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EP.6 - 13

村へと到着したコアンは暗闇に紛れつつ、いつぞやのように忍び足で教会へ向かう。

辺りは静まり返っていて、誰一人起きている気配も無い。


「おまえはそこでまってろよ」


後を付けてきた狐にそう命令するとコアンは教会の入り口に立ち、扉をゆっくりと開ける。

そして礼拝堂に誰も居ない事を確認するとコソコソと中に入り、慎重に扉を閉めた。


「……おい、あかりつけろ」

(へい、親分……)


俺は指示通りライトを点灯させた。

それ程広範囲を照らす事は出来ないが、これで足元くらいは確認出来るようになった。

しっかり照らせば椅子に躓いて大きな音を立てたりせずに済むだろう。


「……いいか、しずかにしとけよ?」

(わかってるって)


音を立てないように、慎重に礼拝堂を歩くコアン。

石畳の床には少量の砂利があるようで、時折それらが擦れるような音が鳴るが、この建物の住人であるキース達に届く程の大きさではない。


(何するつもりなんだろ)


コアンはたまに俺を正面に向け、礼拝堂の奥を確認する。

どうも何かを探しているらしいが、ここにあるものと言えば何だろう。


俺は始めてこの村に来た時の事を思い出した。

あの時もコアンはこの教会に忍び込んだ。

そして、お供え物の盗み食いをしたんだ。


(ああ……復讐って、結局盗み食いかよ)


一年経ってもコアンは何も変わらないらしい。

しかし、確かお供え物はいつも夕方くらいに回収していた気がするが、もしかして忘れているのだろうか。

自信満々で礼拝堂の奥へ進んでいく彼女を不審に思いつつライトが照らし出す場所を見ていると、異世界語を勉強していた時に使っていた黒板が視界に現れた。


「お、あったあった」

(あった……って、これ?)


黒板に用があるとは、意外だった。

これを使ってどんな復讐をするのか、何だか楽しみになってきた。


「んーっと……お、あるある」

(チョークか、何か書くつもりなんだな)


コアンは黒板の粉受けにあった白のチョークを手に取った。

そしてチョークの先を黒板に向け、少し泳がせると、右の方に何やら書き始めた。

先ず横長の楕円を描き、少し考えた後、左上の線を少し指で擦り、消す。

次に、擦って消した線の左端から真上に線を伸ばす。

線はカーブを描きながら右に曲がり続け、やがて下に向かい伸びていき、消した線をカバーするかのように山型の半円が出来上がる。


「………………よしっ」


その後、出来上がった歪な楕円の中に少し模様を描くと、コアンは黒板から少し距離を取りライトで照らして満足げに眺めだした。


(何が良しなのかサッパリ分からんが……?)


多分何かを表した絵なのだろうけれど、俺にはこれが何なのか理解できない。

どれだけ想像力を働かせても、潰れた饅頭にしか見えない。


「あとは、よこくじょーだな」

(え、予告状?)


まだ何か書くらしい。

予告状という言葉から察するに、これから行う復讐の内容を書こうとしているのだろう。


(予告状って……日本語で書く気か?)


エルミーはコアンの言葉を良く聞いて、意味を頑張って理解していたが、恐らく文字の方はあまり理解できていない。

一応、学者達がスマホに表示される文字を沢山メモっていたので、文字だと認識して貰えれば何とかなるかもしれないが、ただの汚れだと思われたら容赦なく消される。


(大丈夫かなぁ)


先程描いた絵を見る限り、文字のクオリティーも期待出来なそうではある。


「うーん……どーすっかな」


コアンはチョークを構えているが、なかなか書き始めない。

どんな文章にするか悩んでいるのだろうか。


「ふつーにかいても、あいつらわかんないだろうからなー」

(あ、そこは理解してるのね)


日本語が伝わらない事は流石に理解しているらしい。

では、どうするつもりなのだろうか。

そもそもどんな文章を書こうとしているのだろうか。


「あいるびーばっくって、どうかけばわかるかな……」

(はあ……"I'll be back."ですか)


どうやら、「また来る」と伝えたいらしい。

復讐の詳しい内容が伝わらない気もするが、それくらいなら簡単だろう。


(余裕余裕、お嬢でも書けるよ)


俺は保存しておいた動画ファイルを開いて再生してみせた。


「あっ……! おま、しずかにしろって……!」

(大丈夫だって、音量下げてるから!)


コアンは辺りを警戒しつつ、その場にしゃがみ込んだ。

そしてスマホの画面をタップしだすが、一時停止がされる度に俺が再び再生させるので動画は止まらない。


「ちょ……おまえ、おいてくぞ……!?」

(まあ待て待て、どうせ誰も来ないんだからゆっくり観てくれよ)


慌てふためくコアンだったが、動画が進むにつれて内容が気になりだしたのか、暫くすると画面をタップしなくなった。


「なんなんだよ……」

(最後まで観ればわかるさ)


俺が再生した動画は、つい先日撮影したものだ。

エルミーが悲しみと戦いながらも、なんとか言葉にする事が出来た別れの挨拶。

それを記録した、あの動画だ。


≪…………コアン≫


動画に映るエルミーが、コアンの名を呼ぶ。

それを聞いたコアンは一度辺りを見回し、誰も居ない事を確認すると、再び動画に注目した。


エルミーは唾を飲んだり、目をパチパチさせたりと、なかなか次の言葉を言い出せないでいる。

それを見たコアンは、「溜めるなぁ……」とか言いやがったが、無視だ、無視。


やがてエルミーは意を決したように小さく頷くと、息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。

そして……


≪……ハイデンチュア!≫


映像の中のエルミーは当然、あの時の様に笑顔で、そして涙を流しながら、その言葉を発した。

そこで動画は終わった。あの時、俺が録画を止めたからだ。


「えるみー………………おばさんにいじめられたか?」

(なわけねーだろ……っていうかユーシィの事おばさんって言うのいい加減やめてね?)


