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第39話 捕縛のあとに

 ミシャーナとフィンの抱擁を見ながら、エリザは兄の胸で泣いていた。


「お兄様、わたくしがバカでした。本当に考えなしで、ご迷惑ばかりおかけして……いつかわたくしも、あの二人のように本物の愛を見つけたいです」


 シリルはエリザの想いを受け止めようと相槌を打ちながら、妹に胸を貸したのはいつぶりだろうかと考えていた。

 兄妹仲が悪くなったのは、エリザが十を超えた頃だったろうか。優秀なシリルに追いつけなくなり、越えられない壁の前でいつしか妹は腐っていった。


 好きだったはずの勉学をやめ、毎日のようにどこかの令嬢の茶会に出席し、どうでもいい噂話に花を咲かせる。年頃になると、シリルの容姿に惹かれた令嬢たちがこぞってエリザに取り入ろうとし、エリザは茶会を拒むようになった。

 そのうち容姿が良いだけの男と豪遊するようになった。男女の関係まで行かずとも、エリザの噂は酷いものになった。

 シリルはエリザが本当は優秀だと知っていたぶん失望も大きく、同時に後継者として執務が忙しくなったこともあり、妹とは話すどころか次第に顔を合わすことすらなくなっていった。


「元から脈はなかったが、納得するしかあるまい」


 自嘲気味にシリルは呟き、泣きじゃくるエリザの背をさすった。


『んー? それって自分のことでもあるでしょ?』


 場の空気が読めないルトベリーが兄妹の会話に割り込んだ。ルトベリーはシリルと無理やりとはいえ成約していたこともあり、感覚共有でミシャーナに好意を抱いていることを知っていた。


「うるさい。妖精は黙ってろ。もう成約は解除された筈だ」


 ぶっきらぼうにシリルが言うと、ルトベリーはシリルの頭を優しく撫でた。


『兄妹ふたりで一緒の日に失恋なんて、寂しいよね。良かったら正式にアタシと誓約して成約しない? アタシ、実はアナタのこと気に入ってたんだよね~♪』


「嘘だろう。貴様の兄の姿を見て、羨ましくなっただけだ」


『どうかな~? そんな釣れないことを言わないで。気に入ってるのは本当なんだから』


 ぶつぶつと何かを話す兄の胸から顔を上げ、エリザが不思議そうにシリルの顔を見上げた。


「お兄様、何を一人でお話になられているの?」


 成約が切れ、エリザにはルトベリーの姿も声も届いていなかった。シリルはその事実に驚き、ルトベリーを凝視した。


『へへっ、だから気に入ってるって言ってるでしょ。誓約と制約、する?って』


 シリルは少し考え、頷いた。今後も今まで通り職務が円滑に進むと考えると、能力が手に入るのは有難い。打算が無かったわけではないが、ルトベリーの屈託のない笑顔と、誰にでも等しく接する姿に少しだけ心惹かれたことも事実だ。


「成約の儀式は領に戻ってからにしよう。ここでは、少し観客が多すぎるからな」


『オッケー! じゃあ、ゲートを開けるね! あっ、ちょっと待ってて』


 ルトベリーは、滑らかにフィンとミシャーナの元へと飛んだ。


『フィンお兄ちゃん、久しぶり』


「ルト、久しぶり。元気そうで何よりだね。ミサから聞いたよ、精霊と間違われて長く閉じ込められていたそうじゃない」


『もー、お兄ちゃん。ルトじゃなくてベリーって呼んでって言ってるじゃない。ルトは可愛くないんだから! それから、閉じ込められてたんじゃなくて、あえて捕まってたんだからね。アタシ、あのニンゲンと成約し直すことにしたの。だって、気に入っちゃったんだもん』


 ルトベリーのあっけらかんとした告白に、ミシャーナとフィンは顔を見合わせた。そして、どちらともなく笑い始める。


「そう、ベリーはシリル様を好きだったのね。想いが叶う事を祈っているわ」


「僕とミサには敵わないだろうけど、良い関係を作れるといいよね」


『お兄ちゃん……自分が想い人と上手く行ったからって! こうなったら、ロアークお兄ちゃんを探すのも手伝ってもらうからね!』 


 ルトベリーは怒りながらも顔は笑顔だ。ミシャーナとフィンを優しい眼差しで見つめている。


「ロアークさんと言うのは、もう一人の侯爵家から奪われた妖精のこと?」


 ミシャーナは、はじめて聞く名前を聞き返した。ルトベリーは頷き、一度成約を済ませてから合流すると伝えると、シリルたちと共にサルデーン領へと戻っていった。


「僕たちも戻ろう、今の居場所に」


 フィンはミシャーナの手を取り、優しく笑った。そして思い出したかのように付け足した。


「そう言えば、ここに駆け付ける少し前に元領主のフレッドが目を覚ましたよ。今はテレサさんが面倒を見てくれてる」


「無事に目を覚まされて良かったわ。テレサさん、すごく喜んだでしょ」


 安堵の表情でミシャーナは自然と笑顔になる。そして、フィンの手を強く握り返し、真っ直ぐ前を見据えた。


「早く戻りましょう。きっと待ちかねていらっしゃるわ」


「そうだね、戻ろう。ロアーク探しもあるしね」


 ミシャーナとフィンは手を繋ぎ、ベジ町を目指して風となった。

 ふたりの体から美しい光の粒が溢れ出し、暮れ始めた空に溶けて消えていった。

お読みいただきありがとうございます。


残り二話、次はお待たせイチャラブ回です。

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