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参考文献

「それだ。」

「それ?」

「しっくり来た。」


 ◆


 参考文献


 フランチェスカ・ウァレリア・フォン・ミッチェル

 『ミッチェル領荒野を拓く 全の試行と一の結実』


 第一篇 白い道の花 初見録

 第二篇 花と翼竜 白い道における同時観察

 第十三篇 死の花の音域について 荒野と台地の比較

 第二十四篇 死の花毒性変化論 乾湿条件の偏りを読む

 第三十五篇 死の花果実油の採取と転用

 第三十六篇 球と軸 死の花種子の機械的応用

 第三十七篇 硬質化した花葉とその加工

 第四十八篇 死の花から生まれるもの 補給食・工芸品・保存具

 第六十九篇 風車水車を保つ 定期交換部材供給の書

 第九十篇 翼竜を寄せる音 予備区画における観察と偏り

 第九十一篇 水車が鳴らす音 畑地防除のための人工打音装置

 第百十二篇 ミッチェル領西部荒野再開発における導排水制御と音響区画整理


 ◆


 はいはい、どーも!チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!


 本文行くと思うじゃん?

 私もそう思ったんだけどさ。

 味わいたいじゃん?

 だけどさ、美味しいものは最後に取っておくタイプだからね、私ってば。

 そしたらまさかの、ですよ。

 見てください、このインパクト。

 ショートケーキのイチゴかよ。

 いや、だってさ。

 参考文献って、ふつうは最後に見るやつじゃん。

 本文を食べ終わってから、へえ、こういうの読んでたんだ、って眺めるやつ。


 でも今回は、行きたくない。

 いや、行くよ?

 行くんだけどさ。

 まだ行きたくない。

 なんか今、もうちょいこの後ろのとこ味わいたい。


 だって見てよ。


 第一篇 白い道の花 初見録

 第二篇 花と翼竜 白い道における同時観察


 はい、まず観察。

 見ました。

 並べました。

 気付きました。


 で、そのあと。


 第十三篇 死の花の音域について 荒野と台地の比較

 第二十四篇 死の花毒性変化論 乾湿条件の偏りを読む


 うわ、好き。

 こういうの好き。

 条件を振ってる。

 比べてる。

 ただ綺麗なお花ですね、じゃ終わらせてない。


 さらにそのあと。


 第三十五篇 死の花果実油の採取と転用

 第三十六篇 球と軸 死の花種子の機械的応用

 第三十七篇 硬質化した花葉とその加工

 第四十八篇 死の花から生まれるもの 補給食・工芸品・保存具


 はい来た。

 採る。

 使う。

 加工する。

 保存する。


 はい、もう好き。

 研究者の参考文献っていうか、

 開発屋の人生だよね、これ。


 第六十九篇 風車水車を保つ 定期交換部材供給の書


 ここで一回、うわ、ってなった。

 保つ、が来るんだよ。

 作った、じゃない。

 保つ。

 つまりチェスカ、発明だけで気持ちよくなってない。

 維持に入ってる。

 ここ、ガチ。


 で、最後に来るのが、


 第九十篇 翼竜を寄せる音 予備区画における観察と偏り

 第九十一篇 水車が鳴らす音 畑地防除のための人工打音装置

 第百十二篇 ミッチェル領西部荒野再開発における導排水制御と音響区画整理


 はい、拍手。

 観察して。

 偏り見て。

 装置にして。

 公共事業に持ってく。


 いや、これ。

 参考文献だけで、もう本文の背骨見えてるんだよね。


 だからイチゴ。

 しかも最後に取っとくやつじゃなくて、

 先に見ちゃって、うわ、このケーキ当たりだ、ってなるやつ。


 いやあ、チェスカ。

 あんた、晩年にだいぶやってんな。


 と、私はここまで読んで思いました。


 これは来たな、と。

 ついに来たな、と。


 瑠璃ちゃん得意分野、来ちゃったな、と。


 というわけでね。

 実際どうなのよ、って話を、今日は聞きたいわけです。


 来てもらいましょう。

 ミスリルちゃ~ん!


