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EP.7 - 6

真っ暗な闇に小さな光源が現れた。

発せられる光はじわじわと暗闇を浸食していき、やがて真っ白い景色へと変わっていった。


「戻ったか、アイザックよ」


嗄れた声が白い空間に響く。

随分久しぶりに聞いた声だが、懐かしさのようなものは感じない。

たったひと時会話をした程度では二百年も経つと何の感情も湧かないらしい。


「ああ、戻ったよ」


真っ白な空間の中にぼんやりと人影が浮かび上がったので、俺はそこに向かって返事をした。

すると人影は地面を滑るようにこちらに近づいてきて、はっきりとその姿を現す。

そして周りの景色も、いつか見たZacro Storeへと変わっていった。


「随分と落ち着いておるのう……」


爺さんには俺が落ち着いて見えるらしい。

まあ、スマホの外見から感情を読み取る事は出来ないし、仕方ない。


「…………そうだな、自分でもびっくりするくらい落ち着いてるよ」


そう答えた俺を見上げ、爺さんは不思議そうな顔をした。


「ふぅむ……で、何かあったのか?」


とぼけた事を言う爺さんに俺は少しイラっとした。

感情が動いたのは少しだけだ。

でも、もし他にも気に障る事があったら、もっと激昂していたかもしれない。

何かあったに決まってるだろ、二百年も経ってて何もないわけがないだろ、と。


「……別に何もないよ、落ち着いてるのがそんなに変か?」

「いや、まあ、そう言われてみればそうじゃな、別におかしくはないか」


何も無くはない。

本当に色々な事があったのだから。

しかし気が滅入っていて口論する気になれない。

長年連れ添った相棒との別れは相当なダメージを俺に与えたようだ。

落ち着いているなんて、とんでもない。心はざわざわしっぱなしだ。


「爺さん、俺さ……」


色々と言いたい事があった。話したい事があった。

だがしかし、やはり最初に出す話題はこれしかないだろうと考え、俺は言ってやった。


「俺はさ、頑張ったと思うんだよ」


結局、どれだけ徳を積めたのか分からずに此処に来てしまった。

だから審判を下すであろう神様の爺さんに、俺が如何に人の為に何かをしようとしていたかを伝えて、少しでも評価を上げなければならない。

評価基準がどんなものなのか知らないけど。


「自画自賛か……余程の自信があるのか、それとも不安からか?」


爺さんは髭を弄りながら俺を値踏みするような態度を取った。

それを見た俺はまた苛ついてしまい、思わず語気を荒らげてしまう。


「どっちでもいいだろ……俺は頑張ったんだよ!」


突然の怒鳴り声にビビるでもなく、ただ肩を竦める爺さん。

その姿が俺を更に苛つかせた。


「馬鹿にしてんのか!?」

「しとらん、しとらん……おぬしは頑張ったと思うぞ?」

「………………だったら……!」


気が立って、爆発してしまいそうだった。

だから気が急いて、俺は全ての話をすっ飛ばして結論を求めた。


「だったら、転生を……」

「……無理じゃよ?」


あっさりと、爺さんは言ってのけた。

慈悲も無く、大して感情も乗っていない言葉を爺さんは俺に、無造作に投げつけた。


「なん……でだよ…………」

「なんでって……おぬしの望みを叶えてやる事が出来ないから……か、のう?」


感情が更に昂ぶり、クラクラして一瞬意識が飛びそうになった。

これ程までに心をかき乱されたのは二百年経って初めての事だった。


「ふざけんなクソジジイ!!!」


俺の怒気に当てられて、流石に平静ではいられなかったのか爺さんは驚いた顔をした。

しかしそんなものはお構いなしだ、もう俺は止まれない。


「お、落ち着かんか……!」

「落ち着いてられるか! 二百年だぞ!? 二百年間、俺は色んな人の為に頑張ってきたんだ!」


長い長い、異世界の旅。

その思い出が次から次へと蘇ってきた。

その時に湧き上がった感情が蘇り、次々と押し寄せてきた。

そして心を、怒涛の如く揺さぶり続けた。

もしも俺が人間だったら、涙を流していたかもしれない。


「そ、そうじゃな、二百年間よう頑張った……じゃが、無理なものは無理なんじゃよ」

「どうしてだよぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」


困り顔の爺さんの前で悲しみの余り泣き叫ぶ俺は、まるで駄々を捏ねる子供のようだ。

そんな情けない姿を晒している事が、その悲しみを更に加速させた。


「別に意地悪をしたいわけじゃないんじゃよ? しかし、おぬしは大事な事を忘れておる」

「何だよ大事な事ってぇぇぇぇぇえええええ!」


全てが無駄になったんだ。

二百年の努力も、長く連れ添った相棒との別れも、全てが無駄になった。

こんな状態で何かを忘れているかなんて事、どうでも良いだろう。

無意味な問いを投げかける爺さんに、腹が立った。


「ちょ……ちょっと、落ち着くんじゃアイザック!」


狼狽している爺さんの姿が滑稽だった。

そんな姿にも腹が立って、腹が立って、どうしようも無く腹が立って……どんな言葉で罵ってやろうかと考えていたら、少しだけ冷静になった。

感情の、どよめきのようなものが少しずつ収まっていき、押し寄せる思い出たちはその情景を、よりクリアに、俺に観せた。


そして俺は、大事な事に気が付いた。

大事な事に、とうの昔に気付いていた事に、気が付いた。


「…………ああ、分かってるよ……分かってるよちくしょう!!」

「おお、そうかそうか……って、じゃあ何で怒っとるんじゃ……」


……何で?

