第2話 確認とキャラメイク
それから二日後。
学校から帰ってきて、自分の部屋のドアを開けた瞬間――机の上に置かれた、小さめのダンボール箱が目に入った。
見覚えのない箱、ではなく……むしろ見覚えしかない。送り主の欄に書かれている名前を確認するまでもなく、これが何なのかは一瞬で理解できた。
三毛猫からの荷物だ。
「バイザーかな」
私は鞄を床に置いてそのまま机に近づいた。
箱を持ち上げると、思っていたよりも少しだけ重い。軽すぎなくて、ちゃんと機械っぽい重さがある。
これが、今話題のVRMMOをプレイするための機器。
「なんか、こういうのってちょっとテンション上がるよねー」
私はカッターを取り出して箱を開ける。
ガムテープを切って蓋を開けると、中には黒を基調としたシンプルなデザインのバイザーと、その周辺機器が丁寧に梱包されて収められていた。
「おお……」
思わず、ちょっとだけ声が漏れる。
実物を見るのはこれが初めてだ。動画やレビューでは何度も見ているけど、実際に目の前にあるとやっぱり印象が違う。妙な存在感というか、ただのゲーム機じゃない感じがある。
私はそっとバイザーを持ち上げてみる。
滑らかな表面。無駄のないフォルム。顔に装着する部分の内側には、柔らかそうな素材が使われていて、長時間つけても負担が少なそうだ。
「……普通に高そう」
いや、実際高いんだけど。
これを「余ってるからあげるわ~」で済ませる三毛猫、やっぱりちょっとおかしいのでは?
そんなことを考えながら、私は一度スマホを手に取る。
[届いたよ]
短く打ち込んで送信。
数秒もしないうちに既読がついた。
[きたか、今すぐやれ!]
[いや今帰ってきたばっかなんだけど]
[関係ない。今が最速だぜ!]
[RTA勢かな??]
[初動が一番大事なんだよこのゲーム。出遅れるとマジで差つくから。もうサービス開始して一週間だし]
[ふーん]
出遅れると差が出てしまうゲームとは?……まあいいか。どうせやるなら早い方がいい。こういうのは最初の勢いも大事だ。
私はスマホを机に置き、改めてバイザーに視線を向けた。
――新しいゲーム。
「……いいね」
小さく呟いてから、私はバイザーを手に取った。
説明書にざっと目を通し、装着方法を確認する。とはいえ、そこまで複雑なものではない。基本的には、装着して電源を入れるだけだ。
私は椅子に座り、姿勢を軽く整える。
そして――バイザーを、ゆっくりと顔に装着した。
――――――――――――――――――――
目を開けたら、真っ黒で埋め尽くされた空間にいた。
周囲は暗いのにもかかわらず、何故か自分の身体は認識できる。そこだけ、光っているみたいだった。
《デモンハンターオンラインの世界へようこそ、お嬢さん》
低く深い男性の声がする。
姿は見えない。
《キャラクター作成を開始するかい?》
視界の中央に、淡く光るウィンドウが展開される。
――あぁ、ここがキャラクターを決める空間なのか。
《このゲームは、ステータスポイントを消費することによって自身の種族を決め、ステータスを上げることができる。ステータスポイントを上手く使って、理想の自分を作り出してみよう》
《現在の所持ポイント:1000SP》
「確か……最初は皆、一律1000SPだったっけ」
このゲームにレベルは存在しない。
魔物を倒したり、生産をすると、経験値の代わりにSPが手に入る仕組みだ。そのSPを使って、ステータスを伸ばしていく。
スキルは行動で覚えたり、SPで取ったり。
ジョブも後から決まるタイプだから、キャラクリでは触れない。
《まずは自分の種族を選ぼうか》
このゲームはデモンと名がつく通り、種族は基本的に魔族で構成されている。面白いのは、適性に合った種族しか選べないってところだ。
人によって選択出来る種族の数も性質も変わるらしい。
私の目の前に、選択可能な種族が表示されたウィンドウが出現する。
ダークエルフ・鬼人・吸血鬼・バンシー・魔女……様々な種族が並んでいる。
バンシーや魔女、雪女、サキュバスなんかは、性別が女の人にしか選べないのだろう。
適性によって選べる種族が変わると聞いたらこの選択肢の量は多いと感じちゃうけど、三毛猫によれば、β版でも選択肢が多かった人は意外といるらしい。
私もその一人なのかな?
