EP.7 - 3
もう待てない。
元から待つ気なんて無かったけれど、もう待てない。
コアンは”約束”を書き残していったけど、結局十年経っても会いに来なかった。
だからもう待てない。
訪れる観光客はみんなコアンの話をするけれど、どれもこれも他人から聞いた話だって言う。
他所の土地でコアンを実際に見たという人は多分一人も居ないんだと思う。
だからもう、待てない。
小さかった頃は一人で村を出て遠くの土地へ行くなんて無理だったけれど、今は違う。
色んな事を練習して、色んな事を勉強して、体が大きくなって……
だから、もう待たない。
コアンに会いに行く。
コアンを探しに行く。
誰もコアンを見ていないのはきっと、人目につかないように隠れ住んでいるだけだから。
私の姿を見たら、きっとコアンから声を掛けてくれる筈だから………………髪は、切っておこうかな。
手をぎゅっと握って、それから脱力。
そしてゆっくりと背中に体重を移していったら、後ろに倒れそうになる。
それが、始まり。
振り向いたら、体が勝手にジゼおじさんの方へ全速力で向かっていく。
おじさんは、ウイロウを食べていたみたいだ。
本当にウイロウが好きなんだなと思ったら、何だか嬉しくなった。
おじさんはウイロウの箱をふんわりと投げてきた。
何でもいいから相手の注意を逸らす、おじさんが教えてくれた事だ。
不意の出来事があっても相手から目を離さない、これもおじさんが教えてくれた事だ。
箱は左手で叩き落とす。じゃあ右手は? 右足は? 左足は?
全部を使う。頭も使う。
そして今日こそは、おじさんに勝つ。
今日が最後だから。
おじさんは、前に出てきた。
向かってくる相手は弱い状態なんだって、おじさんは言ってた。
だから出来るだけ広く視野を持って、全体を見て、違和感を、弱い部分を探し出すんだって。
左手で手刀を当ててくるつもりみたいだ。
正面からじゃない。
横から、薙ぐように、大振りの手刀が来る。
短刀で"切り裂く"攻撃は威圧が目的の場合が殆どなんだってさ。
……囮だ、受けちゃいけない。
本命は体の動きに合った攻撃な筈。
右手側が空いているけれど、多分これは誘ってる。
本命は右、勢いの乗った直線的な攻撃が来る。不用意に攻めたら一番痛い攻撃が当たる。
左手を受ける。右手側から攻める。
どちらもダメ。
じゃあどうする?
距離が詰まって、もう猶予がないや。
でも、もう決めた。
迷わない。
待たない。
決断を遅らせれば遅らせるだけ、何もかも間に合わなくなる。
思い切り屈んで、手刀を躱す。
――――――フリをした。
力いっぱい踏ん張って、出来るだけ真上に向けて高く跳ぶ。
手刀が来る前に。
前進の勢いは消えてない、おじさんの走る速さも変わらない。
絶対に、おじさんは勢いに任せた直線的な攻撃を繰り出してくる。
だから力いっぱい跳べば、おじさんを跳び越える事ができる。
右も、左も、上に跳べば関係無い。
両足が地面から離れて、おじさんの頭の後ろが見える。
このままおじさんを跳び越えて後ろから攻撃しようか。
それとも、このまま顔を蹴っ飛ばしちゃおうか。
いや、もう顔に足は届かないや。
うまく意表をついたみたい、おじさんが自分の勢いでつんのめってるのが見えた。
攻撃を躱せた。背中がガラ空きだ。
後ろから、あの背中を蹴っ飛ばしてやるんだ。
このまま跳んだ勢いを利用してくるりと一回転して、華麗に着地した後を想像する。
そう…………ぐるり、と。
景色が勢い良く縦に回転した。
ああ……足を蹴られたんだ。
かっこよく決めるつもりだったのに、勢い余って俯せに倒れちゃった。
――――――――結局、勝てなかったな。




