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第24話 100万円はロマンである


 中は、外から想像していた以上に塔だった。

 巨木の中に入ったはずなのに、空間の感覚は明らかに木の内部ではない。


 赤い石材の壁。赤い灯り。赤い階段。赤い魔物。


 全体が名前通り、徹底して赤で統一されている。

 でも単に色が赤いだけではなく、どこか乾いた熱と、古い血の匂いみたいな雰囲気が混ざっていて、たしかに赤の塔としか言いようがない。


「……すご」

「だろ?」

「いや、本当にすごい」


 私は思わず立ち止まって見回した。

 そこらじゅうに赤い魔物がいる。鮮血の森で見かけるはずだった赤系統の魔物たちが、ここには普通に配置されているらしい。

 ああ、それで森の中で出くわさなかったのか。


「……これ、鮮血の森の魔物?」

「そう」

「拝借したの?」

「しちゃった!!」


 言い方が軽いな。

 でも、拝借という表現がいちばんしっくり来るのがまたすごい。


「ダンジョンってさ」

 カイは歩きながら話す。


「侵入者が滞在するとポイントが貯まるんだよ」

「へぇ」

「あと、侵入者が死ぬともっと貯まる」

「だいぶ嫌な仕様だね」

「ダンジョン側から見れば嬉しいんだろうな。で、そのポイントがDP。ダンジョンポイントな」

「うん」

「これ、セルと同じで現実通貨に両替できる」

「……え?」

「しかもセルよりレート高い」

「えっ?」


 私は思わずカイを見た。

 彼は何でもないことみたいな顔で頷く。


「最初にあった初期DPのほとんど、現実通貨に替えた」

「待って……いくら?」

「100くらい」

「100?」

「万」

「……100万?」


 私は数秒、言葉を失った。

 いや、待って。今この人、未発見ダンジョンの初期DPを換金して、現実で100万稼いだって言った?言ったよね?


「……やばくない?」

「やばい」

「やばいってわかってやってる?」

「わかってるよ」

「でもダンジョンの準備できなくならない?」

「なった」

「なったんだ」

「だから仕方ないから鮮血の森から魔物を拝借して、侵入者の滞在ポイントと、ダンジョンの中の魔物枠の両方を稼いでる」

「ものすごい自転車操業だな」

「そうとも言う。いやでも、百万円は魅力だった」

「それはそう」


 私は思わず天井を見上げた。

 そういえばこのゲームって、そもそもゲーム内で稼げるという売り文句もかなり強かったんだった。初日の頃はその話をして、三毛猫に誘われて、「お金になるならやる価値あるかも」みたいに思っていたのだ。


 それが今、ダンジョンのDPがセルより高レートで、しかもプレイヤーが工夫次第でそれを現実通貨に変換できるという話を聞かされている。

 ちょっと待って、このゲーム、本当にどこまで行くんだ?


 そして同時に、別の考えが頭をもたげた。

 ……これ、私、下手したらめちゃくちゃ稼げるのでは?


 領主家ルート。貴族。街の中枢。ダンジョン資源。ギルドとの関係。異界人の扱い。今の私って、普通のプレイヤーとは情報アクセスも制度アクセスも全然違うところにいる。

 それがそのまま金になるかはともかく、少なくとも稼げる側の匂いはかなりする。


 だが、そこで私は、昨日叩き込まれた知識のもう一つを思い出した。


 この世界の大きな目的。ただ強くなるだけではない。ただ稼ぐだけでもない。


 そうだ。このゲームの最終目標は――魔王になること。


 魔族以外の人族、亜人、その他の勢力を征服し、その頂点へ至ること。

 それがこの世界の、少なくとも魔族側のプレイヤーに用意された物語の最終到達点だった。


「……あー」

 思わず立ち止まりかけて、私はすぐに歩調を戻した。


 そうか。

 そうだった。

 すっかり忘れていた。


 いや、忘れるでしょう。

 始めたばかりで領主の養子になって、進化して、衣装を着せられて、教育受けて、訓練して、ダンジョンマスターと合流してたら、そりゃあ最終目標とか一回どっか行くでしょう。

 でも、今の話を聞いて、ようやく一本の線が繋がった気がした。


 普通のプレイヤーは、たぶん戦って、ランクを上げて、素材を集めて、勢力の中で上を目指していく。

 でも私は違う。私はもう、街の中枢に手をかけている。

 貴族として、領主家の後継として、制度の内側からこの世界へ食い込める。


 それなら。

 私は貴族側から、他のプレイヤーとは違う形で魔王を目指せるんじゃないか?


 軍備、外交、ダンジョン、異界人管理、ギルド制度、街の支配。

 そういうものを積み上げていくルートで。ただ強い冒険者としてではなく、支配と構造の側から。


 ……それ、めちゃくちゃ面白くない?

 胸の奥で、じわりと熱が広がった。


 そうだ。そういうことだ。

 ラウラリア・ラ・ヘルという存在は、ただの王子様RPの完成形じゃない。もっと大きな物語に接続できる立場だ。


「どうした?」

「いや」


 私は自然に口元を緩めた。


「ちょっと、先のことが楽しみになってきただけ」

「お、いい顔してんじゃん?」

「そっちこそ、だいぶ楽しそうだよ」

「そりゃあな。だってラウラにこれ見せたかったし」

「……ありがとね」

「おう」


 そう返してから、私は赤の塔の中をもう一度見渡した。

 赤い魔物。赤い壁。赤い階層。ダンジョンマスターの友人。そして、領主家の後継ルートに入った私。


 情報量が濃い。濃いけど、だんだん纏まってきた。

 このゲーム、やっぱりとんでもない。でも、とんでもないからこそ面白い。

 そして私は、その面白さのかなり中心にいる。


 そう思うと、少しだけ笑みが深くなった。


 ――よし。


 他のプレイヤーとは違う方法で、魔王を目指そう。

 ただ前線で剣を振るうだけではなく、街と制度と人を動かす側から。貴族として、跡継ぎとして、この世界の構造を利用して、その上で勝つ。


 それはきっと、普通の攻略ルートよりずっと面倒で、ずっと危なくて、でもずっと面白い。

 ラウラリア・ラ・ヘルとしての私には、きっとそれが似合う。


 そして中身が麗である私もまた、そういう変な正攻法じゃない勝ち方がわりと好きなのだ。……困ったことにね。

 私は改めて、カイの方を見た。


「ねえ」

「ん?」

「このダンジョン、ちゃんと見せてもらうからね」

「おう」

「あと、発見報告の件も含めて、一緒に考えよう」

「もちろん!」

「その代わり……」

「うん?」

「100万円稼いだ話はあとでもう少し詳しく聞かせて」

「そこ!?」

「重要でしょ!」

「否定できねぇ!!」


 私たちは顔を見合わせて、同時に笑った。


 赤の塔の奥では、まだ見ぬ階層が待っている。その先に何があるのかはわからない。でも、その未知ささえ今は心地よかった。


 ラウラリア・ラ・ヘルとしての私も、麗としての私も、どちらもこの先を見たいと思っている。それがたぶん、いちばん大事なことなのだ。

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