EP.7 - 5
コアンと共に各地を転々とする日々は続いていた。
トラブルは多々あったものの、寧ろそれが日常であるかの様に日々は只々過ぎ去っていった。
全く成長しないコアンと、全く壊れる様子のない俺は、まるで時が止まっているかのように不変であった。
……が、全く何も変わらなかったというわけでは無かった。
エルミー達が住む村を出発してから一年程経ったある日の事。
俺は、スマホのバッテリー残量を示す数値が100%から99%になっている事に気が付いた。
使い続けていれば普通に起こる事だ。
しかし、減り方が普通じゃない。
バッテリー残量が一パーセント消費される時間は通常、一日の内のほんの僅かな時間だ。
表示上であれば数秒で数パーセント一気に減ってしまう事だってあるのだから、この減り方は明らかに異常だ。
だから俺は、画面に表示されているバッテリー残量を示す画像が異世界に来た日から一年以上経っても100%から変わらなかった事で、この数値に意味は無いと思った。
多分転生した時に別の意味、別の用途に切り替わったのだろうと、そう思う事にした。
だが、これまではどれだけ酷使しても変わらなかったのにも関わらず、二年経って突然表示されている数字が変わったもんだから大層驚いた。
俺はそこで、この数値が何かの残量を示していると仮定した。
それから数年間バッテリー残量の変化を観察してみると、年平均0.5%、つまり二年で大体1%ずつ減っていく事に気付き、そして減り方は一定では無くアプリ等の使用頻度によってブレが生じる事を突き止めた。
何の事は無い、画面の数値はちゃんとバッテリー残量そのものを示していたんだ。
だが敢えてこの数値に別の意味を付け加えるとするならば……いや、別の表現をするならば、それは”寿命”だろう。
俺の命は有限だったんだ。
寿命という概念が俺に存在すると解った事で異世界に留まれる期限、タイムリミットの存在が浮き彫りになった。
単純計算で約二百年生きられる事になるわけだが、もしもその二百年の間に充電する方法が見つかれば延命する事も可能だろう。
充電池自体の寿命もあるので結局のところ命が有限である事には変わらないが、本体にガタが来なければ相当長い年月を生きる事が出来る。
が、充電出来なければ二百年後にバッテリー切れでご臨終だ。
享年二百歳というのは何とも中途半端だ、ファンタジー作品に出てくる長寿の種族ならもっと長く生きる。
……が、充分過ぎる。
俺にとっては充分どころか長すぎて困るくらいだ。
転生して元の世界に返り、元の持ち主である真歩ちゃんのスマホになる事が目的である俺にとっては、短くても濃ゆい一生を送れた方が良い。
だから俺は、毎日を全力で生きた。
コアンを助ける為に、コアンが出会う人々を助ける為に、バッテリーの消費を躊躇しなかった。
ただひたすらに真歩ちゃんとの再会を夢見て全力で生きた。
――――――そして、二百と余年の年月が流れた。
(色んな事があったなぁ……)
俺は今、十畳ほどの広さがある木造の小屋の中に居て、ベッドの上で眠るコアンの寝息を聞きながら長い旅路の節目節目を振り返っている。
(お嬢に振り回されっぱなしだったけど、楽しい旅だった)
コアンは、世捨て人のような暮らしをしていたかと思ったら急に気まぐれを起こして人里へ降りていく。
そして何かしらトラブルを起こして回る珍道中が始まるという、お決まりのパターンを二百年間繰り返していた。
それに付き合わされていた俺は、そこで出会う人々から様々なものを得た。
異世界語の殆どを理解出来る様になり、文明レベルや世界情勢などへの理解度も、かなり高まった。
転生してしまえばそれらは不要になるだろうが、費やした時間を無駄だとは思っていない。
(お陰で随分徳も積めたし、悔いは無い……かな)
スマホの画面に表示されているバッテリー残量は1%だ。
それは、”その時”がもうすぐ訪れる事を示唆している。
(”遂に”と言うべきか、”もう”と言うべきか……)
どれだけこの日を待ち望んだ事か。
安易な自死を選ぶわけにもいかず生き続けていたら、結局寿命を迎えるまでになってしまった。
長い長い一生が遂に終わり、この異世界とお別れする時が来る。
待ち望んだ瞬間ではあるが、いざその時が近付いてくると、もう終わりなのかと思えてくるから不思議だ。
(お嬢ともお別れなんだよな……何だか寂しいな)
二百年連れ添ったのだから寂しくなるのは当たり前だ。
しかし、出会った頃からしてきた不遜な態度を今も変わらず取り続けてくれてたら、それ程感傷的にはならなかったかもしれない。
(お嬢……お嬢もやっぱ寂しいんだろ?)
