第20話 三毛猫はどこだ?
その後、私は応接間へ向かい、バルタザールに軽く挨拶をした。
彼は私の新しい装いを見るなり、ほんの少しだけ口角を上げた。
「ほう。随分と控えめな装いになったのう」
「街へ出るにはこちらの方が都合がよろしいかと」
「うむ、よい判断じゃ」
「ありがとうございます」
「ただし」
バルタザールの目が細くなる。
「何かあればすぐ戻れ」
「はいはい、過保護ですね」
「当然じゃ。お主はわしの跡継ぎなんじゃからな!」
即答だった。
私は苦笑しつつ一礼し、そのまま門へ向かう。
門を出て屋敷の外の空気が肌に触れた瞬間、ほんの少しだけ胸が浮いた。
――自由だ。
いや、完全自由ではないのはわかっている。
立場もあるし、屋敷という拠点もあるし、ラウラリア・ラ・ヘルという名前もある。
でもそれでも、こうして自分の足で街へ出るという行為には、やっぱり独特の解放感があった。
しかも私はもう、この街ヘルの地図を頭に入れている。
昨日までの貴族教育の副産物というか、成果というか、詰め込みの賜物というか。とにかく、路地裏から広場、ギルド、主な区画まで、おおよその構造は理解していた。
これがかなり便利だ。
普通の初見プレイヤーなら「どこだここ」と迷いそうな街路も、私はわりと自然に歩ける。
石畳の通りを歩く。
朝のヘルは、夜とも昼とも違う落ち着いた空気を持っていた。
市場が本格的に騒がしくなる前の準備の気配。行き交うNPCたちの生活感。屋台から漂う香ばしい匂い。遠くで聞こえる荷車の音。
魔族の街らしい薄暗さはあるのに、不思議と活気は死んでいない。
むしろ、こういう時間帯だからこそ、この街が単なるゲームマップではなく、本当に生活のある場所に見えてくる。
「……いいな、これ」
思わず小さく呟いてしまう。
中身は普通の女子高生なので、こういう「知らない街を歩いてる感」には普通にワクワクするのだ。
しかもゲームだと思うとちょっとテンションが上がるし、でもそのゲームの中で私は領主家ルートに乗っている。情報量が変だ。
変なんだけど、楽しい。
私は歩きながら、三毛猫へメッセージを送った。
[どこで集合する?]
すると、ほぼ待っていたかのような速さで返ってくる。
[冒険者ギルド!]
[即答だね]
[そりゃそうだろ、あそこが一番わかりやすいし!!]
[了解、今向かってる]
[お、マジか]
[マジ]
[じゃあ俺もいく]
[そこはもういるって言ってよ]
[もういる!!!!]
[元気だなぁ]
私はまた笑いながら、広場へ出た。
その中心に建つ冒険者ギルドは、やはりかなり目立つ建物だった。
大きな看板。頑丈そうな造り。出入りの多さ。ここだけ空気の密度が少し違う。プレイヤーもNPCも集まる拠点なのだと、一目でわかる。
私は足を止めることなくそのまま扉を押した。
中へ入った瞬間、少し賑やかな空気がぶわっと広がる。
受付。食事処。解体所。依頼が貼り出された掲示板。
行き交う冒険者たちの声。椅子を引く音。皿の触れ合う音。武器が軽くぶつかる音。
雑多なのに機能していて、落ち着きはないのに秩序がある。
そして私は、こういう場所に普通にワクワクしていた。
「……あ”ー、楽しい」
ぽろっと本音が出る。
いや、楽しいでしょうよこれは。
ゲームの冒険者ギルドって、だいたいそれっぽい背景施設で終わることも多いのに、DHOのこれはちゃんと生活と制度の匂いがする。
昨日までは知識として聞いていた場所が、今こうして目の前で動いているのを見ると、それだけでかなりテンションが上がる。
うーん、バルタザールと出会えたからいいんだけど、チュートリアルを後回しにしたことが少し惜しく感じてしまう。
やっぱり冒険者ギルドって王道でいいよね。
私はとりあえず辺りを見回した。
冒険者は多い。プレイヤーっぽい人もいるし、NPCっぽい人もいる。
ただし、多すぎる。
「……どれが三毛猫だよ」
いや、本当にわからない。わかるわけがない。
リアルの顔も知らない、年齢も性別も知らない、わかるのは口調とノリだけという相手を、初めて実際にゲーム内で探すのだから難易度が高すぎる。
とりあえず無難にメッセージを送るしかない。
私はスマホではなく視界のメッセージウィンドウを開き、短く打ち込む。
[冒険者ギルド着いたけど、三毛猫どこ?]
すると、またもや秒で返信が来た。
[食事処に一人だけ朝っぱらから酒飲んでるのがそうだぜ!]
私はその文を見て、数秒無言になった。
「……酔ってないか?てか成人してたんだ」
思わずそう呟きながら、私はゆっくりと食事処の方へ視線を向けた。
朝っぱらから酒を飲んでいるやつで、一人だけ。
そういう説明で見つかる相手って、だいぶ変な可能性が高いんだけど。いやでも、三毛猫ならやりかねないという気持ちも、かなりある。
私は人の間からそちらの一角を見ようと、ほんの少しだけ身を乗り出した。




