第15話 訓練場にて
屋敷の裏手に広がる訓練場は、想像していたよりもずっと広く、そしてよく整えられていた。
踏み固められた地面は均一で、ところどころに設置された木製の人形や武器を並べた台、魔術用と思しき刻印の施された区画など用途ごとにきっちりと分かれている。
その中央付近に立っていた二人が、こちらへ気づいて一礼する。
「お待ちしておりました、ラウラリア様」
先に口を開いたのは快活そうな青年だった。短く整えられた明るい茶髪とよく通る声。動きに無駄がなく、立っているだけでも「戦う者」の空気が自然と滲んでいる。
「騎士団団長、マリスと申します」
軽やかでありながらも、礼節を欠かさない一礼。
その隣に立つもう一人は、対照的だった。
「副団長のルーザでございます」
次に話したのは、長い黒髪をまとめた大人しそうな女性だ。落ち着いた声音と抑えた所作。視線はまっすぐで、余計な感情を表に出さない。
だがその静けさの奥に、確かな鋭さがあるのがわかる。
なるほど、性格がそのまま前に出るタイプなのかな。
私は二人の前へ進み、軽く一礼する。
「本日はよろしくお願いいたします、マリス、ルーザ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
マリスは明るく応じ、ルーザは静かに頷いた。
そのまま自然と、訓練の流れについての説明へと移る。
「まずは剣の扱いから見させていただきます。ラウラリア様がどのような武器をお選びになるかで、基礎の組み方も変わりますので」
「なるほど」
私は軽く頷き、並べられた武器の方へと視線を向けた。
大剣、長剣、槍、斧、短剣。どれも一目で良い物だとわかる質のものばかりだ。
うん、やっぱりこれだな。
私は迷うことなく、一振りの細身の剣へと手を伸ばした。
「こちらを、お借りしてもよろしいですか?」
手に取ったのは、細身で、しなやかな刀身を持つレイピアだった。
過剰な装飾はないが、柄の部分には控えめな意匠が施されており、全体として気品がある。
マリスが一瞬だけ目を細める。
「レイピア、でございますか」
「はい」
私は軽く剣を構えながら答える。
「重さよりも、流れと制御を重視したいと思いまして」
「……なるほど」
マリスは口元をわずかに緩めた。
「ラウラリア様らしい選択かと存じます」
その言葉に、私はほんの少しだけ肩をすくめる。
まあ、完全にイメージ優先なんだけどね!
甘く、優雅で、異国の風を感じさせる王子。ラウラくんの完成形を考えたとき、無骨な武器はどうしても合わない。しなやかで、洗練されていて、見ているだけで様になる武器。そう考えたとき、レイピア以外の選択肢はほとんどなかったからこれを選んだだけだ。
「では、まずは基礎の構えと足運びから確認いたしましょう」
「お願いします」
その後の訓練は、非常に体系立てられていた。
構え、重心、足の運び、間合いの取り方、力の抜き方。
一つひとつが分解され、順序立てて提示され、それを繰り返すことで身体に落とし込んでいく。
私はそれを、驚くほど素直に吸収していた。
動かすたびに、違和感がない。
むしろ、こう動くべきだというラインに自然と身体が沿っていく。
結果として、剣の扱いは「初めてにしてはかなり良い」という評価に落ち着いた。
飛び抜けているわけではないが、基礎の理解が早く無駄が少ない。
マリスの言葉を借りるなら、「伸びるタイプですね」ということらしい。
そして、そのまま流れるように魔術の訓練へと移る。
ここで指導役が、ルーザへと交代した。
「では、魔術についてご説明いたします。魔術とは、魔力の制御と構築によって現象を引き起こす技術でございます。重要なのは、出力ではなく制御。量ではなく流れです」
「流れ、ですか」
「はい。魔力はただ放出すればよいものではございません。いかに効率よく、無駄なく、目的の形へと整えるか。それが魔術の基礎となります」
説明を聞きながら、私は自然と意識を内側へ向ける。
昨日の時点でも確かに感じてはいた。けれど今は、それが一段くっきりしている。
自分の中を巡る何かが、どこから生まれて、どこへ向かうのか、それを理解するというより、掴める感覚に近い。
「……なるほど」
ルーザがわずかに目を細める。
「何か、お感じになられましたか」
「いえ、なんとなくですが」
私は手のひらを軽く開く。
「こうすれば、こう流れる、という感覚が」
言葉にした瞬間、ルーザの視線が一段深くなる。
「……そうですか」
「?」
「いえ」
ルーザは一度言葉を切り、それから静かに続けた。
「では、実際に構築していただきましょう」
そこからの訓練は、剣とは明らかに質が違っていた。
理解の速度が違う、吸収の仕方が違う。
そして何より、負荷が軽い。本来であれば魔力の制御には集中と消耗が伴うはずだ。それに慣れてスムーズに行えるようになってからが本番。
だけど今の私は、それをほとんど感じていなかった。
流し整え、形にする。その一連の動作が、まるで最初からできるように設計されていたかのように自然に繋がる。
結果として、ルーザの評価は簡潔だった。
「……天賦の才、と申し上げても差し支えないかと」
静かながら、はっきりとした断言。
マリスも思わずというように息を吐く。
「こりゃあ……すごいですね」
私はその言葉を聞きながら、内心で冷静に一つの結論に辿り着いていた。
原因はこれだろう。
ステータスの中にある、固有特性に意識を向ける。
[固有特性]
【高位魅了】【魔性の所作】【青血の器】
そしてその説明文。
【青血の器】
高貴なる者が持つ、力を受け入れる器。
魔力効率が飛躍的に向上し、負荷を大幅に軽減する。
「魔力効率、か」
量が多いのではない、使い方が良いのだ。
無駄がなく、抵抗が少なく、流れが途切れない。
だから結果として、他者から見れば才能に見える。
でも実態は、構造的な優位性だ。
「……合理的だね」
思わず、そんな感想が漏れる。
ルーザがそれを聞いてわずかに首を傾げる。
「何かお気づきに?」
「いえ」
私は軽く微笑む。
「少しだけ、理解が進んだ気がしただけです」
それ以上は言わない。この感覚はまだ自分の中で整理しておきたい。
ただ一つはっきりしているのは、これはかなり伸びるということだった。
「ルーザ」
「はい」
「もう少し、続けてもよろしいですか」
ルーザの目が、ほんのわずかに細められる。
「もちろんでございます」
「では」
私は一歩、前へ出る。
「――本格的に、始めましょう」




