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第38話 クズの結末

「本当に行ってしまわれるの?」


 エリザはセドリックとの別れを惜しんだ。半分は演技でも、その気持ちは本物だった。


「仕方がないよ。嫌々とはいえ正式な夫婦になった以上、まずオリヴィエと別れなくては貴女との付き合いは難しいからね。こんなにも違約金を用意してくれて、俺は幸せ者だ」


 セドリックが額にキスを落とすと、エリザは顔を赤らめた。


『反応が新鮮すぎない? あの二人って付き合ってるのよね?』


 隠れてその様子を見ていたルトベリーは、同じく隠れていたミシャーナに尋ねた。


「エリザ令嬢は、見た目に反してかなりの奥手だそうです。セドリックは令嬢に気持ちがないので、おそらくあの距離感を楽しんでいるのかと」


 憎らしい元婚約者とはいえ、ほかの女性を口説く姿は見たくなかった。

 しかしルトベリーの好奇心は尽きることがなく、ミシャーナは何かある度に解説を余儀なくされた。


『ふぅん? ニンゲンって変わってるわよね。あ、合図だわ』


 ルトベリーは計画通り、エリザの使う“使役の鈴”の音を合図に、転移ゲートを開いた。使役の鈴は侯爵家の血で鳴らす魔道具で、ルトベリーは特に侯爵家の者なら()()()使()()()というのが気に食わないらしい。


 セドリックは名残惜しそうにエリザを振り返り、ひとりゲートの中に消えていった。


『あの忌々しい鈴から今日で解放されると思ったら、やる気が出る! 頑張ろうね、お姉ちゃん』


 無邪気なルトベリーは可愛くもあるが、まだフィンとはそこまでの関係ではない自分が姉と呼ばれることに、ミシャーナは少し後ろめたさがあった。

 フィンの好意を疑ったことは一度もないが、“妖精の寿命”の不安はまだ心の中でくすぶっている。


『そろそろアタシたちも行くよー!』


 ルトベリーに声を掛けられ、ミシャーナは目の前のやるべきことに集中するため、両手で自身の頬を叩いて邪念を払い前を向いた。


「行きましょう」


 転移ゲートをくぐり、セドリックの後を追う。

 シリルはセドリック捕縛のために護衛を連れ、あとで合流することになっているが、ミシャーナたちにエリザが同行するとは思わなかった。


 ――あの男に騙された二人が一緒に行動するなんて、人生って不思議だわ。


 ミシャーナはエリザの行動力に感服しながら、まだ彼女はセドリックを諦めきれず、真実を自分の目で確かめたいのだろうと思った。

 子どもが出来たと言われるまで、他のご令嬢との噂を聞いていたにもかかわらず、お互いの愛を信じて見て見ぬふりをした自分と重なる。

 自らに火の粉が降りかからないと、人は都合の悪い現実を受け入れられないものだ。


「エリザ様、大丈夫ですか?」


 転移を終えた直後から、エリザの顔色がおかしい。式場が近付くにつれ青くなり、体は小刻みに震えている。


「大丈夫です。エリザ様には私たちが付いています」


 失礼しますと断りを入れたミシャーナは、エリザの背中に手を添えた。

 式場は小さなチャペルで、貴族の式にしては質素だったが、多くの人が集まっていた。


 セドリックが出てくるまで数時間。待機する間も、エリザはセドリックを信じて小さく祈り続けていた。


 チャペルのドアが開き、セドリックとオリヴィエが腕を組んで幸せそうに笑いながら、式を終えて出てきた。


「嘘」


 小さく嗚咽を上げながら、大粒の涙を流すエリザの背をさすり、ミシャーナはセドリックを睨んだ。やはり、手切れ金は真っ赤な嘘だったのだ。遠く離れた隣国なら、こんな小さな領の噂など届かないと思っていたのだろう。

