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EP.7 - 1

コアンという存在が齎した激動の一年から、歳月は寒季の終わりに吹く突風のように過ぎ、早十年。

キースは教会の入り口に立ち、朝早くから人々が賑わう様子を眺め、あの頃とは随分様変わりしたなと、思い馳せる。


当時、この地域一帯の集落は過疎化の一途を辿っていた。

山間の寒冷地で採れる作物は、平野部で採れるものとは味の質が違い、評価が高い。

また、鉱山の採掘場へ向かう中継地点として、この村は立地だけなら非常に優秀である。

だが、そもそも人が住むのに適した場所が少ない事と、自然の驚異に晒される頻度が高い事が人を遠ざけていた。


反り立つ山々と生い茂る木々に囲まれた土地で細々と暮らしていく筈だった村の人々の生活は激変した。

自然の恩恵と脅威をただ黙って受け続ける、受動的な生活に甘んじている状況を壊し、新たな産業を一から作り出して村を活性化させた立役者は、ユーシィだった。


ユーシィは、この地で観光業を興す計画を立てた。

当初はマークェイ家だけで地道にやっていたが、ある日クレイス家の融資話が持ち上がった。

教会と提携して莫大な資金の調達に成功したという噂が巷に流れると、それを聞きつけた中小の商家が次々と参画に名乗りを挙げ、事業規模は急速に拡大していった。

小規模な観光業から始まった過疎化対策は、その規模が拡大するに連れ様々な産業を巻き込んでいった。

そして村を観光地とする為にあらゆる人材と資材を投入し、急な天災にも耐え得る居住地域の開発を進めていった結果、過疎に悩んでいた村は、商売人達の中継地点としての機能を十分に持った、一大都市へと発展していったのである。


そんな奇跡のような成功物語を現実のものにした要因は、コアンの存在に他ならない。


クレイス家が主導した王家の統治からの独立劇。その影響は今や全世界に広がりつつある。

一つの宗教と一つの王が支配する世界は崩壊し、国家が乱立する混迷の時代へと突入した。

人々が持っていた既存の宗教観を崩したのはクレイス家の聖職者達であったが、それが成功したのは彼らがコアンの存在を巧みに利用したからだ。

つまり、革命や独立の波はコアンの名と共に広がっていったのである。


コアンの起こした奇跡は、人から人へと伝わる度に脚色されていった。

今や遠方に住まう人々ですら、彼女が過ごしたという土地を一度でいいから訪れてみたいと思わせる程に大袈裟な話となっている。

”重傷でさえも一瞬で治療し、死せる者を蘇らせた”という話の元が何であるかはキースも理解出来た。

だが、”巨大な動物に乗って暴れていた”だの、”炎を自在に操り森を焼き払った”だの、理解不能な話も少なくなかった。

なので、訪れた観光客にそれらの話の真偽を問われる立場にあるキースは対応に苦心していた。


今日は、そういう類の質問をしてくる観光客が特に多く訪れる日だ。

何故ならば、コアンの命日とされている日だからだ。


礼拝堂で祈祷を済ませた観光客が教会を後にするのを見送ったキースは、遠くの方にユーシィの姿を見つけた。

彼女は観光業に従事しだすと、キースとは距離を置くようになった。

古いしきたりに異を唱える者が増え、巫女という立場に以前程の価値を見出せなくなったからだろう。

そして、クレイス家から多額の融資を受けられるようになった今、わざわざ嫁ぐ必要も無くなった。

さぞ晴れやかな気分であっただろう。

教会の庇護に甘んじる事無く商売に注力し、いずれは大成して見せると、彼女は息巻いていた。

今もずっと忙しく働いていて、一年中各地を転々としている。

当然、婚約も破談となった。

そしてキースはと言うと、巫女を選定する事への重圧から解き放たれた事で気が軽くなったのか、後に別の女性を妻に迎えた。

観光客としてこの土地を訪れ、キースに一目惚れをしたと言って移住してきたその女性は、非常に勝気で、抜け目なく、あれよあれよと言う間に婚約まで話を持っていった。

終始流されるままであったキースだが、悪い気はしていなかった。

鈍さを指摘され尻を叩かれる事もあったが、たまに見せる柔らかな笑顔と、不意に聞こえてくる美しい歌声がキースの心を軟化させたからだ。


教会の前まで来たユーシィに、キースは軽く挨拶をした。

するとユーシィは、他人行儀の畏まった挨拶で返し、一礼した後、礼拝堂へと入ろうとする。

キースは、もう何年もまともに話をしていないので仕方ないと思いつつも、少し寂しさを感じたので、今日は歩み寄ってみようかと思いユーシィを呼び止めた。

振り返ったユーシィと目が合ったキースは、彼女の目元に疲労の痕跡がある事に気が付いた。

ユーシィの目は、コアンと共に暮らしていた頃は丸みがあって可愛らしい感じであったが、今は瞼が少し落ちて冷たい雰囲気を醸し出している。

商売で神経を擦り減らしているのだろうかと心配になり、気の利いた言葉をかけようとするも、何も思いつかず悪戯に時は流れる。

何か用かと焦れたユーシィに問われ、いよいよ追い詰められたキースは、ふと妻の言った、女は百の言葉で褒め続けろという言葉を思い出した。


何かにつけて鈍いキースへの、妻という立場の者からの助言は、彼には重すぎた。

語彙力が乏しい事を自覚しているキースは一瞬臆したが、他に何も語る事が無いので意を決した。

とにかく、思いついたことを差し障りの無い表現で語ろうと思い、キースはユーシィの目について話だした。

先ずは、十年前は可愛らしい目をしていたと、褒めてみた。

特に反応も無く無表情で話を聞くユーシィに圧を感じるも、言い淀んではダメだと思い、今は大人の女性らしい、知的な美しさを持った目になったと、続けてみた。

変わらず無表情で無言を貫くユーシィに、これ以上何を語りどう褒めれば良いのか思いつかなかったキースは、目元に疲れが見えるので少し教会で休んでいってはどうかと言い、逃げる様に話を切り上げた。


それを聞いたユーシィは、目を見開き、口をあんぐりと開けて、驚いた。

キースは、余計な事を言ってしまったのだろうかと不安になりながらユーシィの返答を待つ。

暫く呆気に取られていたユーシィだが、大きなため息をつき表情を戻すと、十年遅いと言って、少し沈黙した後、笑い出した。

釣られて笑い出すキースの胸板を小突くユーシィの目は、少しだけ昔の丸みを取り戻していた。


その後、自分の妻に用事があると言ったユーシィを、このまま案内して良いのだろうかと考えたキースだが、お言葉に甘えさせていただきますという一言で逃げ道を塞がれ、仕方なく礼拝堂の奥へと付き添うのだった。

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