 ◆


「こんにちは、チーム・ミスリルのミスリルです。」

「来た。」

「来たわね。」

「聞いてくださいよミスリル先生。」

「嫌な予感しかしないわ。」

「これ、私の得意分野っぽくない?」

「どのあたりが。」

「導排水制御。」

「うん。」

「区画整理。」

「うん。」

「維持部材供給。」

「うん。」

「音響防除。」

「うん。」

「ほら。」

「ほら、ではないわね。」


 ミスリルは、ちらりと参考文献の列を見た。

 その顔が、あまりにも落ち着いていたので、私はちょっとだけ嫌な予感がした。


「なに。」

「別に。」

「その、別に、ってやつ絶対なんかあるでしょ。」

「あるわよ。」

「あるんかい。」

「あるわ。」


 ミスリルは、静かに言った。


「これは、チェスカの発明ではないわ。」

「……え。」

「少なくとも、チェスカ一人の発明ではない。」

「えっ。」

「どうしたの。」

「いや、だって。」

「ええ。」

「今ちょうど、チェスカ晩年ガチだな~って気持ちよくなってたとこなんだけど。」

「それはそれで間違ってはいないわ。」

「はい。」

「でも、出どころを一人で抱え込ませると、たぶん読みを間違える。」

「うわ、来た。」

「来たわね。」


 私は、参考文献をもう一度見た。


「じゃあ何。」

「うん。」

「これ、チェスカがゼロから生やしたわけじゃない。」

「ええ。」

「じゃあ何をやってるの。」

「まとめているのよ。」

「まとめてる。」

「ええ。」


 ミスリルは、指先で篇名を追った。


「白い道の花。」

「うん。」

「花と翼竜。ここらへんはチェスカの観察ね。」

「うん。」

「音域。」

「うん。」

「毒性変化。」

「うん。」

「果実油。」

「うん。」

「球と軸。」

「うん。」

「硬質化した花葉。」

「うん。」

「補給食、工芸品、保存具。」

「うん。」


 そこでミスリルは顔を上げた。


「これ、再開発計画の参考文献に見えるでしょう。」

「見える。」

「でも、その前に。」

「うん。」

「ガン・イシュにおける生活必需品と娯楽と工芸の記録でもあるの。」

「……あ。」

「死の花をどう使うか。」

「うん。」

「何が食えるか。」

「うん。」

「何が残せるか。」

「うん。」

「何が削れて、何が折れて、何を交換しないと回らないか。」

「うん。」

「そういう、暮らしの知恵の集積なのよ。」

「うわ。」

「なによ。」

「いや、それ。」

「ええ。」

「急に、畑の論文じゃなくなった。」

「最初から、畑の論文だけではなかったのよ。」


 私は、ちょっと黙った。


「じゃあ。」

「うん。」

「第百十二篇って。」

「うん。」

「その集積の、結実。」

「そういうこと。」

「うわあ。」

「今日はよく減るわね。」

「減るよ、これは。」


 ミスリルは少しだけ笑った。


「しかもね。」

「うん。」

「ラスカノたちの工房の技術が入っている。」

「工房。」

「ええ。」

「球と軸、なんて、まさにそうでしょう。」

「……ああ。」

「種子を石のような球として使う。」

「うん。」

「それを回転や支持に応用する。」

「うん。」

「硬質化した花葉を加工して、部材にする。」

「うん。」

「それ、観察者一人の机上では終わらないわ。」

「そうか。」

「作る手がいる。」

「工房の手だ。」

「そういうこと。」


 私は、急に背筋が伸びた気がした。


「なるほど。」

「なにかしら。」

「私、さっき。」

「うん。」

「チェスカの頭がすごい、で読んでた。」

「ええ。」

「でも、そうじゃない。」

「そうね。」

「チェスカは。」

「うん。」

「工房の技術と、ガン・イシュの暮らしと、荒野の観察を、一本の公共事業へ編み直してるんだ。」

「そういうこと。」

「うわ、そっちか。」

