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第25話 征服ルートの解放


 私はちらりとカイを見た。本人はなんだか得意げにしている。

 見ろよ俺の作品、みたいな顔をしている。いや、作品って何だ。ダンジョンだよ。

 でも、今のカイを見ていると、少なくとも半分くらいは「俺の作品」認識でいる気がする。なんなら七割くらいはそうかもしれない。


「……もしかして、結構楽しかった?」

 私がそう聞くと、カイは一拍おいてから、あっさり頷いた。


「めちゃくちゃ楽しかった」

「だろうね」

「最初はさ、DP足りねーし、設備も全然だし、マジで何もできねぇって感じだったんだけど」

「うん」

「逆にそれがちょっと面白かった」

「わかる」

「何ができるかじゃなくて、何が足りないかを一個ずつ潰していく感じ?」

「うんうん」

「で、足りないから外から拾ってきて、配置考えて、動線考えて、ここに魔物置くか、いやこっちの方が嫌らしいか、とかやってたら時間があっという間に溶けた」

「……やっぱり楽しかったんだ」

「楽しかったな!!」


 すごい素直に言うなこいつ。


 でも、その気持ちはわからなくもなかった。DHOってたぶん、ただ戦うだけのゲームではないのだ。

 生産、交渉、社会構造、勢力戦、ギルド、ダンジョン、育成、ロールプレイ。そういうものが全部ごちゃ混ぜになっていて、そのどこに刺さるかでプレイヤーの遊び方が変わる。


 私はラウラリア・ラ・ヘルとして貴族ルートに入り込み、カイはカイでダンジョンマスターになっている。

 普通の初日って何だっけ? という疑問はあるけれど、少なくとも「変なところで変な遊び方に適性がある人間ほど、このゲームに刺さる」のはよくわかった。


「ていうか」

 私は歩きながら周囲を見回した。


「この魔物たち、ちゃんと配置してるんだよね?」

「そう」

「見た目だけ置いてるわけじゃなくて?」

「ちゃんと役割ある」

「へぇ」


 私はそこで立ち止まり、通路の角にうずくまるようにしている小型の赤い獣型魔物を見た。

 森で見かけるはずだったやつだ。たしか、血牙獣だったか、何だったか。名前はあとで確認するとして、とにかく赤くて速そうで噛みつきそうなやつである。

 でも、ただそこにいるだけではない。

 他の魔物との間隔、通路の見通し、曲がり角との位置関係を見るに、どう考えてもここで不意打ちになるとわかる。


「これ、初見殺しっぽい」

「だろ?」

 カイが嬉しそうに言う。


「この角曲がって気を抜いてると、横から来る」

「嫌だなぁ」

「しかもこの先の階段の音で意識逸れるんだよ」

「嫌だなぁ!」

「いいだろ?」

「良くはないよ!?」


 でも、たしかにいいのだろう。

 ダンジョンマスター視点からすると、これはたぶんかなり気持ちいい配置だ。侵入者が油断した瞬間に、環境と魔物の組み合わせで綺麗に崩せる設計。

 カイ、悪い部分の性格出てるな……と私はちょっと思った。

 いや、表向きはノリが軽くて犬っぽいのに、こういうところは地味に嫌らしい。嫌らしいというか、陰湿と言うか、ちゃんと頭を使うタイプだ。何か悔しい。


「なんか今、失礼なこと考えなかった?」

「何でわかるの」

「ラウラはたまに目が冷めた感じの目になるんだよ」

「便利な観察眼だね」

「お前もだろ」


 そう言いながら、カイは先へ進む。

 私はその後ろについていきながら、ふと別のことを思い出した。


「ねえ、ダンジョンポイントってさ」

「うん?」

「侵入者が滞在すると貯まるって言ってたよね。ってことは、今ここに私がいるのもその対象?」

「うん、なるな」


 私は思わず足を止めかけた。


「え、待って。じゃあ私、今」

「ラウラ、もう稼いでる」

「…………」


 私は数秒、無言になった。


 いや。いやいやいや。それって、つまり何?

 友達の未発見ダンジョンに遊びに来たら、気づかぬうちにその友達へポイントを献上していたってこと?

 しかもそのDP、セルより高レートで現実通貨に換金可能なんだよね?

 じゃあ私、今ちょっと歩くだけでカイの財布を潤してるってこと?


