EP.6 - 10
時は少しだけ遡り、コアンが埋葬されてから二日目の夜。
俺の輝きが照らし出すのは目前に迫った木の板。
土に埋められた棺桶の中という完全に外界から隔離された場所で俺は、本物の絶望を味わっている。
ここは地の淵、地獄の一丁目。
「うわあああああああああああああああ!」
(うわあああああああああああああああ!)
コアンの叫び声と俺の発する大音量のアラームが合わさり狭い空間がカオスと化している。
「だれかぁーーーー! たすけろばかやろぉーーーーーー!」
(立場考えろ頭が高いんだよバカ狐ぇーーーーーーーーー!)
まあ、頭の位置は地面より下なんですけどね。
……などと、ふざけた事を考えている場合ではなかった。
コアンは生きていた。
この表現が適切かどうかは分からないが、とにかく今は間違いなく生きている。
コアンの体に異変が起き始めたのは今から大体3時間程前。
土の中に埋められ、これからどうしようかと考えていた俺は、彼女の体が妙な音を立てている事に気が付いた。
その音は、かなり俺を不快にさせた。
例えるならハンバーグを作る為に挽き肉をこねている時のような、粘度の高い音。
そんな音が聞こえてきたから、腐敗が進んで人体がぐちゃぐちゃになっていく様を想像してしまい、気分が悪くなった。
そして、小一時間程その音が続いた後、彼女の体から一定のリズムで振動が伝わるようになってきた。
この後どうなってしまうんだろうと不安になりながら振動を感じていたが、暫く経って、その振動の発生源が脈動する心臓であることに気が付いた。
俺はその瞬間に自分のやるべき事を理解し、大音量でアラームを鳴らし始めた。
彼女が生きていると解って一瞬舞い上がったが、状況が状況なだけに喜んでも居られなかった。
生きている人間が土の中に埋まっているという事実を何とかして誰かに伝えねばと、俺が鳴らせるあらゆる音を、俺は鳴らし続けた。
その後、彼女は「うるせぇなぁ……」とぼやきながら目覚め、まるで気怠い朝のベッドの中のようにもぞもぞと動き、寝返りを打とうとした所で自分の置かれている状況に気が付いたのだった。
「くそっ! くそっ!」
コアンは蓋を力いっぱい押し上げようとするが、ビクともしない。
当然だ、棺桶の上には大量の土が乗っているのだから。
「ぐぬぬ…………………………はらへったな」
暫く頑張ったが全く成果が出ないので、蓋を開けることを諦め、近くにあった小さな木の実を拾って殻を割り、食べるコアン。
「…………ふぅ」
(食っとる場合かーーーーーー!)
木の実を何個か食べた後、一息つくコアン。
そんな悠長な事をしている場合ではないのだが、体力には限りがあるので仕方がない。
無限に等しい体力を持つ俺が助けを呼び続けるしかない。
「くっそー…………きっとぬすみぐいしたことをねにもってたんだな、こころのせまいやつらだ」
どうやらコアンは盗み食いをした罪で、罰として閉じ込められていると思っているらしい。
この村の人達に限って、彼女をそんな目に合わせるわけがない。
だが目が覚めたら箱の中に居て、しかも蓋が開かないなんて状況ではそんな風に思ってしまうのも仕方ないだろう。
「だっしゅつしたら、ぜったいふくしゅーしてやるからな!」
(無事に生きて出られたらな!)
コアンは”箱に閉じ込められた”程度に思っているようだ。
だが実際は、その箱がある場所は土の中だ。
そう易々と脱出できるような環境ではないし、もたもたしている時間的余裕も無い。
俺に搭載されている機能の一つである、気体の濃度比率を測定する為のセンサーはとっくに異常値を示していた。
かなり前に一度、警告用のアプリが自動で起動して独特な音のアラームを鳴らし始めたのだが、今更必要無いだろうと思い止めてしまった。
今は深夜だが、その時はまだ日が出ている時刻だったので、こんな事になるなら鳴らし続けて置けば良かったと後悔した。
このままではいずれ棺桶内の気体が人体に悪影響を及ぼし、折角目覚めたのに永眠するハメになるだろう。
そうなる前に何とかしなければならない。
「こんにゃろ!」
コアンは蓋を一発殴った。
鈍い音が鳴る。
土が覆いかぶさっているので音の響きが悪いらしい。
「おるぁ!」
もう一発、勇ましい声と共に鉄拳が叩き込まれる。
すると、殴った衝撃で両開きの蓋の隙間からパラパラと砂が落ちた。
「………………あれ?」
落ちてくる砂を不審に思ったらしく、コアンは更に何度か蓋を叩いた。
すると、その度に砂が零れ落ちてくる。
「…………………ころすきか!」
ついに、自分が何処に居るのかを完全に理解したコアンは誰も聞いてないのに思わずツッコミを入れてしまったようだ。
「なんてこった……ちもなみだもないやりくちだ……」
(涙は結構あったけどね……)
惜しまれつつ埋葬された事を今更伝えたところでコアンが納得する筈はないだろうが、せめて誤解くらいは解いておきたい。
だが一先ずは此処を脱出するのが先決、全てはその後だ。
「おい! そこにだれかいるんだろ!? いったんはなしあおう!」
(今は真夜中だから多分誰も居ないよ……あと、言葉通じないんだから話し合いはできないだろ)
コアンはもうパニック寸前だ。
あんまり喋って酸素の無駄遣いをするのもどうかと思ったが、彼女を止める方法が無い。
ならば一刻も早く誰かに気付いて貰えるよう一緒に騒ぐしかない。
「きいてんのかばかやろーーーーー!」
(誰か聞いてやってくれーーーーー!)
