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第26話 疾風

 ――こっちに来る!


 ミシャーナは大事な書類を落とさないように、しっかりと胸に抱いた。


 ――資料室にはどうか入らないで!


 ミシャーナの願いは届かず、ガチャリとドアノブが回った。心拍数が一気に跳ね上がり、緊張が体中を支配して身がすくんだ。


 ドアが開くと同時に、ミシャーナは覚悟を決めて俊足を発動した。


 ――ええいっ、ままよ! 女は度胸っ!


 俊足の影響で資料室中の書類が巻き上がり、領主が開けたドアは風速で全開になる。


 思わぬ突風に驚いた領主と謁見していた男は、目を閉じて身構えた。その隙をついて、ミシャーナは無我夢中で執務室のドアを突っ切り駆け出した。


 あたりには一陣の風が吹き、執務室のドアは開いた衝撃で大きな音を立てた。


 疾風が吹き荒れたのは一瞬の出来事だったとはいえ、自身の姿を誰にも見られることなく屋敷を出られたのは、まさに奇跡だった。


 ミシャーナは屋敷の構造を全く知らなかったが、たまたま駆け下りた階段の目の前がエントランスホールだった。

 しかも玄関ホールのドアは開けっ放しになっていたので、運よくそのまま突っ切ることができた。


 走り去る際に、ドアの横に立てかけられていた何かに当たったが、その場に誰も居なかったことが幸いした。

 そのまま一気に屋敷の門をくぐり抜け、ミシャーナはバリトー邸に一瞬で辿り着いた。


 ※ ※ ※


「どうなっているんだ!」


 ベジ町のある小さな領の()()()()()()()は激怒した。

 資料室から音がしたので気になって調べようとしたら、突風が吹いた。そのせいで資料室の書類はめちゃくちゃになってしまった。

 すべての棚から資料が落ち、どこに何があったかもわからないほど散乱した書類を睨みつける。

 ふと目をやると、閉めていたはずの窓が開いている。まさか賊でも入ったかと思い覗いてみるが、どこにも人影はない。まさかこの高さをよじ登るわけもないと頭を振り、ひょっとして屋根からの侵入かと窓から身を乗り出して屋根を見たが、その形跡もなかった。


 資料室の虫干しのために開けた窓を閉め忘れたのかもしれないと思い直し、窓から出した体を資料室に戻すと、その惨状に頭を抱えた。


 ――俺はしがない俳優でしかない。それが領主に誰もなりたがらないからと無理やり担ぎ上げられ、領主を演じているだけなのに。


「ハンス!」


 呼びつけられたのは、今朝ミシャーナとぶつかった初老の男だった。


「はい、領主様。何でしょうか」


「さっきの突風はなんだ? 俺は窓を開けた覚えはない。お前はどうして窓が開いていたか知っているか?」


「さ、さぁ……」


 返答に困り果てるハンスを見て、そりゃそうだろうとため息をつく。

 政治のことはまるで分らない。男はただ、書類を見て()()()()()()()()判を押すだけだと聞き、多額の報酬に目が眩んでこの仕事を引き受けた。

 しかし、領主の役に就いてからというもの次から次へと問題が発生し、この役は既に男の手に余っていた。


 ――もう四年半だぞ? いつ俺は故郷に帰れる?


 男は内心で毒を吐きながら、領主の()()を続けるしかなかった。


「さあ?ではないだろう。書類がこうでは、私は執務を行えない。管理者を呼んで整理するんだ。今日中にな! でなければ、全員クビだ!」


「そんな、領主様がお開けになったのでは……」


 震える声でハンスはわずかながらに抵抗するが、領主のあまりにも恐ろしい顔を見て言葉を失い、小さな声で「はい」と答えると部屋を出て行った。


 屋敷の中はそれは酷い有様だった。

 いきなり吹いた突風により壁に飾られた絵画はゆがみ、窓の一部は破損してひび割れ、エントランスの修復のために置いてあった脚立が倒れ、ペンキが散乱した。


 幸い昼休みで職員が不在だったため、けが人は出なかった。それにしても、学のない俳優ですら流石におかしいと思った。


 ――あんな小さな小窓から吹いた風が、ここまで被害を……?


 しかし、考えても原因が分かる訳もなく、領主を名乗る男はため息と一緒に愚痴を漏らした。


「もう、俺を領主と呼ぶな」


 小さなひとことだったが、今の男が言える精いっぱいの愚痴だった。


 ※ ※ ※


「こ、怖かった」


 ミシャーナはバリトー邸の玄関ホールを支える柱に手を添え、緊張で爆発しそうな心臓を整えていた。

 大きく息を吸って吐き、呼吸を整える。


「ミサさぁん」


 後ろの方からテレサが呼ぶ声がする。振り向くと、門の方から走ってくるテレサが見えた。


「はあ、はあ……」


 テレサは全力疾走したからか、汗だくで息も絶え絶えになっている。


「は、話には聞いたけれど……ぜい……そんなに、早いなんてっ」


 ミシャーナは、ところどころ息をつきながら話すテレサの背に手を添え、息を整えるのを手伝った。


「すみません、見つかりそうになったので思わず」


 ミシャーナが照れ臭そうに笑うと、テレサは親指を立てミシャーナを称えた。


「じゃあ、次の行動に移ろうか」


 どこからともなくフィンが現れた。

 ミシャーナが見ると、フィンは少し困った顔をして首をかしげ、屋敷に入るよう促した。

不定期更新続きます。

ざまあカウントダウン12

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