後編
ロイドとカーネリアの間に子供ができたのは村に暮らしだして2年と少しが経った頃だった。
特に悪阻らしい悪阻もなく気付くのに遅れたカーネリア達であったが、子供ができた事にたいへん喜んだ。
生命と密接な関係にある魔力。その魔力が多いと老化が遅れると云われているが、様々な激闘を経て魔力が爆発的に増えたカーネリアの場合、老化どころか成長に遅れが出ていた。
20代でありながら10代前半に見えるカーネリアでは、子供を産む時に危険があると言われたのだ。
既に子供は成長を始めており、下すのも危険だったし、カーネリアが子供を産みたいと願った事もあり、子供を産む事になった。
20代半ばに見えるロイドと10代前半に見えるカーネリアが街を歩くと、年の離れた兄妹に思われ、夫婦だと告げるとロイドを犯罪者でも見る様な目で見る者もいるほどだ。
そんな二人の間に産まれたのは男の子で、アラン・ローデンハイムと名付けられた。
アランは父親似の色彩に顔立ちをしており、赤い髪に金茶の瞳をしていた。
アランが成長するに従いロイドは「俺が武術を仕込む!」と意気込んで、訓練を施していた。
産婆に子供を産むなら数年待った方が良いと言われ、ロイドとカーネリアの夜の格闘はなかったが夫婦仲は良好でおしどり夫婦ぶりを見せていた。
そんな親子三人に変化が訪れたのは息子の「弟か妹が欲しい」という言葉だった。
アランには村で仲の良い子供達が居るのだが、この度その子の下に妹が産まれたのだ。その赤ん坊を見てアランも弟か妹が欲しくなったのだ。
その夜アランが寝静まった後にロイドとカーネリアは話し合い、数年前より幾分カーネリアの身体が成長している事に気がついた。
一応アランを取り上げた産婆に身体の変化を見てもらってから、という事になってその日はお開きになった。
翌日、産婆に訊ねると、良い顔はされなかったがカーネリアであれば大丈夫だろう。と言われ、この日から夜の格闘、もとい子作りが始まった。
ロイド宅にはリビングキッチンの他に部屋が3部屋とお風呂があり、ちょっとした贅沢な空間が出来上がっていた。
一番大きな1室が夫婦の部屋で残りの二部屋が子供部屋の予定だ。
そんな親子のもとに新たな家族が産まれたのはアランが5歳になった年だった。
産まれて来たのは男女の双子で、ロイド宅は一気に賑やかになった。
アランは盛んに弟妹を見に来たが、仕事の終わったロイドにより修行という名の親子のふれ合いのため、しょっちゅう連れ出されていった。
アランはアランで剣の修行が楽しくて仕方のないようで、盛んに父親であるロイドについて回っていた。
むしろ、カーネリアの手が空いた時に行われる勉強の方が辛そうだった。
男女の双子は双方共に母親であるカーネリア似で、二卵性の双子にしては良く似ていた。
姉の女の子にエイプリル、弟の男の子にウヅキとカーネリアが名付けた。
二人が産まれたのが4月の温かな日だったからだ。
長女のエイプリルは色彩もカーネリア似で、黒髪に紫の瞳。次男のウヅキは黒髪に金茶の瞳をしていた。
子供たち三人はすくすく育ち、アランが15歳、エイプリルとウヅキが10歳になった時、カーネリアはアランを王都のケントルニス学園に入れる事を決意した。
都合良くカーネリアが最も勉強していた故国という事もあり、一通り教えて来た。
時々出駆ける街では様々な書物を買っていたし、入学金や授業料は冒険者時代の貯蓄で賄える。
それにケントルニス学園の試験を通っただけで着ける職種は増える。
子供の未来が明るい方が親としては安心だ。
勿論アランが嫌がれば強制する気はないが、試験を受けるだけ受けさせる事にした。
王都にある名門校ケントルニス学園を受験する事になったアランは呆気に取られていたが、唐突な事を言いだしたのは母親だけではなく、父親も「じゃあ、王都行くか」と遠足に行く感じに乗っている。
アランは後に妹、エイプリルが心配した両親の犯罪疑惑も考えたが、元来悩むには向いておらず、とりあえず受けるだけ受けるか、とケントルニス学園を受験して、好成績を残して学園入りを果たした。
アランが入学するまで王都にいたロイドだったが、アランが入学した後は早々に村に戻って樵業に精を出した。
そしてアランからの手紙の二通目にロイドとカーネリアの同姓同名の有名冒険者がいた様なのだがどういう事か、という殆ど核心に満ちた手紙が送られて来た。
アランからしてみれば斧の一閃だけで大木を切り倒す父親、魔法に造詣の深い母親、疑うには余りある。
自分達からは言う気はなかったが訊かれたら答える、という感じで答えた二人に、アランから抗議の手紙が三通目として届けられたのは長期休暇で戻って来る前だった。
ロイドとカーネリアが子供達に話さないどころか村人にも話さなかったのは、特別扱いされない為。
冒険者の成功とは、国に召抱えられない限り一世代だけのものだ。それをわかっているので二人は子供たちが自分で判断できるようになるまで話さなかったのだ。
実際、下の子供達には話していない。
長休暇で里帰りしに戻って来たアランを迎えにロイドは街に出で、釘を刺しに向かった。
アランはというと「犯罪に手を染めたのかと心配した」と語った。
ロイドは村に帰るまでに何故言わなかったかを説明し、弟妹達に話さない様に釘を刺した。
