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緒言後半

「うわ。」

「なによ。」

「今、それ言われると、かなりでかい。」

「大きいわね。」


 ◆


 当地に自生する死の花は、乾いた条件下では毒を蓄え、死骸の周囲で群生し、荒野の不吉を視覚と音の両面から強めてきた。他方、同じ植物は水が豊富な土地では毒をほとんど蓄えず、果実に油を満たし、葉と茎を硬質素材化し、種を球状硬質体とする。すなわち問題は、植物種の違いではなく、土地条件の違いである。死の花の果実脂肪、硬質化、根色変化といった基礎形質は、既知の植物誌とも整合する。


 ただし、ここで新たな問題が生じる。死の花を豊かな区画で資源化すると、その硬質化した花葉は固有の鳴音を安定して発し、一定条件下ではプテラケファルスの求愛行動と重なりやすくなる。筆者が先に行った観察では、死の花とプテラケファルスの求愛行動には関連性が見られた。人のいなくなった白い道沿いで求愛の声が広がるという観察は、その端緒である。もし資源畑を固定的な好適音域に保てば、営巣を招き、鳥害ならぬ翼竜害を引き起こしかねない。


 したがって、西部荒野再開発に必要なのは単なる導水ではない。

 第一に、死の花を資源相へ安定転換すること。

 第二に、その音質を固定化させず、営巣を阻害すること。

 第三に、資源生産、装置維持、防除、景観形成を一つの区画整理へ統合すること。

 本稿は、この三点を満たす公共事業の実施報告である。


 既往知見


 白い道と花の回廊に関する先行観察では、石灰質の未舗装路沿いに帯状の群落が形成され、小動物がこれを避けることで、花の回廊は静寂を保ちやすいことが知られている。また断崖に巣を作るプテラケファルスは、海で魚を、崖上で小動物を狙う唯一の外敵であり、その行動は回廊沿いの静けさと生態的緊張に深く結び付いている。


 また死の花は、荒野では高く打ち合う音を強める一方、台地上ではより低い音を帯びる。台地上の個体は、表面が硬く、内部に空洞を持ち、花も葉も打ち合うたびに澄んだ音を鳴らす。これらは楽器に加工され、伴奏にも用いられる。すなわち死の花の音は偶発的な雑音ではなく、土地条件に応じて変わる構造的な音であり、加工可能な音である。


 さらに、死の花の実から得られる油と種は、風車水車の軸を支える部材として有効である。筆者はすでに、普通の軸では持たぬ大型装置に対し、死の花の実からとれる油と種を用いていることを公に説明している。回転軸は重く、湿気と塩で痛むが、球状種子と油脂の組み合わせにより、その維持が可能となった。したがって死の花は、象徴的な毒草ではなく、装置を存続させるための基幹作物でもある。


 以上の既往知見は、本事業における二つの着想を支えた。

 第一に、死の花は部材供給作物たり得ること。

 第二に、その音質は防除に利用し得ること。

 本稿は、この二つを西部荒野の導排水計画へ統合したものである。


 ◆


 はいどうも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!

 いやぁ、緒言の後半ね。

 来ましたね。

 来た来た。

 こっからだよ、って感じがしました。


 前半で、

 誰がいなくなったせいで、何が沈むはずだったのか。

 そこを先に叩き込まれて、

 うわ、この論文、土木の顔して戦後処理やってる、

 ってなったじゃん。


 で、そのあとに来るのが、これです。


 当地に自生する死の花は、

 乾いた条件下では毒を蓄え、

 他方、水が豊富な土地では毒をほとんど蓄えず、

 果実に油を満たし、

 葉と茎を硬質素材化し、

 種を球状硬質体とする。


 はい。

 好き。


 ここ、すごく好き。


 だってこれ、

 死の花という植物の説明をしてるようで、

 ほんとうにやってるのは、

 条件を変えると相が変わる

 っていう宣言なんだよね。


 植物種の違いではなく、土地条件の違いである。


 はい、強い。

 めちゃくちゃ強い。


 これを一行で言い切るの、かなり好みです。


 だって、ここで話が変わるから。

 毒草をどうするか、じゃない。

 土地をどう振るか、になる。


 うわあ、来た。

 得意分野の匂いがまたしてきた。


 と思ったら、次の段でまたやられる。


 資源相へ転じた死の花は、

 それで安全になり切るわけではない。

 硬質化した花葉は固有の鳴音を安定して発し、

 一定条件下ではプテラケファルスの求愛行動と重なりやすくなる。


 はい。

 急にロマン。


 いや、ロマンって言うと違うか。

 でも、来るじゃん。

 だってさ、

 資源化しました。

 終わり。

 じゃなくて、

 資源化したらしたで、今度は音が安定して、

 翼竜の求愛条件に刺さります。

 って、

 なんだその賢い嫌がらせ。


 好き。


 ほんとに好き。


 つまりこれ、

 死の花を使えるようにすること自体が、

 別の生き物にとっての好適環境を作ってしまう、

 ってことなんだよね。


 うわ、やだ。

 公共事業だ。


 何かを良くしたら、

 別の何かが寄ってくる。

 で、その寄ってくるものは、

 べつに悪意で寄ってくるわけじゃない。

 そこが自分たちにとって気持ちいいから来る。


 はい、こういうの好き。

 いや、困るけど好き。


 来てもらいましょう。

 ミスリルちゃ~ん!


