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緒言前半

 緒言


 天空の台地との境界へと連なる我が領西部の荒野は、長く、人の居住と持続的耕作に適さぬ土地として扱われてきた。当該荒野全域は、かつてガン・イシュ国が領土として主張した場所であるが、我が国ではガン・イシュ国を国家と認めぬまま、世に言う第二次異種の民殲滅戦によって、当国は消滅した。現在は、消滅後に当該地域へと到達した山岳国の宣言により、天空の台地のみが国際的に自然公園として保護されることとなったことは、記憶に新しい。ゆえに本稿が扱うのは、保護対象たる天空の台地そのものではなく、その外縁に連なり、公国北部に位置する我が領西部荒野の再整備である。山岳国が登攀と確認に関与する位置にあること、公国が天空の台地外縁に面する政体であることは、地理と戦後秩序の双方に照らして明らかである。


 また、我が領が抱える課題は、ただ西部荒野が未開発であるという一点には存しない。領の中心部は、かつてイシュの民の土木作業によって、水と土地の均衡を保つ豊かな地として成立していた。彼らがいなくなったとき、まず必要となったのは、その既成の均衡を崩さぬため、人の代わりに水と戦う装置を整備することであった。昔は、その仕事の多くをイシュの民が担っており、彼らがいなくなったとき、この土地はゆっくり沈むはずだったが、その事実は当時伏せられ、大規模な公共事業だけが黙々と進められたのである。本稿が扱う西部荒野再開発は、その中心部で実用された装置系技術を、天空の台地との境界へと連なる我が領西部の荒野へ転用する第二段階の事業である。ゆえに本事業は、荒野に新地を得る開発であると同時に、既存領地の維持技術を外へ拡張する試みとして位置付けられる。


 ◆


 はいどうも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!

 いやぁ、挫かれましたねぇ。

 ぽっきりいきました!

 というわけで、まず I。

 Introduction。

 緒言ね。

 今までは序論って訳してたけど、緒言でもおっけー。

 でもこれ、まだ緒言の前半部分。

 でもちょっとこれは……。


 来てもらいましょう。

 ミスリルちゃ~ん!