 それはエリザだけでなく、オリヴィエをも悲しませる最悪の選択だった。


 小さな挙式が終わる頃、聴衆の前に他国の侯爵代理が護衛を連れて乱入した。


「この者は妹を騙し、侯爵家の金を横領した! したがって、リコ国の自治法に基づき、セドリック・トゥランゼルを捕縛する!」


「何を言っているのか分からない。神聖な結婚式の余韻に浸っている時に無粋な! お前は誰だ?」


 セドリックは、シリルに詰め寄ると胸ぐらを掴んだ。

 シリルは「ハァ」と小さなため息をつき、セドリックの手を払い除けて告げる。


「白々しいのか本当に気付いていないのかはどうでもいい。妹のエリザを泣かせた罪は償ってもらう」


 相手が誰か気付き、驚きで声も出ず震えるセドリックを、ミシャーナは護衛の傍らでじっと見つめていた。

 セドリックは逃げ場を探し、すぐミシャーナに気付いた。

 綺麗な顔に狂気に歪んだ笑みを浮かべ、隣に立っているエリザには目もくれず、ミシャーナへと駆け寄った。


 ミシャーナの前で跪き、許しを請う。


「ミシャ、お前の差し金なんだろう? 俺はお前を愛していると言ったじゃないか。これはつまり、そう。お前との愛を確かめるための、俺なりの誠意だったんだよ。なあミシャ、助けてくれ……もう二度と浮気はしないと誓うから」


 何も言わず冷たい視線を送るミシャーナに、たまらずセドリックは掴みかかった。まさかミシャーナに対して暴挙に出るとは誰も思っておらず、一瞬シリルの動きが鈍った。


 「嫌っ!」


 腕を掴まれたミシャーナは、誰でもなくフィンを思い浮かべた。無茶苦茶な力で掴まれた右手が痛い。そのままの勢いで押し倒され、セドリックが馬乗りになる。


 ――フィン!


 怖くて恐ろしくて涙が溢れた。その瞬間、セドリックの影が目の前から消えた。


「僕のミサに触るな!」


 この場に来てくれると思っていなかったミシャーナは、涙で滲む目で立ちふさがったひとの姿を見た。

 逞しい背中は暴漢に襲われた時以上に怒りで満ち溢れている。怒りの感情と相反するように、優しいミルクティー色の髪がふわふわと風に揺れていた。


「来てくれた……の?」


「遅れてごめん」


 ただ助け起こしてくれるだけだと思っていたのに、ミシャーナはフィンの腕に抱き上げられる。フィンは愛しそうにミシャーナを見つめ、頬に少しだけ付いた泥を指で優しく払うと、強く抱きしめた。


 フィンに殴られて吹き飛ばされたセドリックは放心状態のまま捕縛され、すぐにサルディーン領まで送致されていった。


 あまりにもあっけない幕切れだったが、ミシャーナは少しだけ胸のすく思いがした。誰でもない、フィンがセドリックを倒してくれたことが嬉しかった。


 シリルはその様子を眺め、またひとつため息をついた。

 饐えた臭いが充満する真っ暗な空間で、セドリックは恐怖を感じていた。

 貴族への詐欺罪は平民であるセドリックには重罪で、本来なら極刑のところをオリヴィエ令嬢からの嘆願により禁固刑に情状酌量されたはずだった。

 移送された先は光も通らない牢で、多少は目が慣れたとはいえ、何となく牢の構造を理解できる程度の暗闇である。いくらなんでもまともな人間が入れられる場所ではなかった。

 管理者はいるのかいないのかも分からず、叫んでもどこからか吹き抜けていく風のせいで声はかき消されてしまう。気付いたら質素な食事が配給されているが、いつ・誰が・どこから運んでいるのか、全く見当がつかなかった。


