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第40話 ひとときの安らぎ

 その夜、皆でバリトーの料理に舌包みを打ち、沢山笑って楽しい時間を過ごした。


 ミシャーナは部屋へ戻ると、軽い眠気を覚えてベッドに横になろうとし、旅の埃を落としていないことに気づいた。急いで湯の支度をし、浴室に続くドアを開けた。


「なに?」


 ドアを開けると、そこには半裸のフィンが髪を拭きあげているところだった。フィンが風呂を使うために先に部屋に戻ると言っていたのを思い出し、ミシャーナは頭まで赤くなると力の限りドアを閉めた。


「ご、ごめんなさい。フィンが使っているのを、忘れていて」


 眠気は一気に吹き飛んだ。フィンの鍛え上げられた肉体を初めて見たミシャーナは、両手を顔に当ててその場に座り込んだ。


 フィンの美しい顔は濡れた髪から水滴が滴り、流し目で自分を見る姿は魅力的で心臓が痛いくらい脈打っている。

 静まって欲しいはずなのに、なぜか先ほどの姿を思い出してしまい、また心臓が跳ね上がった。


「やだもう……」


「何が嫌?」


 浴室からフィンが出てきて、しゃがんだ姿勢のミシャーナを上から覗き込んだ。

 風魔法で乾かした髪はふわふわで洗い立ての石鹸の香りがしている。

 先ほどのフィンも美しかったがやはりいつもの彼も素敵で、気を抜くと目が奪われてしまう。


「惜しかったね。もう少し早く扉を開けてくれたら、一緒に入ろうって言えたのに」


 フィンはいつも余裕で、ミシャーナが困ってしまう冗談を言う。真っ赤になったままで立ち上がることもできないミシャーナの耳元で、フィンはまた冗談を言った。


「立ち上がれないなら、僕が抱いて一緒に入ってあげようか? 全部きれいにしてあげる。ミサと一緒なら()()()たってかまわない」


 ミシャーナはいきなり立ち上がり、その反動でフィンの顔に頭が当たった。鈍い音がしてミシャーナは頭を抱えて座り込み、フィンは顔面を手で押さえた。


「「大丈夫?」」


 同じ拍子で調和するようにお互いを気遣う言葉を発し、二人は一拍置いたあと、思わず顔を見合わせて笑った。


「お湯が冷めてしまわないうちに、私も入ってしまうわ。いつまた眠気がやってくるか分からないし」


「僕の使ったお湯に入るの? 人間世界では、人が浸かったお湯は入れ替えるものだよね?」


 驚いたフィンに、ミシャーナは笑顔で返す。


「いいの。フィンの使ったあとのお湯なら気にしないわ」 


 ミシャーナは浴室のドアを閉めた。

 そのドアを見ながらフィンは呟いた。


「僕が気にするよ。でもこういうの、なんだかいいね」


 フィンはミシャーナが浴室から出てくるまでの間、バルコニーに出た。湯にあたったかのように体中が熱を持って冷めない。

 外に出ると満点の星が輝き、母の(かいな)(いだ)かれているように心地良かった。


 フィンの母は夜を司る妖精で、父のお気に入りの夫人だった。いつも二人で並んで穏やかな時を楽しんでいたのを思い出し、いつかミシャーナともそんな関係になれたらいいと星を見上げながら考える。


「フィン、ここにいたの」


 程なくしてミシャーナがフィンを探してバルコニーに出てきた。美しく輝く夜空の星を見て目を輝かせたあと、フィンに謝罪した。


「さっきはごめんなさい。私ったらそそっかしくて。顔は大丈夫?」


 フィンに近付き、顔に手を添える。美しい顔には傷ひとつなく、いつもの素敵なフィンだった。

 添えられた手を上から包み込むと、フィンは目を閉じて愛おしそうにミシャーナを感じた。


「フィン、恥ずかしい……」


 ただ手が触れているだけなのに、湯に浸かった時よりも体が熱くなる。ミシャーナは目を伏せ、フィンが解放してくれるのを待った。

 しかし、いつまでもフィンは手を放してくれない。


 恥ずかしさで目の奥が熱くなる。次第に潤んでくる瞳を見て、フィンは掴んでいないもう片方の手でミシャーナの目元をぬぐった。


「誰が泣かせたの? やっぱりあの男?」


 フィンはセドリックのことを言っているのだろうか。ミシャーナは顔を左右に振る。目の前にいるフィンがあまりにも優しいからだと伝えたいのに、言葉に詰まる。


 遂にミシャーナの瞳からひとすじ、涙が頬を伝った。

 ミシャーナは自分の気持ちをうまくフィンに伝えられずにいた。悔しくてもどかしくて、どうしていいかわからずに流れた涙だった。


 驚いたフィンはかがんでミシャーナの涙にキスを落とした。


「泣かせたのは、僕?」


 ミシャーナは小さく頷くとフィンの首に手を回し、そのまま優しく唇を奪う。はじめての衝動に戸惑いながらも、自分の気持ちを伝えるにはこうするしかないと思った。少し触れただけなのに顔が熱を持ち、すぐに距離を取ってしまう。


 フィンは頬を紅潮させたミシャーナを抱き寄せ、もう一度優しく唇を重ねる。あの激痛が襲うことはもうない。


 何度か優しい口づけを交わすと、極度の緊張と疲れによってミシャーナはそのまま意識を失った。


「ミサ、今日はお疲れさま」


 フィンは優しくミシャーナを抱きかかえてベッドまで運ぶと、自身は約束通り犬の姿へと変化し、隣で眠りについた。

イチャラブ回でした。甘ずっぺー!!!

次回を最終回とするために他サイト掲載時(現在非公開)とは内容を一部変更しました。

最終回は全文書きおろしのため、更新は未定です。

どうぞ最後までお付き合いください。

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