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EP.7 - 2

賊から足を洗い、クレイス家で要職に就いていたジゼ。

彼は今、キース達が住む、かつて人口の少ない集落であった場所でとある仕事を任されている。


朝から外は賑わっている。

祭が開催されるので、人が集まってきているのだ。

行事というものは年中あるが、その殆どが商売目当てで、後から理由をこじつけたようなものばかりであった。

今日執り行われる祭も結局は商売が目的ではあった。

しかし、その開催理由に特別な想いを持つ者が多く、一年の内で最も盛り上がる一日として人々の心に刻まれている。


ジゼは朝から木造の平屋に独り佇み、藁を纏った木人と対峙していた。

この建物は武術の訓練をする為に用意されたもので、ジゼはここでとある人物を待っている。

ただこうしていても仕方ないと考えたジゼは、約束の時間までに体を温めておこうと考え、木人に向けて幾度か手刀を繰り出す。

室内にその音が響き渡れば、心臓の鼓動は加速していく。

膝を柔らかく保ち、左右に体重を振りながら、続けざまに打撃を繰り返していると体に熱が入り、動きは鋭さを増していった。


丁度百度目の打撃を入れた後、型を確認して再び木人に突きを入れた時、背後から名前を呼ばれた。

ジゼは振り返り、入り口からゆっくりと近付いてくる者を見た。

朝日を背に受け黒い影となっていたその者は、屋内を歩きながら正体を少しずつ現していく。

一歩、また一歩と、歩み進む度に胸の高さまで伸びた黒髪が揺れる。

窓から漏れる朝の光を背にしたその様は神秘的で、ジゼは引き込まれるような感覚を覚えた。

あのやんちゃだった小さな子供が、随分と綺麗な姿に変わってしまったなぁ……などと、ぼんやり眺めながら考えているジゼを、影の主は一気に距離を詰めて強襲した。


ジゼは少し腰を落とし構えるが、相手の攻撃を受けようとはせずに巧みな足捌きで躱し、背後に回る。

すると、弧を描いたジゼの動きをなぞる様に繰り出された回し蹴りが迫りくる。

それを後ろに飛び躱すと、ジゼは距離を取りつつ、おはようエルミー、と、まるで道ですれ違ったかの様に軽い挨拶をした。


攻撃を悉く躱されたエルミーは少し拗ねたような表情を見せたが、構えを解き姿勢を直すと笑顔を作り、挨拶を返した。

ジゼは一呼吸置きつつ、不用意に大振りの技を相手に見せると間合いを図られるから注意が必要だとエルミーに指摘した。

すると、悔しさがあるのか、気の抜けた返事をするエルミー。

大事な事だからしっかり覚える様にとジゼが窘めると、今度はピンと背筋を伸ばし、エルミーは大きな声で返事をした。


エルミーは、そんな事より……と、手に持っていた小さな木箱を差し出した。

焦げ色による模様が描かれたその箱は、ジゼも良く知る土産物だ。

中身は甘い焼き菓子で、その独特な形状は家禽のウィオンを型取ったものらしい。

見た目には納得いっていないが、味の方はジゼも気に入っていて結構な頻度で食す。

地元で採れた根菜から抽出され、精製された糖の甘さが味の決め手なのだそうだ。

巫女の加護を受けし神秘の甘味という宣伝文句があり、それを考えたのがユーシィだというのが、なんとも笑える話だ。

この焼き菓子の名は、”ウイロウ”という。

かの狐巫女、コアンがウィオンを呼ぶ時に訛ってしまいウイロウと呼んでいたところから来ているらしい。

ジゼはエルミーから木箱を受け取ると、早速蓋を開けてみた。

中にはウイロウが五枚、端に欠けも無く綺麗に揃って入っていた。

それを見たジゼは満足そうに二度ほど頷くと、一枚手に取って口に運んだ。

ひと噛みすると甘い香りが鼻に抜ける。

香りを愉しみながら欠片を口内で細かく砕き、やがて粘性のある状態になったそれが喉を通っていくと、菓子に奪われた水分を補給する為、飲み物が欲しくなった。

甘味で満たされた口内には、苦みのある飲み物が最適だ。

それで甘味を緩和させ、また菓子を頬張ると、新たな快楽が口内から脳へ伝わっていく。

幸せな時間だ。

狐巫女の加護に感謝せねばなるまいとジゼは思った。


エルミーがジゼの不意を突いて木箱からウイロウを一枚、素早く抜き取った。

彼女はそれをジゼに見せびらかすと、大口を開けてウイロウを口内に放り込んだ。

頬を膨らませてもごもごと咀嚼する姿は粗雑で外見に似つかわしくないが、彼女は数年間ずっとこんな調子だった。

それ以前はもっと行儀が良かったらしいが、一説によると狐巫女の影響でこうなってしまったと言われている。

ジゼはその様子を見て、どうしたものかと少し考えたが、行儀作法の矯正は自分の仕事では無いなと思い、気にしない事にした。


ジゼの仕事は、エルミーに護身術の心得を説き、それを実践できるように技術を伝授する事だった。

依頼主はキースで、エルミーの体術の基礎は彼によって作り上げられた。


エルミーは一人で世界中を旅してみたいと思い立ち、その為には強くならなければと考えたようだ。

なので、彼女は一年程キースに稽古をつけて貰っていた。

しかし”強引な踏み込みからの重い一撃”という聖職者が常用する戦術はエルミーとは相性が悪かったようで、代わりに身のこなしで相手を攪乱する戦い方を好む賊上がりのジゼが彼女の訓練に付き合うことになった。

訓練を初めてすぐにジゼはエルミーの類い稀な素質に気がついた。

幼い頃から野山を駆け回っていた事が要因だろう。

瞬発力、持久力共に高水準で、己が持つ技術の全てを本気で叩き込めば高い戦闘能力を身に付けられるとジゼはエルミーを評した。

しかしジゼは、エルミーには戦い方よりも逃げ方を中心に教えていった。

筋量の差で力負けする状況が多くなるであろう事は容易に想像できる。そうなると、相手を負かすには必殺の一撃で相手を確実に仕留めなければならなくなる訳だが、ジゼはそれが問題であると考えた。自分が生きるために相手を殺さなければならない状況に陥る事もあるだろう。そんな体験を何度かしていく内に価値観が歪み、道を踏み外してしまう可能性をジゼは危惧していた。

なので、エルミーには戦術の理論を徹底的に教え込み、体術に関してはとにかく瞬発力の向上に重きを置いた。

ジゼは、避けて逃げる方法を常に念頭に置いて訓練を続けた。

逃げる事が出来れば、自分も相手も、双方死なずに済む。

それが最善であると考えたジゼは、とにかくエルミーに負かされない事を心掛けた。

勝利という成功体験が自信を生む。

そして自信は勇気を生み、その勇気は、挑む事、立ち向かう事を己に課す。

だからこそ、己は弱いと思わせなければならず、それでいて危機から自分を守る為にしっかりと護身術を身につけされなければならなかった。

ジゼは、面倒な仕事を請け負ったものだと思いつつ、ウイロウを一つ手に取った。

それから、もっと簡単な方法は無いものかと思案した後、旅に出るのを止める気は無いかとエルミーに問うた。


すると、片足を振ってくるりと背を向けた彼女は、もう何年も待てないからと、寂しそうに呟いた。

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