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EP.6 - 11

棺桶の蓋を押さえつけている土を掘っている何者かに気が付いてから一時間が経過した。

謎の人物は、休み休みではあるものの作業は継続してくれているようで、何かを引っ掻くような音が相変わらず聞こえてくる。


「なんかねむくなってきたなー」

(えぇ……やめてよ……)


夜だから単に眠くなってきただけのような気がしないでもないが、脳が酸素を欲しているサインの可能性は十分ある。っていうか、そうでないとおかしい。普通ならもう死んでる。


(急いでくれぇ……頼むぅ……)


一時間でどの程度掘り進められたのだろうか。

掘っている時の音から察するに、あまり効率の良い道具は使っていない。

まさか手で掘っているなんて事は無いだろうが、不安は募る。

俺は、ガリガリ、ゴソゴソと土を削るを聞きながら、今か今かと待ちわびる。


「あれ? 誰か居る?」

(……!? 気付いた!?)


やっと、コアンが上に居る存在に気が付いた。

普段ならもっと早く気が付いていただろう。

劣悪な環境で体機能が低下しているのかもしれない。


「もしもーし?」


呑気な声でそう言うと、コアンは蓋を三度ノックした。

すると、ほんの少しの静寂の後に二回、何かで蓋を軽く叩く音がした。


「はいってまーす」

(トイレじゃないんだから………………えっ!?)


なんと、ノックが返ってきた。


(もうここまで到達してたのか!)


それならそうと一言声をかけてくれればいいのにとは思ったが、贅沢は言うまい。

それにまだ安心は出来ない。

蓋に触れることが出来るのに開けようとしないという事は、まだ一部の土しか除去出来ていないという事だ。まだ時間はかかる。


「わるいんだけど、いまねむいからあとでな」

(アホかっ!!)


俺は大音量でアラームを鳴らし、今まさに眠ろうとしているコアンの妨害をした。


「うるさっ! おとなりさんにめーわくだろが!」

(正気に戻れよ! アパートの一室じゃねーから!)


やはり、コアンはどこかおかしくなっているのだろう。

こういうのは例の回復チートで治せるのだろうか。

後遺症などは残ったりしないだろうか。

不安の種は尽きない。


「……ったく…………ちょっとねごこちわるいし、いったんそとでるか」

(…………? お、おう…………そうだな)


完全に記憶が混濁しているらしい。

閉じ込められているという事すら忘れているようだ。

極度のストレスが原因だろう。一時的なものであって欲しい。


「んっ……しょ………………あれ?」


コアンは蓋に両手を突き、押し上げようとした。

すると蓋はほんの少しだけ浮き上がったが、それ以上は開かなかった。


(まだか……)


見た所、前よりは軽くなっているようだが、まだ蓋は持ち上がらない。


「あのー、もしもーし」

(そうだな、もっと早く掘って貰うよう催促してもいいかもな……)


勿論、日本語が通じるわけがないのだが、雰囲気で察してくれるかもしれない。やってみる価値はあるだろう。


「ちょっとさ、かぎあけてもらっていい?」

(鍵て、お前………………鍵?)


ここに来て、更なる障害が立ち塞がった。

墓荒らし……主に野性の獣用の対策を施されている可能性は十分あり得る。


(もしそうなら、まだまだ時間がかかるぞ……)


外側から簡単に開けられるような構造であっては、対策として不十分だ。

だとすれば、留め具のようなものを使用して固定するだろう。

そういった類のものは、工具が無いと外せない。

上の人が何の目的でここに来たのかは知らないが、そんな都合よく工具を持っているだろうか。


「おーい、きいてるー?」


コアンが上の人に呼びかける。

すると、ついに返事が返ってきた。


――――――コアァァン。


しばしの静寂。そして……


「は?」

(は?)


俺とコアンは耳を疑った。

木の板越しに聞こえてきた、か細く弱々しいそれは、人の声ではなく、動物の鳴き声だった。

どうやら蓋の上を歩き回っているようで、てちてちと足の爪が木の板に当たる音がする。

俺たちが頼りにしていた謎の人物とは、人ですらなく、野生の動物だったのだ。


「…………ねこかな?」

(狐じゃ……いや、どうでもいいわ!)


人間だと思っていたから、何の目的で、こんな深夜に墓場を訪れたのだろうかと疑問に思っていた。

しかし動物であるならば、答えは一つしかない。

恐らく食料目当てで墓を掘り返そうとしたのだろう。

上に居るのが動物だと解った今、これ以上頼るのは諦めて自力で解決する方法を必死に考えるしかない。

猫だろうが狐だろうが、動物ではこの棺桶の蓋は開けられないだろうし、助けを呼んで貰う事もできないのだから。


(困ったな……一旦アラームを鳴らしてみるか?)