 ◆


「こんにちは、チーム・ミスリルのミスリルです。」

「来た。」

「来たわね。」

「いや、今の段、すごくない?」

「どこが。」

「植物種の違いではなく、土地条件の違いである。」

「ええ。」

「まずそこ。」

「ええ。」

「で、やった、条件制御だ、ってなったら。」

「うん。」

「次の瞬間に、求愛阻害。」

「そう。」

「急に生態系が噛み付いてくる。」

「そういうこと。」


 ミスリルは、静かに紙を見た。


「でも、今回そこだけじゃないでしょう。」

「うん。」

「白い道と花の回廊。」

「うん。」

「回廊沿いの静けさ。」

「うん。」

「台地上ではより低い音を帯びる。」

「うん。」

「楽器に加工され、伴奏にも用いられる。」

「うん。」

「ここでしょう。」

「……はい。」

「ほら。」

「いや、だって。」

「ええ。」

「前回、遊びが埋まってるって言われたじゃん。」

「言ったわね。」

「今回、本文の方から出してきた。」

「そういうこと。」


 私は、ちょっと悔しくなって笑った。


「楽器に加工され、伴奏にも用いられる。」

「ええ。」

「さらっと書くなよ、そんな大事なこと。」

「大事ね。」

「死の花の音って、防除のための音じゃないんだ。」

「最初からそうではなかったのよ。」

「うん。」

「生活の音でもある。」

「そう。」

「遊びの音でもある。」

「そう。」

「工芸の音でもある。」

「そういうこと。」


 ミスリルは、小さく頷いた。


「だから、この論文の着想は二つなの。」

「うん。」

「死の花は部材供給作物たり得ること。」

「うん。」

「その音質は防除に利用し得ること。」

「うん。」

「でも。」

「でも?」

「その二つの前には。」

「うん。」

「そもそもその音が、ただの害の音ではない、という理解がある。」

「……ああ。」

「人がすでに聞いていて。」

「うん。」

「加工して。」

「うん。」

「使って。」

「うん。」

「伴奏にまでしている。」

「うん。」

「だから、防除へ転用できる。」

「そういうことか。」


 私は、紙束を持ち直した。


「つまり。」

「うん。」

「これは、ただの技術転用じゃない。」

「ええ。」

「生活に入っていたものを。」

「うん。」

「公共事業に組み替えてる。」

「そう。」

「うわ。」

「なによ。」

「前回より、さらに得意分野から逃げられない。」

「そうでしょうね。」

「条件制御の話でもある。」

「ええ。」

「でも、その条件の中に。」

「うん。」

「音楽と工芸と暮らしが、もう最初から入ってる。」

「そういうこと。」


 ミスリルは、そこで少しだけ笑った。


「だから、あなた一人では気持ちよく読めなかったのでしょう。」

「うん。」

「導排水だ、装置だ、って飛びついた。」

「飛びついた。」

「でも、そこへ行く前に。」

「うん。」

「死の花は、もう人の生活の中にいた。」

「うん。」

「ただの対象じゃない。」

「うん。」

「素材であり、音であり、伴奏であり、部材であり、補給食でもある。」

「そう。」

「その全部を持ったまま、再開発へ入ってくる。」

「うわあ。」

「今日は減るわね。」

「減るよ、これは。」


 私は、既往知見の段をもう一度追った。


「それにしても。」

「なにかしら。」

「普通の軸では持たぬ大型装置に対し、死の花の実からとれる油と種を用いている。」

「ええ。」

「ここ、好き。」

「そう。」

「普通の軸では持たぬ、が好き。」

「なぜ。」

「だって、我慢してない感じがする。」

「我慢?」

「うん。小さいもので済ませよう、じゃない。」

「ええ。」

「重いものを回したい。」

「ええ。」

「普通の軸では持たない。」

「ええ。」

「じゃあ、持つようにする。」

「そう。」

「しかも、その材料は、象徴的な毒草だと思われてたもの。」

「そういうこと。」


 ミスリルは、そこで少しだけ目を細めた。


「だから、象徴を実用品へ落としているのよ。」

「象徴。」

「ええ。」

「不吉。」

「うん。」

「毒。」

「うん。」

「荒野。」

「うん。」

「そういう意味づけをされていたものを。」

「うん。」

「油と種と硬質素材へ、言い換えている。」

「うわ。」

「なによ。」

「今、それ言われると、かなりでかい。」

「大きいわね。」


 私は、深く息を吐いた。


「じゃあ、今回ここまでの感想。」

「どうぞ。」

「前半で、戦後処理の論文だって殴られた。」

「ええ。」

「後半で、条件制御の論文だってテンション上がった。」

「ええ。」

「さらに、その条件の中に、生活と工芸と音楽まで埋まってた。」

「ええ。」

「つまり。」

「うん。」

「死の花を資源化する、ってだけじゃない。」

「うん。」

「死の花をどう聞いて、どう使って、どう保ってきたか、その蓄積ごと導排水計画へ統合してる。」

「そういうこと。」

「うわ、やっぱり。」

「なに。」

「ガチだ。」

「そうね。」

「しかも。」

「うん?」

「エグい。」

「ええ。」

「でも、だいぶ私の好きなエグさ。」

「それはよかった。」


 私は、紙束をぺしんと揃えた。


「いやあ。」

「なにかしら。」

「まだ既往知見なんだけど?」

「ええ。」

「もうだいぶうまい。」

「そうね。」

「本文、行く?」

「行くしかないでしょう。」

「行くかあ。」

「行きなさい。」

「はい。」


 異世界ネットは来てないけど。

 死の花をどう鳴らし、どう使い、どう回すかまで暮らしの中に入っていたなら、そりゃ再開発も、ただの工事では済まないみたいです。

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