危機的状況ではあるが、埋葬された場所は村からそれ程離れてはいないので、全く希望が無いわけでは無い。
夜中の静けさなら、近くに誰か居れば気付いてくれる可能性はあるかもしれない。
しかし夜中なので、肝試しでもしてない限り墓場の近くに誰かが居る可能性は限りなく少ない。
(うーん、どちらかというと超絶望……もっと爆音が出せればなぁ)
俺の音を世界中に届けるチート能力があったらなぁなどと考えていると、また棺桶内に異変が起きた。
叩いて振動を与えているわけでもないのに蓋の隙間からかなりの量の砂が零れ落ち始めたのだ。
「おいおいおいおい、きいてないよばかやろー!」
(この量はヤバイって!)
砂はどんどん入ってくる。
酸素が無くなって窒息するのが先か、砂に埋もれて窒息するのが先か。
コアンは怯えて狭い棺桶の中で体を捩って落ちてくる砂を避けようとしている。
(もうおしまいだぁ…………………いや、待てよ……?)
絶体絶命かと思われたが、俺は落ちてくる砂に光明を得た。
このまま砂が棺桶内に落ち続ければ、必然的に蓋にかかる重量は軽くなっていく。
それはつまり、上手くいけばコアンの力でも蓋を押し開ける事が出来る様になるかもしれないということだ。
(お嬢! 蓋を叩け……って、出来るわけねぇよな)
この緊迫した状態でコアンが砂を落として蓋を軽くするなんて発想に辿り着けるだろうか。
俺が言葉で指示出来さえすれば何とかなるのだが、スマホである事が悔やまれる。
まあ、スマホでなく人間だったらコアンと一緒に棺桶に入ってたりはしないのだが。
「あ、ちょっ……もったいない」
気が動転して正常な判断が出来なくなったのか、砂のかかった木の実を集め出すコアン。
そして一つ殻を割って中身を口に含むと、一息ついた。
(食っとる場合かーーーーーーー! …………って、ちょっと待て!?)
コアンが木の実を食べ始めた事で大人しくなり、棺桶内に響く音がスマホから鳴るものだけになったその時、俺は気付いた。
(何か……音がする!?)
俺は慌ててアラームを切った。
すると、砂がパラパラと落ちる音の他に、蓋が軋む音、それから何かを引っ掻くような音が聞こえてきた。
「うむ、しょくじのときはしずかにしろよな、まなーだぞ?」
(正気に戻れお嬢! 上に誰か居るぞ!)
誰かが棺桶の上にある土を掘っているようだ。
助けを呼ぶ為にずっと騒がしくしていたので、いつ頃からそこに居たのかは分からない。
果たして、どれ程掘り進んでいるのだろうか。
(何処の誰だか知らないが有難い……頼む、急いでくれ!)
棺桶の中はもう、普通であれば人間が生きていられる状態ではない。
異世界だからなのか、何らかのチート能力が発動しているのか、今はまだコアンの体に異常は出ていない。
だからと言ってこのままであるという保証は無い。いつ容態が急変するかも分からない。
一刻も早く、せめて換気が出来る状態にしなければらない。
「うーん……このはざわりといい……のどごしのわるさといい……あんまうまくねーな、これ」
(はいはい……お外に出たら美味しいもの一杯食べようねぇ……)
差し迫る死と、突如訪れた希望。
その狭間にありながら豪気にも食レポを始めたコアン。
俺は彼女の発言に、まともに向き合うのを諦めた。
(現実逃避してるのかもな……まあ、下手な事言って土を掘ってくれている人の機嫌を損ねても困るし、このままでいいか)
俺は運命を上の人に委ねて静かに待つ事にした。




