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第26話 友と屋敷へ


 赤の塔の広間の片隅に腰を下ろしたまま、私たちはしばらく、かなり真面目に話し込んでいた。


 さっきまでの「100万円!」「未発見ダンジョン!」「魔王ルート!」みたいなテンション高めの話とは違って、ここからはもう少し地に足のついた相談だ。

 いや、相談している内容自体はだいぶ現実離れしているんだけど。

 未発見ダンジョンの発見報告をどこまでしていいかとか、その際に誰へどういう形で権利や功績が入るかとか、そういう話を、赤い塔の中で赤い魔物に囲まれながらプレイヤー二人がやっている時点でだいぶ変なんだけど。

 でも、このゲームでは変な方がだいたい本筋なので、もはやそこを気にしても仕方がない。


「まず一つ目!」

 私は指を一本立てた。


「カイがダンジョンマスターであることは、絶っ対秘密!!」

「だよな」

「絶対、本当に絶っ対」

「わかったって」

「そこを雑に返されるのちょっと怖いんだけど」

「雑じゃねぇよ!俺だってそこはわかってるって!」


 カイは少し不満そうに眉を寄せたが、すぐに真面目な顔に戻った。


「いやでも、それはマジでそう」

「でしょう?」

「ダンジョン見つけた、は良いけどさ。でも俺がマスターやってます、は言った瞬間に色々面倒になる気しかしない」

「うん」

「最悪、管理権ごと持ってかれるかもだし」

「それはある」


 私は頷いた。

 管理権というか、ダンジョンマスターという立場がどこまで制度的に保護されているのかが今の時点ではわからない。

 この世界はプレイヤーに対して妙に完成された認識と制度を持っている一方で、だからこそ「制度に組み込めるものは組み込む」という実態なのだ。

 未発見ダンジョンの管理権なんて、領主やギルドや国が放っておくには重要すぎる資源だ。

 そこで「実はプレイヤーが隠れてマスターやってます」となれば、素直に尊重されるより先に「では回収しよう」と考えられてもおかしくない。


「だから」

 私は続ける。


「報告するのはあくまで、「鮮血の森の奥で新しいダンジョンを見つけた」っていうところまで」

「うん」

「中に入ったかどうかも、できればぼかしたい」

「そこは俺も思った」

「だよね」

「詳しく話しすぎると、内部構造ちょっと見ただけで、何でそんなに知ってるんだってなるかもしれないしな」

「かもしれないじゃなくて絶対になる」


 私たちはそこで顔を見合わせて、小さく頷き合った。

 このへんの感覚がすぐ噛み合うのはありがたい。

 カイはノリが軽いし、メッセージ欄ではだいたいうるさいのに、こういう「どこまで言うべきか」のラインにはちゃんと勘が働くらしい。


「で、メリットの話だけど」

 カイが膝を立てながら言った。


「俺側のメリットは、侵入者が増えること」

「うん」

「人が来ればDPが貯まる。しかも正式にダンジョンがあるって認識されればギルドも冒険者も調査とか攻略とかで人を寄こす可能性が高い」

「それはそうだね」

「今のままだと、俺が自力で人を呼び込むしかない」

「うん」

「そしてその手段はほぼない。だって未発見だし」


 カイはそこで軽く肩をすくめた。


「正直、今のままだと収益化の速度が遅いんだよ」

「100万円稼いでた人の発言とは思えない」

「それは初期DPだから別枠!」

「でもその初期DPをほぼ換金しちゃったんでしょ」

「した」

「だいぶ思い切ったね」

「いや、だって夢あるじゃん。わかるだろ?」

「わかる」


 いや本当にわかる。

 だって未発見ダンジョンを見つけて、ポイントが現実通貨に換金できて、しかも高レートとなれば、一回はやるでしょう。

 やるなと言われても、たぶん多くのプレイヤーはやる。そしてそのあとで「しまった、設備に回す分が足りない」となるところまで含めて、すごくプレイヤーっぽい。

 なんならそこまで見越して設計されていそうですらある。DHOならありそうで嫌だ。


「で、ラウラ側」

 カイが指をこっちへ向ける。

「うん」

「新ダンジョン発見の報告者になれば、普通に実績。しかも貴族ルートにいるなら、そこで管理や経営に噛める可能性もかなり高い。そうなると、ダンジョンから得られる利益がそのまま貴族としての実績になる」

「かなり大きいね」

「だろ?だから、報告そのものはした方がいい」

「その結論は同じ」


 私は顎に指を当てた。


 未発見ダンジョンの発見者、あるいは発見報告者になるというだけでも功績になる。しかもそれが鮮血の森という管理下の外縁に近い場所にあるなら、領主家としても無視はできない資源だ。

 そこへ「偶然見つけたので報告します」で終わるのと、「貴族側が関与して管理・運営の実績を積む」のとでは、意味がまるで違ってくる。


 つまり、ここで私がうまく立ち回れば。

 ラウラリア・ラ・ヘルとして、かなり美味しい展開になるのだ。


「でさ」

 カイが少しだけ身を乗り出した。


「一番気になるのは、報告の仕方なんだよ」

「うん」

「俺単独で行くのがいいのか、ラウラに任せるのがいいのか」

「ふむ」

「あるいは、二人で行くのがいいのか」


 私はそこで少しだけ考え込んだ。


 カイ単独。これは功績が全部カイ側に寄る。ただし、プレイヤー単独で未発見ダンジョンを報告する形になるので、制度側からどう扱われるかわからない。ギルド経由での報告になるならなおさら、プレイヤーの成果として整理される可能性が高い。