何でだと?

そんなの、決まってるじゃないか。


「自分の馬鹿さ加減にキレてんだよ……!」


そう、俺は、その大事な事に気付いていながら、無意味だと分かっていながら、この場で転生を望んだ大馬鹿野郎だ。


「なんと……そう自分を卑下するものではないぞ、アイザックよ……」


爺さんは俺を心配して優しく語りかけてくれたが、それがより一層、自分自身の情けなさを感じさせた。


「…………いいんだ、俺なんてもう……」

「こらこら、元気出さんか……」


俺の意気消沈っぷりが余りにも憐れだったらしい。

爺さんはとんでもなく柔らかい口調で俺を励ました。

それがまた、自虐的感情を増大させた。


「俺さ……二百年、頑張ったんだ」

「うんうん、そうじゃな……おぬしは頑張った」


二百年頑張った。

いや、こうなってはもう二百年を無駄に生きたと言うべきか。


「沢山の人の事を考えて、人助けをしようって二百年も……」

「うんうん、そうじゃな……おぬしは偉かったぞ」


二百年、頑張った。

そう、二百年、経ってしまったんだ。


「二百年経って、真歩ちゃんが生きてるわけなんか無いのに俺は……っ!!」

「うんうん、そうじゃな…………………えっ?」


急な静寂が訪れた。

多分これがドラマだったら、壮大なBGMから一転無音状態に切り替わっていただろう。


「……………………えっ?」

「……えっ?」


俺と爺さんは互いに、頭の上にでっかいクエスチョンマークを浮かべた。


「大事な事って、時間をかけ過ぎたって事じゃないの?」

「むむむ……? まあ、大事な事ではあると思うが……」


爺さんは気が抜けたのか、でかい溜息をひとつ吐いた。

そして髭を弄りながら淡々と言った。


「安心せい……おぬしが元居た世界は、おぬしが異世界に行ってからまだたったの一日しか経っとらんよ」

「…………マジで!?」


衝撃の事実だった。

本当はもう、異世界に行って二年くらい経った頃から殆ど諦めていた。

だってそうだろう、スマホが壊れて、その後ずっと買い替えもせずにいるか?

俺はその事に気付いていたけど、でも諦めきれなくて、自分自身を誤魔化しながら二百年ダラダラと異世界に居座っていた。

しかし、まさか異世界と現実世界では時の流れる速度が違うとは思ってもみなかった。


「じゃあ、俺は真歩ちゃんに会えるのか!?」

「頑張れば……な、じゃが急がねばならんぞ?」


確かにそうだ。

スマホを買い替えるのに数か月もかける可能性は低い。

真歩ちゃんの家族の暮らしぶりを見るに、大金持ちではないにせよスマホを一台買い増しするくらいは問題無く出来る筈だ。

タイムリミットは不確定だが、真歩ちゃんの気が早ければ現実時間で数日程度の猶予しかない事になる。


「じゃ、じゃあ早く転生を……!」

「それはできんと言うとるじゃろ」

「だからなんでだよ!」


何故、転生が出来ないのだろう。

時間の問題でないのであれば、やはり徳の積み具合が足らなかったのだろうか。

そもそも今はどれくらい徳を積めてるんだ……指標も何も無いというのは不親切過ぎないか?


「やっぱ爺さん意地悪してるんじゃないのか!?」

「しとらんわい! おぬしは転生に必要な、大事な事を忘れておるんじゃよ」


分からない。

俺に何が足らないというのだろうか。

ただ愚直に人の役に立とうとするだけでは駄目なのだろうか。

それとも、またJKのスマホになりたいという願望は邪過ぎたのだろうか。こんなにもピュアな想いなのに?

俺の何が間違っているというのだろう。

考えても考えても、答えは出ない。


「どうすればいいんだよ、教えてくれ爺さん!」


俺がそう問うと、爺さんは特大の溜息を吐いて、呆れながら言った。


「そもそもおぬし、まだ死んどらんじゃろが……」


俺は、爺さんがたった今言ったことの意味が理解できなかった。

だから、どうリアクションしていいか分からず、何も言い出せなかった。

そして静寂。

此処は屋内の筈なのに、一陣の風が吹き抜けた気がした。

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