 それほどまでに静かな闇。

 今日がいったい何日で、ここにきてどれくらい経ったのかもわからない。


コツン……コツン……


 気が狂いそうだと思った時に聞こえてきた足音は、久しぶりの人との再開であることを示していた。

 セドリックは鉄格子に縋りつき、大声で叫んだ。


「お願いだ、ここから出してくれ! もう、絶対に詐欺はしない。真っ当に生きる、約束する。俺には子どもがいるんだ、妻も……幸せにしてやりたいんだ!」


 嘘ではない。本当にそのつもりだった。ただ、金の調達が必要だったのでエリザから金を奪ったが、あれはエリザが横恋慕して融通を利かせてくれただけである。

 ミシャーナについては、本当は気に入っていた。が、伯爵令嬢だというのに素朴で派手さのない彼女が、自分を本当に愛してくれるのかを試すために浮気を繰り返した。そして、自分という【いい男】がいるというのに自分の前から消えたことに腹が立ったし、自分の物で無くなると思った途端に惜しくなった。


 ただ、それだけだった。


 腹の子どもの良い父になろうとは思った。だが、勘当されたせいで金が無かった。間違ったやり方だったが自分との婚約を破棄したミシャーナが全て悪いのだと、セドリックは信じて疑わなかった。

 移送前に聞いた話では、父親が多額の賠償金をオリヴィエに支払ったらしい。それなら、罪はもう無かったことになるのではないかと本気で考えていた。だからこそ、口を突いて出た言葉に被害者である令嬢への謝罪の言葉は一切無かった。


「反省は、していないようだね」


 牢の前で止まった足音の主が言葉を発した。薄暗い牢の中では相手がどんな人物かは分からないが、声から察するにまだ若い男のようだ。


「反省……してるよ! しているに決まっている! だから、ここから出してくれ!」

「嘘だ!」


 怒鳴り声が響き渡り、セドリックは小さく「ヒッ」と悲鳴を上げて尻もちをついた。

 次の瞬間、辺りが明るくなった。見上げると、鉄格子を挟んで反対側に端正な顔立ちの男が立っていた。


「他責にばかりして、自分の罪を全く理解していない。何年ここにいるつもりなんだろうな?」


 誰かに話している様子はあるが、見回しても男以外に誰も居ないように見える。そうして対峙する男をまじまじと見つめていたセドリックは気が付いた。


「み、ミシャーナと一緒にいた男か、お前! 俺からミシャーナという婚約者を奪ったお前の方が犯罪者じゃないか!」


 慌てて飛び起きて再び鉄格子を掴むと、激しくゆすりながら怒鳴った。


「ミサは君を愛していないし、僕と再び出会った時には既に婚約破棄が受理された後だ。お前の戯言なんて関係ない、ミサの意思だよ。本当に醜い男だな、君は。呆れるよ」


 フィンは眉間にしわを寄せて半眼でセドリックを睨むと、大きなため息をついた。


「だめだ、この程度では反省はしないみたいだ。もう少し分からせてやらなきゃね」


 そう言って、辺りは再び真っ暗な闇に包まれた。セドリックは慌てて過ぎゆく足音に向かって謝罪の言葉を叫んだが、全て風にかき消されて届かなかった。


――かつて領主のフレッドが捉えられていた、妖精の力を使わないと入ることも出ることもできない監獄……フィンとルトベリーの提案であの監獄に閉じ込められたセドリックは、日に日に元気を失っていった。

 反省するまでは絶対に外に出す気はなかったが、年月が経つと気が狂ったようにブツブツと聞いてもいない話を繰り返すだけの廃人となっていった。


 クズはどこまでもクズのままだった。


※※※


以上がクズの結末です。

あとがきの結末はもっと後にもうひと波乱巻き起こすセドリックのために用意していたものです。

少し書き直しましたが、クズは改心などしません。他責というか自己愛強めだったのかもしれないですね、セドリック。

悪い事したら反省しようね。

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― 新着の感想 ―
セドリックは試し行動をしたり、他の女性を多数騙したり、本当に顔だけの男だったわけですね。 貴族の詐欺罪の他にも、暴行とか余罪がいっぱいありそうです。 ただ、フィンがセドリックをやっつけてくれたのがカッ…
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