 ◆


「こんにちは、チーム・ミスリルのミスリルです。」

「来た。」

「来たわね。」

「いやぁ、挫かれましたねぇ。」

「そうでしょうね。」

「ぽっきりいきました!」

「どこが。」

「得意分野きた~! って顔してたとこ。」

「ええ。」

「導排水! 区画整理! 維持技術の外部展開! とか言って、きゃっきゃしてたのにさ。」

「ええ。」

「緒言の前半で、国家承認と戦後秩序と隠蔽公共事業が飛んできた。」

「そういう論文よ。」

「重い。」

「重いわね。」


 私は紙をぱたぱた振った。


「いや、まずさ。」

「うん。」

「天空の台地との境界へと連なる我が領西部の荒野、まではわかる。」

「ええ。」

「そこから急に。」

「うん。」

「かつてガン・イシュ国が領土として主張した場所であるが。」

「ええ。」

「我が国ではガン・イシュ国を国家と認めぬまま、世に言う第二次異種の民殲滅戦によって、当国は消滅した。」

「ええ。」

「って来るの、何?」

「緒言よ。」

「緒言って何だっけ。」

「本題に入る前に、どこに立って書いているかを宣言するところ。」

「うわ。」

「なによ。」

「いや、真顔の緒言だ。」

「真顔の緒言ね。」


 ミスリルは少しだけ肩をすくめた。


「あなた、さっきまで。」

「うん。」

「西部荒野再開発の技術論だと思っていたでしょう。」

「思ってた。」

「でも、チェスカは最初に。」

「うん。」

「この土地が、誰のものとして扱われてきたか。」

「うん。」

「誰を国家と認めず。」

「うん。」

「何が消滅したことにされ。」

「うん。」

「今は誰の宣言でどう保護されているか。」

「うん。」

「そこを先に置いた。」

「そう。」

「つまり。」

「うん。」

「この再開発、土木の話だけでは済まない。」

「そういうこと。」


 私は、ちょっと黙った。


「いやぁ。」

「なにかしら。」

「緒言で地ならししてくるねえ。」

「ええ。」

「しかも、かなり周到に。」

「そうね。」


 私は、もう一度読み上げた。


「本稿が扱うのは、保護対象たる天空の台地そのものではなく、その外縁に連なり、公国北部に位置する我が領西部荒野の再整備である。」

「ええ。」

「これ。」

「うん。」

「書きたいのは再開発です、の前に。」

「うん。」

「そこは保護区じゃありません。」

「ええ。」

「天空の台地そのものをいじる話でもありません。」

「ええ。」

「公国北部の我が領です。」

「ええ。」

「って、めちゃくちゃ線引きしてる。」

「そう。」

「最初から守りに入ってる?」

「守り、でもあるし。」

「うん。」

「その守りが、そのままこの事業の前提でもある。」

「……ああ。」

「領土問題と戦後秩序を飛ばして、ただの再開発です、とは書けないのよ。」

「うわ、そこまで重いか。」

「重いわよ。」


 私は、ちょっと眉を寄せた。


「山岳国の宣言により、天空の台地のみが国際的に自然公園として保護。」

「ええ。」

「これも、さらっと書いてるけど。」

「うん。」

「かなりでかいね。」

「ええ。」

「ガン・イシュ国は国家と認めない。」

「うん。」

「でも、山岳国の登って確認した結果は、戦後秩序として飲み込む。」

「そう。」

「うわ、嫌だ。」

「嫌でしょうね。」

「すごく戦後っぽい。」

「そうね。」

「そこにチェスカが、自分の再開発論文を差し込んでる。」

「ええ。」

「いや、こわ。」

「こわいわね。」


 ミスリルは、そこでもう一段、静かな声になった。


「でも。」

「うん。」

「私がもっと好きなのは、その次よ。」

「次。」

「ええ。」


 私は続きを見た。


「我が領が抱える課題は、ただ西部荒野が未開発であるという一点には存しない。」

「ええ。」

「はい来ました。」

「来たわね。」

「緒言の第二撃。」

「第二撃ね。」


 私は、思わず机を軽く叩いた。


「これ、好き。」

「どこが。」

「再開発って言っておいて。」

「うん。」

「いや、まだもっと前の問題があります、って言うとこ。」

「ええ。」

「しかもそれが。」

「うん。」

「中心部は、かつてイシュの民の土木作業によって、水と土地の均衡を保つ豊かな地として成立していた。」

「ええ。」

「そこ。」

「そこね。」

「いやぁ。」

「なにかしら。」

「いきなり出るね。」

「出るわよ。」

「西部荒野の再開発を語る緒言なのに。」

「うん。」

「まず領の中心部の豊かさが、イシュの民の土木で成立していたって言う。」

「そう。」

「で、その人たちがいなくなった時、この土地はゆっくり沈むはずだった。」

