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第23話 ダンジョン


 未発見のダンジョン。

 その単語を聞いた瞬間、私の中でいくつかの感情が同時に跳ねた。


 まず単純に、面白そう。


 次に、いやそれ大丈夫なの?


 そして最後に、何それめちゃくちゃ気になるんだけど。


 感情の方向性に統一感がない?

 あるよ、あるある。全部「気になる」に収束しているから問題ない。

 というか、私の中ではだいたい「ちょっと危ない」と「かなり面白い」はわりと近い場所に置かれているので、こういう時の思考は最初からだいぶ雑多だ。


「……未発見って、つまり誰にも知られてないってこと?」

「そういうこと!」


 カイはどこか誇らしげに胸を張った。

 見た目だけ切り取ると、静かな森の奥で未発見ダンジョンの入口を前に、冷たい美形の男が薄く微笑んでいる――って感じで、それだけならだいぶ何かを知る者っぽいのに、中身は「見ろよこれすごいだろ!」といって自慢気な顔をする犬である。


 落差がすごい。


「昨日のことを軽く話すとさ」

 カイは赤い樹木――いや、今は入口を開いた赤の塔の幹を片手で軽く叩きながら言った。


「もともと鮮血の森の調査依頼を受けてたんだよ。俺、AGIと隠密にかなり振ってるから。正面から殴るより見つからないで奥まで行く方が性に合ってるし、実際そっちの方が得意なんだわ」

「それはなんかわかる」

「わかるか?」

「だってカイ、突っ込む時は勢いあるけど基本的には上手くやるならそっちって感じの方向な気がする」

「お、ラウラわかってんじゃん」


 ちょっと嬉しそうにするな。


 いや、でも確かにそういう感じなのだ。

 三毛猫……じゃない、カイは、テンションが高いし雑に見えるけれど、行動の芯の部分は案外ちゃんとしている。だから昨日だってランクFを自慢しつつ、その裏でしっかり森の調査依頼を受けて、奥まで踏み込んでいるわけである。

 うん、軽そうで軽くない。


「で、魔物に見つからないようにどんどん奥へ進んでったら、こいつを見つけた」

 カイは赤い巨木を見上げた。


「最初はうわ、なんか露骨に怪しい木ある!絶対イベントか何かあるだろこれ!?って感じだったんだけど。……でも、その前にいたんだよ」

「いた?」

「鬼みたいなやつ」

「鬼みたいなやつ?」

「でっかい赤い人型の魔物。明らかに普通の雑魚と空気が違う奴」

「あー……」

「だからその時点であ、これボスだなって思った」


 思う。そりゃ思う。

 未発見の怪しい巨木の前に、でっかくて強そうな赤い鬼みたいな人型魔物。どう考えてもイベントボスか、その木を守るガーディアンか、とかそういうやつである。

 むしろそれでただの通りすがり雑魚だったら逆に嫌だ。


「本当はそのまま引いてもよかったんだけど……見つかっちまったんだよなー」

「うわぁ」

「しかも向こう、赤いしデカいしで目立つ癖にこっち見つけるの上手くてさ」

「嫌だなぁ」

「嫌だった、マジで嫌だったわ。俺、隠密にかなり特化してるっていう自覚があったのに簡単に見つけられてめちゃくちゃ自信無くしたわ」


 カイはかなり実感のこもった嫌そうな顔をした。


 ……まあうん、それは嫌だろうな。

 隠密特化ビルドの人間からすると、「見つかった時点でだいぶ嫌」というのは切実な感想だ。


「で、仕方ないから戦った」

「仕方ないで済ませていいボスだったわけ?」

「いや、よくはないんだよ」

「だよね」

「でも何とかなっちゃった」

「何とかなっちゃったんだ……」


 いや待って、さらっと流してるけどかなりすごくない?

 鮮血の森の奥の、未発見ダンジョンの門番っぽい鬼みたいな巨大魔物を、β版を体験しているとはいえ初心者プレイヤーが何とかしたってこと?

 しかもこいつ、ギルドランクFだって自慢してたよね?

