のように続けた。


「新たなダンジョンは、この街にとって資源じゃ。資源とはすなわち力。力を扱う経験は、貴族としての実績に直結する」

「……」

「無論、丸投げはせぬ。優秀な部下をつける」

「それは……ありがたいですが」


「なんなら」

 そこで彼は、ちらりとカイを見た。


「一緒に見つけたその友人と考えてもよいぞ」


 ……え??マジ??

 

 やった。やったやったやった。それ、最高では??

 ダンジョン経営。貴族としての実績。しかもカイも巻き込める。

 未発見ダンジョンを発見して、その管理側に入れるなんて、普通のプレイヤーどころか普通の貴族ルートでもそう簡単にはないでしょ?


 でも、ここで顔を輝かせるのはラウラリアとしてちょっと違う。

 私は呼吸を整え、少しだけ口元を柔らかくして穏やかに答えた。


「……承知いたしました。力不足のないよう、誠心誠意務めます」

「よい返事じゃ」


 バルタザールは満足そうに頷いた。

 うん、よかった。今のはかなり綺麗に返せた気がする。内心ではかなり大騒ぎしているけど。


 そして父上は、ようやくカイへ視線を向けた。


「おぬし、名は何という」


 カイは一瞬だけ背筋を伸ばし、それから礼をした。ギルドや森での軽い感じとは違う、ちゃんとした礼だった。


「カイ、と申します」

「うむ」

 バルタザールはその名を短く受け止め、それから机の上の紙へ視線を落とした。

「今回の報告に対する報酬として、20万セルを与える」

「……20万」

 カイの声が、一瞬だけほんの少し揺れた。

 わかる。私でも揺れる。


「加えて」

 バルタザールはさらりと続ける。

「冒険者ギルドへの推薦状も書こう。Dランクへの推薦じゃ」

「……」


 今度の沈黙は長かった。

 ……カイ、本気で固まってるな。


 いや無理もない。Fだって昨日まで自慢してた人が、いきなりDランク推薦状を領主から渡されるのだ。情報量が完全にキャパを超えている顔をしている。


「そして、これからもラウラリアの友人でいるがよい」

「……はい?」

 クールな顔をしているカイの口から間抜けな声が出た。

 ちょっと面白い。


 バルタザールは椅子に深く腰掛けたまま、静かに続けた。


「おぬしは変なものを見つける運があるらしい」

「変なもの」

「変なものじゃ」

「は、はあ」

「ラウラリアもまた、変なものに当たる。わしのところへ来たのがその証拠じゃな」

「……」

「つまり、相性がよい」


「そういう評価なんですか?」

 思わず私が口を挟むと、バルタザールは実に楽しそうに目を細めた。


「そういう評価じゃ」

「光栄なのかどうか、少し判断に困りますね」

「困っておれ」


 ひどい、ひどいけどちょっと面白い。


「だからこそ」

 バルタザールはカイへ戻る。

「今後も友人として、ラウラリアと関わっておれ」

「ええと、それは……」

 カイは一瞬だけ私を見て、それからバルタザールを見た。


「いや、そのつもりではありますが」

「うむ。ならよい」

 そこで話が終わった。圧のかけ方が自然すぎる。


 私は心の中でちょっと笑った。

 友人でいろという言い方を、領主が報酬と推薦状の流れで挟んでくるの、やり方がだいぶ上手い。上手いんだけど、領主にやられるとだいぶ逃げ道がないのだけど。


 そのまま話はまとまり、私たちは書斎を下がることになった。


 廊下へ出た瞬間、カイが珍しく無言だった。

 ダンジョンでの犬っぽい勢いはどこへやら、かなり静かである。私はその横顔を見て、少しだけ可笑しくなった。


「……大丈夫?」

「大丈夫じゃない!」

「即答じゃん」

「いやだって」


 カイはそこでようやく小さく息を吐いた。


「20万セルとDランク推薦、友人でいろって圧もヤバいし」

「うん」

「情報量が多い」


 わかる。すごくわかる。


「でも、かなり美味しかったでしょ?」

「それは、そう」

「でしょうねぇ!」

「くそ、否定できねぇ……」

「あと、友人でいろは別に困らないでしょ」

「それは困らないけど」

「なら問題なし!」

「ラウラ、お前たまに判断が雑だよな」

「本質を見ていると言ってくれる?」