「そっちよ。」


 私は、思わず参考文献の列を見つめ直した。


「風車水車を保つ。」

「ええ。」

「これも、急に見え方変わった。」

「でしょうね。」

「維持部材供給の書、って。」

「うん。」

「単なる交換部材の話じゃない。」

「ええ。」

「街を保つ手の話だ。」

「そう。」

「生活が続くための部品。」

「そう。」

「しかもそれを、死の花畑の区画整理と繋いでる。」

「ええ。」

「うわあ。」

「だいぶ出鼻を挫かれてるわね。」

「そうだね。」

「自分の得意分野だと思った?」

「思った。」

「違った?」

「違った。」

「全部ではなかった?」

「全部ではなかった。」


 ミスリルは、小さく頷いた。


「導排水制御は、たしかにあなたの好きな匂いがするでしょう。」

「する。」

「音響区画整理も、そう。」

「うん。」

「でも、その前にあるのは。」

「うん。」

「人が何を使って暮らしているか、なのよ。」

「生活。」

「ええ。」

「工芸。」

「ええ。」

「遊びも。」

「遊びも?」

「翼竜を寄せる音、なんて、害対策の前に、何がどう鳴っているかを知っているということでしょう。」

「……あ。」

「音は、防除のためだけにあるわけではない。」

「そうか。」

「楽器も。」

「うん。」

「工芸品も。」

「うん。」

「生活の必需品も。」

「うん。」

「全部、同じ素材圏の中にいるの。」

「うわ。」

「だから、チェスカは発明家というより。」

「うん。」

「編者であり、設計者なのよ。」

「それだ。」

「それ?」

「しっくり来た。」


 私は、そこでようやく笑った。


「なるほどねえ。」

「ええ。」

「私、メインディッシュ行きたくなくて、後ろから見始めたんだけど。」

「うん。」

「その参考文献で、先に刺されるとは思わなかった。」

「刺さるわよ。」

「しかも、得意分野来たと思ったら。」

「うん。」

「その土台に、私の知らない生活があった。」

「そういうこと。」


 ミスリルは、静かに言った。


「研究者ってね。」

「うん。」

「自分の得意な言葉が出てきた時ほど、気をつけないといけないの。」

「うわ、耳が痛い。」

「導排水。」

「はい。」

「区画整理。」

「はい。」

「そこだけで、わかった気になれるでしょう。」

「なれる。」

「でも、実際には、その前に。」

「うん。」

「何を守るのか。」

「うん。」

「何を保つのか。」

「うん。」

「誰の手が入っているのか。」

「うん。」

「そこがある。」

「そうだね。」


 私は深く息を吐いた。


「じゃあ、今回の感想。」

「どうぞ。」

「チェスカ晩年ガチ。」

「ええ。」

「は、たぶん合ってる。」

「合ってるわ。」

「でも。」

「でも?」

「チェスカ一人の天才、ではない。」

「ええ。」

「ガン・イシュの暮らし。」

「ええ。」

「ラスカノたち工房の技術。」

「ええ。」

「死の花をめぐる観察の蓄積。」

「ええ。」

「それを、再開発という形に編み直した。」

「そういうこと。」

「だから。」

「だから?」

「思ったより、ずっとでかい。」

「ええ。」

「そして。」

「うん?」

「私の得意分野だと思ったのに、出鼻を挫かれた。」

「よかったじゃない。」

「なんでだよ。」

「その方が、ちゃんと読めるでしょう。」

「……それは、そう。」


 私は、参考文献の列をもう一度見た。


「本文。」

「うん。」

「行く?」

「行くしかないでしょうね。」

「行くかあ。」

「行きなさい。」

「はい。」


 異世界ネットは来てないけど。

 導排水制御の匂いを嗅いで飛びついたら、その下に暮らしと工房と遊びが埋まっていたみたいです。

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