 いや、ランクは関係ないかもしれないけど、それにしたって進みが早い。


「何とかなった結果、報酬が色々出たわけ」

「……色々」

「装備とかアイテム、スキルに称号」

「で、その中にこいつがあった」


 カイはまた巨木を軽く叩く。


「ダンジョンの権利、みたいなやつ」

「そんな軽い言い方でいいの?」

「本当にそんな感じなんだよ。名前は赤の塔って言って、実際の本体は巨大な赤い塔みたいな見た目らしい」

「らしい?」

「今は見えないからな」

「……何で?」


 私がそう聞くと、カイはちょっと得意げな顔をした。

 嫌な予感がする。得意げな三毛猫……じゃない、カイは、だいたい何かしら面白いことをしでかしている。


「今はダンジョンマスターとして、この樹木の中に隠してる」

「……は?」

「だから塔は露出してない」

「いや、ダンジョンマスター?」

「そう」

「あの、ダンジョンマスター?」


 私は思わず同じ単語を二回繰り返してしまった。

 なんかこう、理解が追いつかない時って人は語彙が少なくなるんだな、と今ちょっと冷静に思った。


「昨日、ワールドアナウンス流れたんだけど……聞いてなかった?」

「え」

「ボス撃破とダンジョンマスター就任で」

「えっ」

「かなり派手に」

「……あっ」


 私はそこで、ようやく記憶の底の方に引っかかっていた何かを掴んだ。


 そういえば……訓練で頭がいっぱいだった時、視界の端で何かメッセージが流れた気がしなくもない。

 でもその頃の私は、父上とか呼びながら高位魔族の跡継ぎ教育と実践訓練に必死で、正直ワールドアナウンスどころではなかったのだ。


「……あった気がする」

「気がする?」

「イベントでいっぱいいっぱいだったんだよ!」

「あー……」


 カイは一瞬だけ納得した顔をして、それからすぐに吹き出しそうになった。


「ラウラ、お前ほんと濃いところにいたんだな」

「そっちも十分濃いよ!?」

「いやまあ、それはそうなんだけど」

「ダンジョンマスターの方がだいぶ意味わかんないからね?」


 言いながらも、私は頭の中で状況を整理しようとしていた。

 未発見ダンジョン。ダンジョンマスター。ワールドアナウンス。権利。隠蔽。

 そして、そこで唐突に、昨日叩き込まれた領主教育の知識が別の引き出しから飛び出してきた。


「あ」


 私は小さく声を漏らした。

 ダンジョン。この世界において、ダンジョンはただの戦闘施設じゃない、資源だ。国力に直結する。素材の宝庫であり、財宝を生み出し、冒険者の拠点であり、国の研究対象でもある。しかも未発見ダンジョンなんて、立地によっては都市運営や領主権限にだって関わるレベルの重要物件のはずだった。