「……寄生先が逆じゃない?」

「何の話?」

「普通、ダンジョンって侵入者からアイテムとか経験値を搾り取るじゃん。でも今のところ、私は友達の家に遊びに来たら友達が儲かる謎システムに巻き込まれてる」

「そうとも言うな」

「すごい世界だなぁ」

「DHOだからな」

「その一言でだいたい片付くのずるいよ」


 カイは笑った。

 結構クールな顔立ちなのに、笑うとちゃんと犬っぽさが出るのだから不思議だ。


 私たちはさらに奥へ進んだ。

 途中、赤い甲殻を持った虫型の魔物が天井近くに張りついていたり、細い通路の先で人型の赤い影が無言で立っていたり、階段の踊り場に妙に豪華な宝箱っぽいものが置かれていたりして、そのたびに私は「あ、嫌なダンジョンだ」「これ絶対罠でしょ」「いやでもちょっとワクワクする」と忙しく感情を動かしていた。


「その宝箱、どう見ても怪しいんだけど」

「怪しいだろ」

「中身は?」

「勿論空だぜ?」

「嫌な性格してるなぁ」

「いいだろ?」

「良くない!最悪だよ!!」


 でも、そこでまた私は笑ってしまう。

 たぶん、侵入者として入ってきたらかなり嫌だ。でも見学として来た側としては、こういう嫌らしさはちょっと楽しい。


「ラウラさ」

「うん?」

「もしかして、こっち側の適性もある?」

「こっち側?」

「ダンジョン作る側」

「……」


 私は少しだけ考えた。それから、正直に言った。


「あるかもしれない。でも私はたぶん、もっとこう……街とか制度とか、人の動きも全部含めて一個の巨大ダンジョンみたいにしたい」

「うわっ」

「何?」

「やばーい」

「褒めてる?」

「褒めてるけどちょっと怖い」


 カイの反応に、私は肩をすくめた。


「だって、せっかく貴族ルートに入ったんだよ?」

「うん」

「一階ずつ罠を置くより、街全体の構造とかギルドとか、プレイヤーの欲望そのものを上手く誘導する方が面白そうじゃない?」


「……」

 カイは無言でちょっと引いた感じの表情を浮かべた。


「何よ?」

「ラウラ、お前ほんとそういうとこあるな」

「どういうとこ?」

「怖い方に賢いところ」

「ひどい言い方だなぁー」


 でも、否定はしにくかった。

 というか、実際その方向の想像はかなり楽しい。

 ダンジョン一つを管理するのも面白そうだ。でも私は今、領主家の後継ルートにいる。だったら、個別の施設ではなく、もっと大きな単位で人と制度を動かす方が絶対に面白い。


 そう考えると、やっぱり最終目標は見えてくる。

 魔王。他のプレイヤーが剣と魔術と冒険で目指すなら、私は貴族と都市運営と異界人管理の側からそこを目指す。

 同じ頂点でも、登り方を変える。


 私は歩きながら、内心でにやっとした。今の私はたぶん、ラウラリアとしてもかなりいい顔をしていると思う。

 甘くて高貴で、でも何か企んでいそうな顔。

 ……うん、悪くない。かなり悪くない。


「なに急にニヤニヤしてんだよ」

「未来設計」

「やっぱ怖」

「失礼だなぁ」

「お前の未来設計、絶対ろくでもない方向にスケールがでかいんだもん」

「まあ、否定はしない」

「否定しろよ!」


 そこから少し進むと、通路が開けて小さな広間に出た。

 赤い石柱が立ち、中央には薄い赤光りを宿した円形の床。その奥に、上階へ続く螺旋階段らしきものが見える。

 たぶん、ここが最初の節目だ。


「ここが今の一階終点」

「へぇ」

「本当はまだ上作れる」

「作れるんだ」

「DPと素材と時間があればな」

「夢が広がるね」

「広がる」

「でも先に報告か」

「そこなんだよなぁ……」


 カイは頭の後ろで手を組み、少しだけ天井を見上げた。

 その横顔はやっぱり綺麗だった。綺麗なんだけど、今のこの会話内容が「DP足りねー」「上作りてー」「報告めんどいー」なの、温度差がすごい。


「まあでも、ラウラがいるならだいぶ違う」

「私?」

「うん。貴族ってだけで、こっちから見える視野がかなり変わるだろ」

「……そうだね」

「貴族じゃなかったとしても、一緒に考えたかったし」

「そっか」


 私は少しだけ黙った。


 こういうことを、こんなに自然に言うんだよなこの人。

 軽いノリで走り回っているように見えて、大事なところではちゃんと素直に言葉を伝えられる。それはちょっと、ずるい気がする。


「いいよ」

 私は素直に答えた。


「その代わり、私の方も色々巻き込むと思うけど」

「大歓迎だぜ」