寝静まっているであろう村の住人が俺の音に気付いてくれるかは分からないが、蓋を覆っていた土が無くなったのであれば音の通りは良くなっている筈。やって損はない。

ついでに死肉を漁りに来た野生動物さんを爆音でビビらせて追い払ってしまおうか。


「しゃーない、やるか」


ストレージ内で良さげな曲を探していると、コアンが自信ありげな様子でそう言った。

俺は曲を流す準備を一旦止め、彼女の動向を見守る事にした。


(何か策があるのか?)


コアンはゆっくり、そして深く呼吸をしだした。

満足に呼吸出来るほどの酸素が棺桶の中にあるのかは疑問だが、蓋を覆っていた土が取り払われた事である程度は環境が改善されたのかもしれない。


「こぉぉぉぉぉぉ…………」

(この呼吸法……お嬢、まさか……!?)


これまで見た事のない様子で集中し、力を溜めるコアン。

今まで散々肩透かしを食らってきた俺でも、これは流石に期待してしまう。

無自覚とは言え、回復チート持ちの転生者だ。攻撃魔法の一つや二つ、持っていてもおかしくないだろう。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……………」


覇気のある呼吸を数度繰り返した後は、全身に力を込め、拳を握り脇を締め、膝を丸めて縮こまるコアン。

全身のバネを利用して一気に力を解放しようというのだろうか。

かなりの威力を持った魔法かも知れない、衝撃に備えろ。


「くらええええええええええええええええええ!!」


気合一閃、勢いよく伸ばされたコアンの両足は蓋を蹴り上げる。

……が、残念ながら蓋はちょっと浮いたくらいで止まってしまった。


(そんな事だろうと思ったよ……)


結局、攻撃魔法なんてものは使わず、物理で頑張るコアン。

一蹴りで決めるかと思いきや、両足を蓋に当てて突っ張り、力を込め続けている。


「ぐ……ぐぎぎ……」

(お、さっきよりも浮いてる気がするぞ、頑張れお嬢!)


期待していたものとは違ったが、折角やる気を出してくれたのだ、応援せねばなるまい。

自分にも何か協力できる事は無いかと考え、ちょうど検索途中だったストレージ内を見てみる。


(俺に出来る事…………あ、これはどうだ!?)


これを使えば、俺は今のコアンの力になれるかもしれない。

この、それ程大きなファイルサイズでもない音声データが、もしかすると人に力を与えるかもしれない。

効果が現れるかどうかは、やってみなければ分からないが、悩むより、やってやれだ。


(うおお! お嬢に力をっ!)


俺は音声ファイルを再生した。


≪がーんばれ! がーんばれ!≫


これは確か、どこかのフリー音源サイトが年度初めに『ご入学お祝いキャンペーン』と銘打って無料配布していた音声ファイルの一つで、タイトルは『生意気な小学生妹の応援ボイス(体験版)』だ。

小学生で妹なのは、まあ良いとして、生意気である必要があるのか甚だ疑問ではある。

しかも無料配布版なので頑張れというフレーズしか収録されていない。生意気要素何処行った。


「くっ……ぐぐぐぐぐぐぐぐ……」

(厳しいか!? いや、さっきよりもちょっとだけ押せてるぞ!)

≪がーんばれ! がーんばれ!≫


コアンが力を込める度、微かに木材が軋む音が聞こえる。

例えば蓋が金属製の留め具で固定されていたとして、それを人の手のみで外す事は難しい。

だが、留め具で固定された木材の方はどうか。

釘などで打ち付けられていれば、寧ろそこがウィークポイントになり得る……かどうかはわからないが、とにかく頑張って欲しい。


「ぐががががががががが……」

≪がんばれ、がんばれ!≫

(頑張れお嬢! 妹も応援してるぞ!)


音声には頑張れという台詞しか収録されてないが、バリエーションはあるらしい。


「ふぬああああああああああああ!!」

(お、おい! 何かミシミシいう音が大きくなってきた気がするぞ!?)

≪がんばれ、がんばれ、がーんばれ!≫


コアンの、予想以上の頑張りに俺は興奮を禁じ得ない。

応援にも熱が入る。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

(いけーーーーーーーーーーーーー!)


木の軋む音に変化が訪れた。

メキメキという音の合間に、木材が擦れる音が混じり始めた。

木と木の摩擦力とコアンの力の均衡が崩れようとしている。


≪がんばれ、がんばれ、がんばって!≫


どうやら両開きの蓋の、左右を繋ぐような留め具は無いと思われる。

だが夜露を吸収して膨張したか、それとも最初からピッタリのサイズで作成されたか、原因はわからないが、留め具が無くとも蓋はかなり開きにくい構造になっているようだ。


(がんばれ! がんばれ! がんばって!)

「うっとうしいからだまってろ! あほ!」


コアンはそう叫ぶと、折角調子良さそうだったのに足に力を入れるのを止め、俺を掴んで放り投げた。


(はい、すんませんでした……)


俺は音声ファイルの再生を止め、コアンを静かに見守る事にした。


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