種族を選ぶにはSPが必要らしくて、それぞれ消費SP量が違う。コストが高い種族はそれだけ強力なんだろう。
これだけあったら……さすがに迷うよね。最初の選択で、結構その人のプレイが変わるらしいし。
迷いながら様々な種族を見ていると、一つだけ、異色を放つ種族を見つけた。
それは選択肢の一番端にあった種族だった。
「え?インキュバス……?」
小さく呟くと、あの声が楽しそうに笑った。
《へぇ?君はインキュバスについて気になるの?》
突然声が響き、少しだけ驚いた。
きっと、さっきの声を質問だと捉えたAIが反応したんだろう。
その証拠に、目の前にインキュバスに関しての詳細な情報、基礎ステータスについてなどが表示されたウィンドウが現れる。
「……インキュバスは、男性しか存在しない?女性の場合はサキュバスと呼ばれる?」
そこに書いてある説明を読んで、私は困惑した。
確かに、私にはサキュバスの種族も選択できるようになっている。でも、それとは別に男性しか選べないはずのインキュバスの種族も選択肢としてウィンドウに表示されているのだ。
「……ちょっと気になるかも」
最終的に、私はインキュバスを選択することにした。
他の種族にした方が良いとは何度も考えた。でも、どうしてもあの選択肢が気になってしまうから。
何故かインキュバスは他のどの種族よりもコストが低かったのもあるけどね。
《インキュバスにするんだね。消費SPは100、残りポイント:900SPだよ》
女だった私のアバターが、男の身体に変わる。
少し驚いたけど……当たり前か。インキュバスは男しかいないっていう設定だし。
結構な額を課金しないと性別は変えられないって聞いたんだけど……そういう仕様なのか、もしくはバグなのか。
まあ、あれだけ三毛猫が熱弁してたんだからバグっていうことはないだろう。
《次は、君の器となる身体を作成してね》
目の前に、男になった私のアバターが表示される。
当たり前だけど……体格は変わっていないから、少し身長が低めに見えるな。
ここはもう、盛ってしまおう。ここまで来たら、私は自分のアバターを理想の男子に改造したくなっていた。
これからの私のロールプレイに関わるからね。
……ここで一つ、言っておこう。
うすうす気づいていたとは思うが、私はロールプレイが大好きだ!
自分とは別の存在を演じる感覚と、演じた自分を見る人たちの反応。想像するだけで心が躍る。
いつもなら事前に決めていたロールプレイをするところだけど、急遽私の好奇心で性別が男に変わったから、事前に決めていたロールプレイも少し変更する必要があるだろう。
そして決まった、今回のロールプレイは――甘い異国風王子様RP!
甘い異国風王子様RPとは何か?
それは勿論その名の通り甘い態度で接してくる、人誑しで善人の、異国の風を感じさせる容姿をした王子様的男子!
一人称は私で所作は優雅で嫋やかに、甘く響く低い声を持つ男。
それが今回私が演じる男子だ。ロールプレイに妥協はしない!
早速、そのロールプレイにぴったりの顔を作っていく。
身長160㎝から180㎝後半まで盛って、身体は細身だけど筋肉質な無駄のない身体に。顔の少し歪んでいるところは整えて、鼻筋は高くし、少しだけ顔の彫りを深くする。
少し吊り目な私の目元は、睨んでいるようには見えないように少しだけ柔らかくして甘い垂れ目に。睫毛を伸ばして、瞳の色は綺麗な琥珀色の金目。瞳孔は猫みたいな感じにして超クール。
長い髪はあえてそのままにする。
髪型は自作のもので、耳の後ろでいくつかの三つ編みを編み込んで、ゆるくまとめたポニーテール。右側の触角も三つ編みにして、垂れ目と相まって少しキュートな印象に。髪色は基本アッシュグレーで、毛先は深い青色のグラデーション。
髪と瞳の色に合わせて、肌は灰がかった暗めの褐色にする。
……うん!!どこからどう見ても甘い感じの異国風のイケメンだ!!
よくやった私!!
《……作成は終わったかい?もう1時間は経っているよ》
少しだけ呆れたような声だ。ここまで付き合わせて申し訳ない。
「はい。もう終わったので、次に行ってください」
《うん、わかった。次は残ったSPで自分の基礎ステータスを決めてね》
HP、MP、STR、VIT、INT、MND、AGI、DEX。
それぞれステータスに対応する力の説明文と、パラメーターがウィンドウに表示される。
……王子様と言ったらやっぱり剣、その中でも美しいレイピアか細剣だね。
異国風の王子様の属性と言ったらやっぱり美しく速い、しなやかな剣捌きだろう。
その為にはSTRとAGI、DEXが必要だ。そして、王子としての知略を見せるためにINTもいるし、魔法を使うのも似合うのでMPにも振る。
それで少しだけ余ったポイントはHPとVITに振る。インキュバスは元々MNDは高いから振る必要はない。
そうして出来上がったのがこのステータス。
種族 インキュバス
分類 魔族
HP:600 MP:1800
STR:180
VIT:70
INT:220
MND:60
AGI:180
DEX:180
[スキル]
なし
[称号]
なし
所持金:10000セル
設定を確定すると、ウィンドウが静かに消えた。
《キャラクター作成完了だよ》
《これから君はこの姿で生きる。最後に君の名前を教えてくれるかな》
これは元々決めてある。いつもネットで使ってる、本名である麗のアナグラム。
「私の名前は――ラウラ」
それがこのゲームでの私の名前だ。
《そう、君はラウラっていうんだね。良い名前だ》
《キャラクタークリエイトが完了したよ。もうすぐ、君は世界へと転送される》
《それじゃあ――またね》
白い光が、一気に視界を覆った。
浮遊感。一瞬、内臓がふわっと持ち上がるような感覚があって――。