「言い換えが強い」


 私たちはそのまま歩きながら、今後の話を続けた。

 ダンジョン経営。その言葉だけで、急にやることが現実味を帯びてくる。


「で、具体的にどうする?」

「うーん……まずは調査依頼が出るでしょ。そのあと、領主家側としてどう管理するかの方針を出す必要がある。で、私はそこに噛める」

「うん」

「カイは表向きは発見者の友人。でも裏ではダンジョンマスター。だから、表の経営方針と裏の実働をどう噛み合わせるかだね」

「……」

「何?」

「ラウラ、言い方が完全に悪い経営者のそれ」

「失礼だなぁ」


 だって実際そうでしょう。

 表向きに全部を開示する必要はない。むしろしない方がいい。

 でもダンジョンを成長させるには、侵入者も必要だし、収益も必要だし、ギルド側の調査隊も使えるなら使った方がいい。

 なら、表では「新規ダンジョンの運営実績」、裏では「DP確保と構造調整」を進める二層構造にするのが自然だ。


「あと、入口の公開範囲も考えたい」

「うん?」

「完全解放するのか、一部制限するのか」

「最初から誰でもどうぞ、だと荒れる気がするもんな」

「そう」

「でも閉じすぎると侵入者が増えない」

「そうなんだよねぇ」


 私は少しだけ笑った。


「階級制かな」

「……うわ、ギルドの裏事情みたいなこと言い出した」

「だって採用されてるってことは有効なんでしょ?」

「有効だろうけどさ」

「上位ランクだけ入れる区画、一定条件を満たした者だけ入れる階層、実績で解放される深部」

「嫌らしいなぁ」

「褒めてる?」

「褒めてるしちょっと怖い」

「ありがとう」


 カイはしばらく黙って、それからにやっと笑った。


「でも、いいなそれ」

「でしょ?」

「俺もそういうの好き」

「知ってる」

「知ってるのかよ」

「初見殺しと空箱置く人が何言ってるの」

「まだ引っ張るの!?」


 私はそのまま笑いながら、さらに続けた。


「あと、ダンジョンそのものの性格も必要」

「性格?」

「ただ赤いだけじゃなくて、どういう侵入者を想定するか」

「あー……」

「怖くしたいのか、映える感じにしたいのか、攻略しがいを出したいのか、稼ぎ場にしたいのか。あ、全部盛りは無理ね」

「それはそう」

「なら、最初にコンセプトを決める」

「お前、ダンジョン経営向いてない?」

「今それ、かなり気づきたくない方向の才能かもしれない」

「いやでも絶対向いてるって」

「困るなぁ」


 困ると言いながらも、私はちっとも困っていなかった。むしろかなり楽しい。

 貴族ルート、ダンジョン経営、友人がダンジョンマスター、未発見資源、表と裏の二重管理。


 うーん、結構楽しそうだね。


「じゃあ次、どうする?」

「ひとまず」


 私は少し考えて答えた。


「今日は情報整理かな」

「うん」

「父上から正式にどういう権限が出るのか、ギルドの調査隊がいつ動くのか、そのへんを見たい。で、カイはカイでダンジョン側の準備」

「りょーかい」

「その間に、侵入者向けの見せ方も考える」

「うわ、なんか本当に経営ゲーっぽくなってきた」

「なったねぇ」

「ラウラ楽しそう」

「うん、かなり」


 私は隠さず頷いた。

 だって、楽しいのだ。

 面倒そうなことも多い。危なそうなことも多い。たぶんあとで絶対トラブルも来る。

 でも、それを差し引いても、今はこの先が楽しみで仕方がなかった。


 ラウラリア・ラ・ヘルとしての私が、ただ高貴な跡継ぎとして整えられるだけではなく、自分で何かを動かし始められる。

 しかも傍には、カイという変な友人までいる。


 これで面白くならないわけがない。


「ねえ、カイ」

「ん?」

「100万円の使い道、あとでちゃんと聞くからね」

「まだ引っ張るのかよ!?」

「当然でしょ」

「そんな重要!?」

「かなり重要」

「お前、結局そこ気に入りすぎだろ!」

「夢があるからね」

「否定できねぇ!!」


 私たちはまた顔を見合わせて笑った。

 その笑い声が、領主家の静かな廊下に少しだけ柔らかく響いた。

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