 ラウラ単独。これは私側の実績としては強いが、逆にカイが裏で何をどれだけ見つけていたのかが見えなくなり、ダンジョンとの関わりを後から持ち込みにくくなる。


 二人で行く。

 うん。これが一番自然だ。


「……一緒に報告しようか」


 私がそう言うと、カイはすぐには返事をしなかった。

 ほんの一瞬、真面目に考える顔になる。それから、ゆっくり頷いた。


「やっぱそれが一番丸いか。発見は二人、でもラウラは領主家側の人間だから、報告の重みが変わる」

「そう」

「俺はその場にいて、一緒に見つけた友人ポジションを取る」

「それなら自然だしね。今日も友達と遊んでくるって言って来たから納得感あるし」

「しかもあとでラウラが経営側に噛みやすい」

「噛みたいねぇ」

「言い方」


 カイは笑った。私も少し笑う。

 でも、これでだいたい方針は決まった。


「じゃあ一回、塔を出そう。現物がないと報告もしにくいでしょ」

「たしかに」

「入口隠したままだと、本当にあるの?ってなるし」

「それはそう」

「それに、見つけた場所の確認も必要」

「じゃ、行くか」

「行こう」


 カイは嬉しそうに立ち上がり、そのまま私たちは赤の塔を出た。

 巨木の外へ出て、少し距離を取る。

 するとカイは例の赤い樹木に手を触れ、何やらシステム操作をしているらしかった。

 次の瞬間、地面が低く唸るように震えた。


「おお……」


 私は思わず小さく声を漏らす。

 赤い樹木の周囲の空気が揺らぎ、景色が歪む。

 それから、まるで隠されていた立体が上へ押し出されるみたいに、巨大な赤い塔の輪郭がゆっくりと現れてきた。


 高い。思っていた以上に高い。

 赤い石と赤黒い金属が絡み合うように積み上がった、露骨にダンジョンですと言わんばかりの塔。

 これがさっきまで巨木に隠れていたというのもだいぶ無茶な話だけれど、DHOならまあありえる気がしてくるから怖い。


「……派手だね」

「だろ?」


 でも、これなら報告時の説得力は十分だ。

 未発見ダンジョンがそこにある。わかりやすく、はっきりと。


「よし、じゃあ報告に行こう!」

「おう」


 そして、赤の塔を背に、私たちはヘルの街へ戻った。


 街を抜け、領主家の屋敷へ向かう道すがら、カイは途端に口数が少なくなった。

 いや、少ないというか、表情が変わった。森の中では完全に犬だったのに、街へ入った瞬間から、あのギルドで見た冷たそうな美形へ戻っている。

 しかも、屋敷が近づけば近づくほどその傾向が強くなっていく。


 なるほど、最初の外向けモードか。

 いや、わかるけど。わかるけどさ。私もラウラくんのRPとして似たような切り替えはあるし、ラウラリアとして振る舞う以上、人前では整えるべきだとも思う。

 でもその切り替え幅が毎回大きいので、こっちは面白くて仕方ない。


 そして私たちが屋敷の前まで着いた時、ついにカイからメッセージが飛んできた。


[おい、おい!!でかくない??]

[何が?]

[屋敷だよ!!]

[そんなに?]

[そんなに!!見ためちゃくちゃ豪華なんだけど!?お前これ住んでんの!?]

[住んでる]

[マジで言ってる!?]

[本気と書いてマジ]

[やば]

[やばいね]

[なんかもう逆に笑えてきた]

[わかる]

[いや俺、ギルドで一人酒飲んでたのに、今から領主の屋敷入るの??]

[そうなるね』

[情報量の暴力!!!!]


 私は前を向いたまま、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 隣ではカイが周囲に人がいるせいでしれっとした顔を崩さないようにしているのがわかる。そのギャップが面白すぎる。


[落ち着いて]

[落ち着いてる顔してるだろ今!!]

[顔だけね]

[そうだよ!!!!]


 私は笑いを堪えながら、そのまま門をくぐった。


 屋敷の玄関ホールへ入ると、当然のようにマルコスが待っていた。

 相変わらずタイミングが完璧である。もしかしてこの人、屋敷の中の気配を全部把握してる?いや、本当にしてそうで怖いな。


「おかえりなさいませ、ラウラリア様」

「ただいま、マルコス」


 私は歩きながらフードを外し、脱いだローブを自然にマルコスへ手渡した。

 その動作も今ではほとんど意識せずできてしまう。ちょっと怖いくらいに、ラウラリアの所作が身体へ馴染んでいる。

 マルコスは受け取ったローブを整えながら、その視線を静かにカイへ向けた。


「そちらの方は?」

「父上に報告したいことがあって来たんです。この子は、その報告にも関係する私の友人ですよ」

「承知いたしました」


 マルコスは一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も問わなかった。

 さすがにこのへんの引き際がうまい。私は心の中で感心しつつ、そのままカイを伴ってバルタザールの書斎へ向かった。

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