「……待って」

「ん?」

「ダンジョンって、発見したら報告義務があったはずじゃ?」

「お、そこ気づく?」


 私が真顔になると、カイは両手を軽く上げて「まあまあ」とでも言うみたいな顔をした。


「それは知ってる」

「知ってるんだ」

「知ってる上で、今はまだ報告してない」

「大胆だなぁ」

「だって準備してからの方がいいと思ったし」

「準備?」

「うん。ダンジョンって見つけた瞬間に全部持ってかれる可能性あるだろ」

「……まあ、そうだね」


 正確には持っていかれるという表現は雑だけれど、言いたいことはわかる。

 未発見ダンジョンを発見したプレイヤー個人が、それを好き勝手に運用できるとは限らない。

 むしろ、領主や都市側が介入してきて当然だ。だって資源なのだから。

 そんなものを「見つけました! はいどうぞ!」と即時に報告して、無防備なままで手放すのは、たしかにちょっともったいない。


「それに」

 カイは続けた。

「報告するなら、自分か、もしくはラウラにしてほしいと思ってた」

「……え、私?何で?」

「信用できるから」


 あまりにもあっさり言われて、私は一瞬だけ黙った。

 いや、その返しはちょっとずるいでしょう。そんな間を置かずに真っすぐ言われると、こっちも変に構えられない。

 普段のノリは軽いのに、こういうところだけ妙に真っ直ぐだなと思う。


「ラウラなら、変に独り占めしようとか、即売り払って終わりとかじゃなくて、ちゃんと見て考えるだろ」

「それは……まあね」

「あと正直、俺一人で持つにはちょっとでかい」

「そこは素直なんだ」

「素直だよ。でかいもん、これ」


 カイは巨木――赤の塔の入口を親指で示した。

 その顔は珍しく真面目で、でも重くなりすぎない程度に現実も見ている感じだった。


「もし報告するにしても、ラウラがやった方が実績にもなるだろ」

「実績」

「今のお前、ただのプレイヤーじゃないんだろ?」

「……」


 そこまで言われると、私はもう、黙っているのも変だなと思った。

 ここまで信用して話してくれた相手に対して、こっちだけずっとぼかしたままでいるのも違う。

 しかも今の話は、確かにただのプレイヤーじゃない私だからこそ意味が出る内容でもある。


 私は一度だけ息を整えた。

 それから、カイをまっすぐに見た。


「……じゃあ、私も話すけど」

「おう」

「驚かないでね」

「いやその前置き、だいたい驚くやつじゃん」

「驚くよ」

「やっぱりか」


 私は少しだけ苦笑してから、言った。


「私、領主の養子になった」

「うん?」

「貴族になった」

「うん??」

「今、この街の後継者ルートに入ってる」

「…………は???」


 間がすごかった。


 しかもそのあと、カイは本当に数秒固まった。

 目を見開いて、口を半端に開けて、理解が遅れて追いつくまでの空白がそのまま顔に出ている。

 さっきまで水色イケメンのクールな顔でダンジョンを開いていた人と同一人物とは思えないくらい、すごくわかりやすく驚いている。


「……え?」

 ようやく出てきた言葉がそれだった。


「いや、え?」

「うん、そうなるよねー」

「いや待って待って待って待って」

 カイは片手で額を押さえた。

「昨日専用シナリオっぽいの踏んだって言ってたけど、そこまで!?」

「そこまで」


「領主!?」

「領主」


「養子!?」

「養子」


「貴族!?」

「貴族」


「後継者!?」

「後継者」


 カイはすぅっと息を吸い込むと、叫ぶように言った。


「盛りすぎだろ!!!」


 うん、知ってる。私も初日はそう思ったし、今でも思ってる。

 でも事実なんだから仕方ない。


「いやでも待って、じゃあなおさらだわ」

 カイはぱっと顔を上げた。

「ラウラが報告した方がいい!」

「いいの?」

「いいに決まってるだろ! 実績になるじゃん!」

「実績」

「ダンジョン発見と管理ルートの橋渡しって、どう考えてもでかいだろ」

「まあ、それは……そうかも」

「そうかもじゃなくてそうだよ! めちゃくちゃでかい!」

「そんなに?」

「そんなに!!」


 そしてカイはそこで、妙に目を輝かせた。


「ていうか中、見てみるか?」

「中?」

「そう。赤の塔の中」

「……まだ入ってないの?」

「いや入ってる」

「入ってるんだ」

「入ってるし、めちゃくちゃ頑張って凝った」

「凝ったんだ?」

「凝った!」


 カイは胸を張った。


「だから見ろよ!!」

「言い方が雑」

「でも見たいだろ?」

「……うん、見たい」


 正直なところ、かなり見たい。

 未発見ダンジョン。しかもプレイヤーがダンジョンマスターになって、準備して、凝ったと言っている。

 そんなもの、ネトゲ好きとして見たくならない方がどうかしている。


「じゃ、案内するな」

「うん」

「あと言っとくけど、結構すごいぞ」

「ハードル上げるね」

「上げる。だってすごいから」

「なるほど」


 私は肩をすくめながらも、そのままカイの後について、赤の塔の内部へ足を踏み入れた。

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