第22話 鮮血の森で
私たちはそのまま街の外を進み、赤みを帯びた森の方へ向かう。
頭に叩き込まれた地図が自然と浮かんできて、私はその場所に思い当たった。
「鮮血の森?」
「正解」
「名前が物騒だよね」
「見た目もちゃんと物騒だぞ」
「楽しそうに言うなぁ」
鮮血の森。
全てが赤いことに定評のある森――という説明を、私はたしかに受けていた。草木が赤みを帯び、地面も湿ったような暗い赤を含み、出てくる魔物も大体赤い。
プレイヤーの間でも見た目のインパクトで有名らしい。
いや、まだ自分の目で見たことはなかったけれど、名前だけでだいぶ圧がある。
実際に近づくにつれて、景色はどんどん赤へ寄っていった。葉も、幹も、下草も、どこかに必ず血のような赤が混じっている。
空気まで少し色を含んで見えるのは、たぶん気のせいではない。でもただ不気味なだけではなく、妙に幻想的でもあった。
ああ、たしかにこれは鮮血の森って呼ばれるわ、と思う。
「……綺麗だね」
「だろ?」
「名前は怖いけど」
「そこがいいんだよ」
「わかる」
私たちは並んで森の中へ入った。
木々の間を抜け、赤い光と影の中を歩く。
その間も、私たちはぽつぽつと話していた。
会うまでの印象のズレとか、見た目のこととか、今までのゲーム経験とか。
カイは相変わらずノリが軽いし、喋り出すと勢いがあるのに、黙るとまたあの冷たそうな美形に戻るのが面白い。
しかも、本人はその落差をあまり自覚していないっぽいのがまた面白い。
「というかさ」
カイが前を向いたまま言う。
「ラウラ、思ってたよりちゃんと王子様だな」
「何その感想」
「もっとこう、男アバターっていっても少し無理してる感じかと思ってた」
「失礼だなぁ」
「いや褒めてる褒めてる。普通に似合ってるし、なんかこう……完成されてる。あと声もいい」
「そこ褒めるんだ」
「大事だろ」
「そうかな」
「大事だよ。声は強い」
私は少しだけ笑ってから、逆に聞き返した。
「カイの方こそ、思ってたのとだいぶ違うよ」
「え、どっちの意味で?」
「もっとこう、見た目もテンション高いのかと思ってた」
「嫌だろそれ」
「たしかに」
「でもギルドで初対面のやつとすぐ馴れ馴れしくするとダルいこともあるからな」
「へぇ」
「だから基本あの顔」
「真顔ね」
「でもラウラ来た瞬間テンション上がった」
「それは見た」
「見られてたかー……」
「一瞬だけめちゃくちゃ犬だった」
「まだ言う!?」
そのやり取りが終わっても、森の中は妙に静かだった。
普通なら、そろそろ何か赤い魔物の一匹や二匹出てきてもおかしくない。
実際、鮮血の森は見た目に反して危険性は低くないが、赤系統の魔物が多く、生態を理解すれば比較的対処しやすい区画みたいな扱いだったはずだ。
でも、いない。
「……あれ?」
私は足を止めないまま、周囲へ視線を巡らせた。
「どうした?」
「いや、何かいると思ったんだけど」
「ああ」
カイは妙にあっさり頷いた。
「今日は出ないよ、多分」
「多分?」
「というか、この先に行く時はだいたい出ない」
「その言い方、知ってるってことだよね」
「まあな」
私は少しだけ眉を上げた。
「何、ここ来たことあるの?」
「ある」
「いつの間に」
「昨日」
「昨日!?」
私は思わず二度見した。
昨日って、私が屋敷で訓練漬けになってた間に?この人、Fランクに上がっただけじゃなく、鮮血の森まで来てたの?
行動力どうなってるの。いや私も人のこと言えないけど。
「なんでまた」
「変な木見つけてさ」
「変な木」
「そう、めちゃくちゃでかい赤い木」
「それだけだとこの森全部変な木では?」
「いや、そうなんだけどさ。もっとこう、露骨に何かありますって感じのやつ」
「なるほど」
私は頷きながらも、少しだけ警戒を強めた。
カイは変なことに当たるタイプだろう。これはもう確信している。
でも、そういうタイプが「行きたい場所ある」と言って連れてくる場所というのは、基本的にろくでもないか、すごく面白いかのどちらかである。
そして大体その両方だ。
そのままさらに奥へ進む。
鮮血の森の色はますます濃くなり、枝の隙間から落ちる光まで赤みを帯びて見えた。
やがて、視界の先にそれは現れた。
「……でか」
思わず口から漏れる。
巨大だった。
比喩ではなく、普通に巨大な赤い樹木。
幹の太さも枝の広がりも周囲の木と明らかに違っていて、森の奥にぽつんと主みたいな顔で立っている。
「これ?」
「これ」
カイは迷いなくその巨木の前まで歩いていく。
私は半歩遅れてついていきながら、周囲に魔物の気配がないのをもう一度確認した。
やっぱりおかしい。静かすぎる。
カイはそこで振り返り、ちょっと得意げな顔をした。
「で、ここなんだけど」
「うん」
「見つけた時、俺も最初はただのデカい木かと思った」
「うん」
「でも違った、触ったら開いたんだよ」
「雑な説明だな」
私がそう言うより早く、カイはその巨大な幹へ手を伸ばした。
赤い樹皮に指先が触れる。
その瞬間。
低い音が響いた。
木の内部で何かが軋むような、重い音。
私は反射的に半歩引く。すると、巨木の幹の中央付近が、ゆっくりと左右へ割れるように開き始めた。
「……は?」
見間違いではない。
本当に、木の幹に穴が開いていく。しかもただの裂け目ではなく、人が通れる程度の空間が中へと続いている。
私はしばらくその光景を見つめ、それからようやくカイの方を見た。
彼は、にやっと笑っていた。
今度は犬っぽさ控えめ、ちょっと悪戯っ子っぽい笑みだ。
「これ、未発見のダンジョンなんだよな!」