もう一度動画を観せないとダメなのかと思ったが、コアンは「大体分った」と言って立ち上がり、黒板にチョークを走らせた。


(おっ!? お……あぁ……)


コアンが黒板にひらがなで

『はい』

と書いたところまでは良かったが、その後、

『れん』

と来て、

『ちゃ』

と続けたところで流石にズッコケた。


(まあ、これが限界かな……)


俺は、自分の書いた文字をライトで照らし満足げにしているコアンが、これ以上の仕事を出来るとは思えなかったので、もう余計な手出しをしない事に決めた。


「よし、かえるか」


コアンはそう言うと、特に忍び足もせずに礼拝堂を歩きはじめた。


(落書きで満足して大事な事を忘れてるな……)


ここでアラームを鳴らしてキースを呼んでやろうかとも考えたが、止めておいた。

何せコアンは貴重な元日本人の転生者だ。

万が一彼女に見捨てられるなんて事になってしまったら、俺はこの世界で色んなチャンスを失う事になるだろう。

達成すべき最終目標の為にも、それだけは避けたい。

俺は、彼女が礼拝堂の扉をうっかり勢い良く閉じてくれないかなと思いながら、その動作を見守った。


「さてと、しあげだ」


コアンは教会を出ると、そう言って振り返った。

まだ何かやるのかと様子を伺っていると、彼女は懐から木の実を取り出して入り口にばら撒き始めた。


「ふふふ……これをみたら、あいつらびびってひっくりかえるぞ……!」

(ま、まあ……確かに?)


死んで墓場に埋葬された筈の人間が落書きをしに来たり、一緒に埋めた筈の木の実を落としていったりしたら、それはもう、後世まで伝わる怪談話になる事間違いなしだ。


(で、それが復讐か……かわいいもんだ)


人の生き死にに関わるものだったら流石に止めるつもりだったが、悪戯レベルの仕返しで安心した。


コアンは忍び足をする事を完全に忘れ、意気揚々と歩き始める。

すると、狐が目の前に躍り出て、お尻を向けて一緒に歩き出した。

コアンはその姿を見て何かを思い付いたらしく、立ち止まった。


「………………あのあな、うめとくか」

(えぇ……まあ、俺がやる訳じゃないから良いけど……)


確かに、復讐の為に化けて出たと思わせるのであれば、墓を掘り返した痕跡は隠した方が良いのかもしれない。

それに、そんな余計な事に時間をかけている内に村の人達に見つかって計画が台無しになれば、俺的には有難い。


「じゃ、しゅっぱつするかー」

(おー!)


出来ればこの村に残って欲しいが、コアンが行くというなら仕方ない。

所詮俺はスマホ、道具でしかない。

道具は持ち主の意向には逆らえないのだ。


「っていうかおまえ、あんまりちかよるなっていってるだろ……」


コアンは自分の周りをうろつく狐から距離を取ろうとして、ふらふらと歩く。

そんな彼女の顔を見上げながら、狐は軽やかな足取りで歩く。

仲間だと思っているのだろうか、狐は彼女に妙に懐いている。


「ついてくんのはいいけどさあ、おまえはあの…………あれ、なんてったっけ……?」

(なんの話だ?)


狐の耳と尻尾が生えているくせに、やはりコアンは狐が苦手らしい。

いったい何がそんなに気に食わないのか、気になるところだ。


「えーっと…………きのこえっくす?」

(エキノコックスです……)


成程、寄生虫のキャリアーのイメージが強くて、それで狐に怯えているようだ。

元の世界の記憶が断片的に残っていて、それが影響しているのだろうか。

それとも、この世界の狐もエキノコックスに寄生されている種が存在するのだろうか。


この世界に興味は尽きない。

きっと、コアンと一緒に旅をしていれば、いずれ色んな事が解ってくるだろう。

俺はその知識を蓄えて、それを、人々の生活を豊かにする為に活用しよう。

そうして徳を積み、めでたく大往生したら、愛しのあの娘の元に旅立つんだ。

俺は必ず帰る、真歩ちゃんのところへ。


「…………かならず、かえってくるからな」


コアンは立ち止まり、村の方へ振り返った。

どうしたというのだろう。思い残した事があるのであれば、今すぐ帰って貰っても構わないのだが。


「……かならずかえってきて、ういろうをくらいつくしてやるからな! おびえてまってろ!」


そう高らかに宣言した後、コアンは振り返り駆け出した。穴埋め作業の為に。


(復讐って、それかよ……)


俺はやっと、コアンが黒板に書いた歪な饅頭が大好物の家禽”ウィオン”である事を理解した。

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