「即答だ」

「ラウラの面倒ごとは大体面白そうだからな」

「評価がめっちゃ雑じゃん」

「でも外してないだろ?」

「外してないのが悔しい」


 それから私たちは、広間の隅に腰を下ろして、少しだけ具体的な話をした。

 報告をどうするか。誰にどのタイミングで出すか。私が領主家側の実績として出る形にするなら、カイの取り分や権利はどう守るか。

 話している内容はたぶんかなり重い。重いはずなんだけど、片方はダンジョンマスター、片方は領主家の後継ルート、どっちも初期プレイヤーで、しかも中身は一般人(多分)と女子高生である。

 冷静に考えると、会話の内容と精神年齢のバランスがだいぶおかしい。


「それにしても……」

 私はふと口を開いた。


「本当に100万円なんだ」

「まだそこ気になる?」

「気になるでしょ」

「いやまあ、気持ちはわかるけど」

「だって現実のお金だよ?」

「そうだよ」


 ……現実のお金、しかも百万。

 私の月のお小遣いが2万円だから、50か月分のお小遣いである。


「……すごくない?ずるくない?」

「すごいしずるいぜ?」

「開き直るんだ」

「開き直る。だってもう換えたし」

「くっ……」


 思わず唸る私に、カイは愉快そうに笑った。


「でもなー、全部使えるわけじゃないからな」

「ん?」

「ほとんど初期投資みたいなもんだし。装備もそうだし、情報もそうだし」

「それでも100万は強い、夢がある」

「だろ?」

「やっぱこのゲーム、お金の匂いがする!」

「するな」

「しかもかなり生々しい」

「そこが面白いんだよ」


 うん、それは本当にそうだ。

 DHOは設定も世界観もかなり凝っている。でもその根っこに現実のお金になるという生々しい要素があるせいで、ただのファンタジーやロールプレイでは終わらない。

 欲望が制度になる。制度が競争になる。競争が物語になる。

 そして、そのど真ん中にプレイヤーがいる。


 そう考えると、このゲームの最終目標が征服と魔王であることも、妙に納得できた。

 ただ強くなって終わるゲームじゃない。

 最終的には、勢力を動かし、他種族を呑み込み、構造そのものを支配する側へ立つゲームなのだ。


 私はゆっくりと、赤の塔の天井を見上げた。

 ここから先、どう動くかで景色は大きく変わるだろう。


 カイには先に、私の目標を伝えておこうかな。


「……ねえ、カイ」

「ん?」

「私、決めたんだよね」

「何を?」

「魔王のなり方」

「お」


 カイがちょっと面白そうに目を細める。


「他のプレイヤーとは違う方法で魔王になる」

「違う方法?」

「うん。私は貴族側から行く」

「おお」

「街と制度と人を動かして、上の立場から征服する!」

「……うわ」

「何その反応」

「似合うなーって」

「そこは格好いいって言って」

「格好いいけど怖い」

「ひどい」


 まあ、私も自分で言っててちょっと怖いなって思ったけども。


「でもいいじゃん、それ。めちゃくちゃラウラっぽい」

「そう?」

「そう。普通に前線で無双するより、気づいたら全部お前の手のひらの上でした、みたいな方が似合う」

「……それ褒めてる?」

「かなり褒めてる。黒幕っぽくてめちゃくちゃ格好いい」


 その評価は、素直に悪くなかった。いやむしろ、かなり良かった。

 ラウラリア・ラ・ヘルとしての私がやるなら、きっとそのルートが一番面白い。

 そして中身が麗である私もまた、そういう正面からだけじゃない勝ち方の方が好きなのだ。


「じゃあ」

 私は立ち上がる。


「そのためにも、このダンジョンはちゃんと使わせてもらうね」

「おう」

「カイの取り分は守る」

「そこ大事な!」

「その代わり!!」

「うん?」

「今後も変なもの見つけたらまず私に相談して」

「なんでだよ」

「面白いから」

「最低だな!?」

「最高って言って」

「このやりとり前も聞いた!」


 私たちはまた笑った。

 赤の塔の広間に、その声が少しだけ反響する。


 情報量はやっぱり濃い。でも、もう私はその濃さに慣れ始めていた。

 慣れるというのは恐ろしい。

 

 ほんの数日前まで私はただの女子高生だったはずなのに、今や未発見ダンジョンの権利処理と征服ルートの方向性を友達と相談している。それがなんだか、笑ってしまいそうなほど楽しかった。

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