これまで散々ゲームアプリで遊び倒していたコアンだったが、バッテリーの残量を示すパーセンテージが一桁になった頃、急にスマホを弄る頻度が下がっていった。
朝の目覚ましを止める時だけ弄り、その後全くスマホを見ようとしない日もあった。
最初はスマホに飽きたのかと思った。
だが、飽きたにも関わらず何年も手放そうとしないのはおかしい。
その事から俺は、コアンがバッテリー残量を気にし始めたのだろうと考えた。
スマホの存在自体は彼女が転生した時に忘れてしまったようだが、電子機器を弄った記憶の断片が残っていて何となく察したのかもしれない。
延命は本意では無かったが、お陰で俺の寿命は十数年延びた。
残り1%になってからは、何と六年も持ち堪えている。
(でも流石にもうバッテリー切れだし、このままひっそりと逝くくらいなら……)
<<I'm here.>>
俺はFind me機能を使って寝ているコアンを起こそうとした。
すると、俺の声に反応して彼女はもぞもぞと動き、一言「うっさい寝てろ」と言い放った。
<<I'm here.>>
どうしても今コアンと最後の交流がしたくて俺は、もう一度彼女を起こそうとした。
再び彼女はもぞもぞしだし、暫くすると閉じていたフリップを開いてスマホの画面を覗き込んだ。
「なんだばか、よるはねるじかんだぞ」
(ごもっとも……だけど、もうこれで終わりかもしれないから……)
俺はカメラアプリを起動して、寝ぼけ眼のコアンを撮ってみた。
しかしインカメラでの撮影ではフラッシュが焚けないので、残念ながらちゃんとした写真撮影は出来なかった。
(なあお嬢、最後に……一緒に遊ばないか?)
ゲームアプリ「けものピラー」を起動してみた。
コアンのお気に入りのゲームだ。
もう数十年ハイスコアを更新出来ずにいたので、ラストチャレンジをさせてみたくなった。
「…………おまえさぁ」
コアンは溜息を吐きつつ、語りかけてきた。
俺は、夜中にゲームなんかするなと小言を言われるのかと思ったが、続く言葉は予想に反したものだった。
「おまえ、そろそろしぬんか?」
コアンがバッテリー残量を気にしていた事には気付いていた。
だが、そういう解釈をしていた事にまでは考えが至らなかったので少々驚いた。
(ぶっちゃけそうだけど……そんな軽いノリでする質問か?)
どうもコアンは独特な死生観をしているらしく、人の死に対しては余り感情を出さなかった。
百年以上前のある日、コアンは数十年ぶりにエルミー達の住んでいた村へと帰還した。
そこは村と言うには余りにも発展し過ぎていて当時の面影は殆ど無かったが、エルミーはそこにちゃんと住んでいた。
ヨボヨボのおばあちゃんになっていて、事切れる寸前ではあったが。
エルミーは当時と変わらぬコアンの姿を見て驚き、涙し、そして笑顔のまま逝ったが、その様子を見ていたコアンは終始落ち着いていた。
たった一年とは言えあんなに仲良く遊んだ友達なんだから、もう少し悲しんでも良さそうなものだが、リアクションは「バイバイ、エルミー」という一言だけであった。
(二百年一緒に居た俺に対してもそんな感じなのか……)
二百年使い続けたスマホが使えなくなるのだから、もう少し名残惜しそうにして欲しいものだ。
しかし、俺の死を”壊れる”ではなく”死ぬ”と表現してくれた事が、俺は少し嬉しかった。
「あそんでないで、ねろよ」
結局コアンはアプリを弄る事無く、そっぽを向いて眠ってしまった。
(最後の思い出としては物足りなさがあるけど、仕方な…………あっ)
意識が遠のき始めた。
どうやら、ついにお迎えが来たらしい。
(ああ……せめて、別れの挨拶くらいしたかったな、ちくしょう)
思いの丈を言葉にして伝える事すらできないのが悔しくて堪らない。
(ずっと、楽しかったよ……俺を最初に拾ったのがお嬢で、本当に良かった)
悲しい。
寂しい。
急に、そんな感情で心がいっぱいになった。
自分の死とは向き合えても、長年連れ添ったコアンとの別れはやはり堪えるらしい。
(俺を拾ってくれて……一緒に連れて行ってくれて、ありがとな!)
二百年にも及ぶ記録が次々と蘇り、そして消えていく。
スマホにも走馬灯があるらしい、世紀の大発見だ。
(お嬢…………元……気で………………)
意識が途切れ途切れになり、考える事が難しくなる。
終わり、だ。これで。
さよなら、コアン。
ありがとう。




