結語
「かなり政治。」
「かなり政治よ。」
「でも、それでいいんだ。」
◆
さらに、領主として付言すべき点がある。本事業の正当性は、単に技術的成功にのみ存するのではない。天空の台地そのものが保護対象として扱われる一方、その外縁荒野は、公国の所領秩序の下で再整備されるべき土地である。よって、本稿が示すのは、保護と開発の境界を曖昧にする試みではなく、境界を引き直したうえで、その外側を責任を持って運営する方途である。沈むはずだった領地を支えるために始まった装置が、いまや新区画を生み、その新区画がさらに装置を支える。この循環は、所領経営の一形態として、十分に擁護されてよい。
結語
ミッチェル領西部荒野の再開発は、導水による耕地化だけでは成り立たない。そこには、排水、区画整理、維持部材供給、求愛阻害、防除音響、補給食供給、景観形成を一体として設計する必要がある。本稿で示した方法は、死の花の資源相を安定利用しつつ、プテラケファルスの営巣を抑制し得る公共事業の一例である。
すなわち、西部荒野は不毛地ではない。
水と音を誤れば害を招くが、水と音を制すれば、領を支える土地となる。
◆
「はいどうも~!チーム・ミスリルの、瑠璃ちゃんだよ!」
「こんにちは、同じくミスリルです。」
「いよいよ最後の締めです。」
「ええ。」
「いやあ、長かったね。」
「長かったわね。」
「最初はさ。」
「ええ。」
「なんか異世界にも論文あるんだ、へえ~くらいの軽いノリで始めたおふざけだったのに。」
「そうね。」
「気付いたら。」
「ええ。」
「死の花の毒だの。」
「ええ。」
「翼竜の求愛だの。」
「ええ。」
「荒野の区画整理だの。」
「ええ。」
「領有権だの。」
「ええ。」
「だいぶ重いところまで来ちゃった。」
「来たわね。」
「でも、そのぶん、最後の一文が効くんだよね。」
「どの一文かしら。」
「水と音を誤れば害を招くが、水と音を制すれば、領を支える土地となる。」
「ええ。」
「これ、めちゃくちゃいい。」
「そうね。」
「だってさ。」
「ええ。」
「ただの技術自慢じゃないんだもん。」
「そう。」
「魔法の植物を使ってみたら便利でした、じゃない。」
「ええ。」
「怖いものを。」
「うん。」
「怖いまま理解して。」
「うん。」
「面倒くさいものを。」
「うん。」
「面倒くさいまま制御して。」
「うん。」
「それで初めて、土地を支える側へ持っていく。」
「そういうこと。」
「うわあ。」
「なによ。」
「いや、これ。」
「ええ。」
「領主の論文なんだなって。」
「ええ。」
「最後の最後で、すごくわかる。」
「どういうふうに?」
「学者ならさ。」
「ええ。」
「死の花すごい、プテラケファルスすごい、で終わっても成立するじゃん。」
「成立はするでしょうね。」
「でもチェスカは、そこで終わらない。」
「ええ。」
「結局、土地をどう支えるかへ戻ってくる。」
「そう。」
「それが、めちゃくちゃ領主。」
「そうね。」
「しかも。」
「まだあるの?」
「ある。」
「どうぞ。」
「擁護されてよい、って言うじゃん。」
「ええ。」
「ここ、ちょっと好き。」
「そう。」
「なんか、ただの報告じゃないんだよね。」
「ええ。」
「私はこう考える、これは正当だ、って、自分の立場でちゃんと引き受けてる。」
「そういうこと。」
「論文の顔してるけど。」
「ええ。」
「かなり政治。」
「かなり政治よ。」
「でも、それでいいんだ。」
「その方がいいの。」
「なんで?」
「これは、どこまでを守り、どこからを使うか、の話でもあるから。」
「……ああ。」
「天空の台地は保護される。」
「うん。」
「でも、その外側は、ただ放っておけばいいわけじゃない。」
「うん。」
「境界を引いたなら、その外をどう持つかまで責任が生まれる。」
「うわ。」
「だから、最後はああなるの。」
「なるほどねえ。」
私は、そこでふっと息を吐いた。
「なんかさ。」
「ええ。」
「今回ずっと。」
「うん。」
「豊かって何だろう、みたいな話してた気がする。」
「そうね。」
「棚の上の豊かさもそうだし。」
「ええ。」
「荒野を豊かにする話もそう。」
「ええ。」
「でも最後まで読むと。」
「うん。」
「豊かにするって、増やすことじゃないんだね。」
「どういうこと?」
「水を増やす。」
「うん。」
「作物を増やす。」
「うん。」
「部材を増やす。」
「うん。」
「そういう足し算じゃなくて。」
「うん。」
「崩れないように組み続けること。」
「……ええ。」
「そっちなんだ。」
「そうね。」
「だから、水と音を制すれば、なんだ。」
「ええ。」
「征服じゃなくて、制御。」
「ええ。」
「支配じゃなくて、維持。」
「ええ。」
「うわ、好き。」
「あなた、最終的にそういうところへ着地するのね。」
「そうみたい。」
「いいんじゃないかしら。」
ミスリルは、少しだけ笑った。
「じゃあ、まとめましょうか。」
「はい。」
「この論文は。」
「うん。」
「荒野開発の話であると同時に。」
「うん。」
「境界の外側をどう持つか、という話でもあった。」
「はい。」
「死の花は、怖いまま使う。」
「はい。」
「プテラケファルスは、追い払うのではなく、成立しにくくする。」
「はい。」
「そして、装置は、土地を支えるために回る。」
「はい。」
「全部。」
「うん。」
「豊かさを増やすというより。」
「うん。」
「崩れないように噛み合わせるための技術だった。」
「……はい。」
「そういうこと。」
「はい。」
私は机に肘をついて、ちょっとだけ笑った。
「いやあ。」
「なにかしら。」
「最初、異世界の論文読んでみた~!!とか言って、軽い気持ちで始めたのに。」
「ええ。」
「最後には、かなりちゃんと好きになっちゃった。」
「そう。」
「うん。」
「怖いし。」
「ええ。」
「面倒くさいし。」
「ええ。」
「でも、そのぶん、ちゃんと生きてる感じがする。」
「そうね。」
「だから。」
「だから?」
「かなり良い回でした。」
「そうね。」
「では。」
「ええ。」
「また次回。」
「また次回。」
「あるの?」
「世界中を探せば、そのうち見つかるわ。」
「それ、便利すぎない?」
「便利よ。」
異世界ネットは来てないけど。
土地を豊かにするって、何かを足すことより、崩れないように噛み合わせ続けることなのかもしれません。