「ええ。」

「でも、その事実は伏せられた。」

「ええ。」

「で、大規模公共事業だけが黙々と進んだ。」

「そういうこと。」


 私は、深く息を吐いた。


「うわ、これ。」

「うん。」

「西部荒野の話じゃないじゃん、もう。」

「最初から、そう言ってるでしょう。」

「ほんとだよ。」

「未開発だから拓く、ではないの。」

「うん。」

「既存領地がまず壊れかけていた。」

「うん。」

「その維持のために、人の代わりに水と戦う装置を整えた。」

「うん。」

「その技術を外へ延ばすのが第二段階。」

「そう。」

「うわあ。」

「今日はよく減るわね。」

「減るよ、これ。」


 ミスリルは、小さく笑った。


「あなた、さっき。」

「うん。」

「維持部材供給、ってところで、急にガチだって喜んでいたでしょう。」

「いた。」

「それ、間違いじゃないの。」

「うん。」

「でも、今の緒言を読むと。」

「うん。」

「維持って、畑の維持だけじゃない。」

「あ。」

「領地そのものの維持。」

「そう。」

「沈まないための維持。」

「そう。」

「人が消えたあと、水と戦うための維持。」

「そういうこと。」


 私は、そこでようやく、最初の参考文献の並びが別の顔をし始めた気がした。


「なるほどねえ。」

「ええ。」

「第六十九篇の、風車水車を保つ。」

「うん。」

「私、交換部材の供給網かっけぇ、って読んでた。」

「ええ。」

「でも、今の緒言まで入ると。」

「うん。」

「それ、街が沈まないための保守なんだ。」

「そう。」

「しかも、その事実は当時伏せられた。」

「ええ。」

「つまり、表ではただの公共事業に見えてた。」

「ええ。」

「でも内側では。」

「うん。」

「人が消えた穴を、装置で埋めるための仕事だった。」

「そういうこと。」


 しばらく、私は言葉を探した。


「これさ。」

「うん。」

「チェスカ、出だしから。」

「うん。」

「再開発の成功談やる気ないね。」

「ないわね。」

「まず、どの欠損を埋めるための再開発なのか、を言う。」

「そう。」

「しかも、その欠損は。」

「うん。」

「イシュの民がいなくなったこと。」

「ええ。」

「さらに、その事実を当時伏せたこと。」

「ええ。」

「そこまで背負ってから、やっと西部荒野再整備に入る。」

「そういうこと。」


 ミスリルは、静かに頷いた。


「だからあなた、ぽっきりいったのでしょう。」

「うん。」

「導排水だ、区画整理だ、の前に。」

「うん。」

「そもそも誰が何を支えていたのかを言われた。」

「うん。」

「そこを抜いて、技術だけ読もうとしたら。」

「うん。」

「そりゃ、挫かれる。」

「そうだね。」


 私は、ちょっと笑った。


「いやぁ、得意分野来たと思ったのに。」

「たしかに来てはいるのよ。」

「うん。」

「でも、その得意分野が立ってる床板の方が、先に語られた。」

「うわ。」

「なによ。」

「床板って言い方、いいね。」

「そう?」

「うん。水車も区画整理も、防除も。」

「うん。」

「全部、その上に乗ってる。」

「そういうこと。」


 私は、もう一度、緒言の二段を見た。


「じゃあ、今回のここまでの感想。」

「どうぞ。」

「チェスカ晩年ガチ。」

「ええ。」

「それは維持。」

「ええ。」

「でも、その維持は、畑の維持とか機械の維持だけじゃない。」

「ええ。」

「イシュの民がいなくなったあと、沈むはずの領地を持たせるための維持。」

「ええ。」

「で、その第二段階として、西部荒野再開発が出てくる。」

「そういうこと。」

「だから。」

「だから?」

「これ、土木論文に見えるけど。」

「うん。」

「中身は、かなり戦後処理。」

「そうね。」

「うわあ。」

「なによ。」

「いや、まだ緒言の前半なんだけど?」

「ええ。」

「もう重い。」

「もう重いわね。」


 私は、紙束を持ち直した。


「本文。」

「うん。」

「いや、まだ緒言の前半なんだけど。」

「そうね。」

「それでも、だいぶ食らった。」

「ええ。」

「でも、いい。」

「そう?」

「うん。」

「メインディッシュを最後に取っとこうとして、先に前菜で殴られるの、嫌いじゃない。」

「変な食べ方をするわね。」

「私だし?」

「それはそう。」


 異世界ネットは来てないけど。

 導排水制御より先に、誰がいなくなって、何が沈むはずだったのかを言われる緒言は、だいぶ本気のやつみたいです。

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