アランは思うところもあったようだが、父親であるロイドの言葉にも一理あると口を噤んだ。
そんなアランも騎士見習いを経て騎士になり、国に士分として迎え入れられた。
貴族最下級の士爵に取り立てられたのだ。
貴族間の争いで色々あるようだが、アランを気にいったブルランドル公爵が手を打ち、アランが貴族内のもめ事に煩わされる事はなかった。
そして、ついに下の子供だあるエイプリルとウヅキも15歳になり、カーネリアはアラン同様二人をケントルニス学園に入れる事にした。
「エイプリルとウヅキも15歳、学校に入って良い年よね! アランも王都にいる事だしケントルニスを受験しなさいな」
こうしてエイプリルとウヅキのケントルニス学園受験が決まった。
エイプリルとウヅキが王都に向かった晩、ロイドとカーネリアはゆったり食事をとっていた。
「なあ、カーネリア。子供達も大きくなった、冒険者に復帰しないか?」
そんなロイドの一言にカーネリアは少し思考に耽った。
冒険者は1年に1は依頼を受けなければならない。1年間依頼を受けないと級位を剥奪されるのだ。
20年以上依頼を受けていない二人が冒険者に復帰しても最下級の10級冒険者からやり直さなければならない。
勿論、金銭面や装備面では貯蓄のある二人は良い物を使えるが、最初からやり直しである。
「ゆっくりやりなおすのも良いわね。エルフの里に行ってマクノサイエにも会いたいわ」
こうしてロイドとカーネリアの冒険者復帰が決まった。
冒険者に復帰した二人は近場の街でのんびり依頼をこなしていた。
十代に見えるカーネリアは兎も角、二十代も後半に見えるロイドが最下級の10級冒険者であると知った、冒険者の中にはバカにする者もいる。
ロイドもロイドで主武器である大きな戦斧は魔法道具の鞄にしまっていて、何処にでもある量産品の片手剣を使っているので余計に下に見る者が居る。
そんな、のんびり冒険者生活を送っている二人に、冒険者ギルド支部の支部長から話しかけられたのはつい最近である。
何でも王都にある冒険者ギルドの支部長が二人に用があるので来て欲しいと言っているそうだ。
王都にある冒険者支部の支部長とは顔見知りな二人は、街の外に出られる9級冒険者になる試験を受けると、そうそうに旅立って行った。
王都に着き、冒険者ギルドで支部長に会うと、早速本題に入った。
何でも王都内に他国の闇ギルドと呼ばれる裏方の汚い仕事を請け負う組織が複数入り込んでいるそうだ。
通常であればこの国の闇ギルドが相手をするところだが、数が多すぎて手が回らないそうだ。
そんな闇ギルドが国営のケントルニス学園にも及んでいると知った国は、ギルドに依頼を出したそうだ。「他国の闇ギルドの人間を捕縛するように」と。
そして、冒険者ギルドも数人の冒険者に密偵まがいの依頼を出したが、若手が多くベテランも数人雇いたいと語った。
丁度ロイドとカーネリアが冒険者に復帰したと聞いた王都の支部長が呼び寄せたのだ。
この話しを聞いたロイドとカーネリアの二人は、子供の通っているケントルニス学園が危険と知り、一も二もなく頷いた。
こうしてケントルニス学園に潜入する五人の人間が出そろった。
少ないようだがケントルニス学園に潜入するなら学生か職員になるしかなく、それに合致する冒険者で実力もある者というと途端に少なくなる。
そんな五人が顔合わせとして呼び出されて一同に会した。
一人は国最年少の特1級冒険者の男の子、もう一人は1級冒険者の女の子。それに実践豊富なベテラン冒険者。そこにロイドとカーネリアが入った。
ベテラン冒険者はロイドとカーネリアを知っていたのか驚いた顔をし、特1級冒険者の男の子は二人の実力をわかってか無言で頷いている。一人女の子だけが二人の冒険者としての級位に首を傾げている。
五人の潜入の話は国からケントルニス学園に伝達されており、最低限の試験で学園に通えるそうだ。
潜入を開始した五人だったが、特1級の男の子は自分から最下位のクラスを希望してそちらに入り、1級の女の子は普通に最優秀クラスに、カーネリアは力を抑えて中の上クラスに入った。ベテラン冒険者とロイドは教師として入っている。
そんな5人の内真っ先にバレた。もとい身内と会ったのはロイドだった。
「入学おめでとう。剣の授業を教える事になったロイドだ」
ロイドがそう紹介したところで二対の視線が突き刺さった。
それもそうだろう、子供のエイプリルとウヅキにしてみれば晴天の霹靂だ。
その後授業が終わるとエイプリルとウヅキの二人はロイドに向かって突進して行った。
「な・ん・で、父が教師やってるの!? 母はどうしたの!?」
「ん? 母さんなら生徒として潜りこんでるぞ。会わなかったか?」
「「はあ!?」」
エイプリルとウヅキはロイドからカーネリアの教室を聞くと、慌てて駆けだしていった。
「はっはっは。母さんに遊ばれて来い」
エイプリルとウヅキを見送ったロイドは笑いながらも愛おしそうに見つめていた。
教室にやって来たエイプリルとウヅキをカーネリアは直ぐに感知した。
話していた生徒と会話を終了させてカーネリアは教室の入り口へとやって来た。
「母さん!?」
ウヅキの叫び声を聞いて教室の視線がエイプリルとウヅキ、カーネリアに向かう。
先程カーネリアと会話をしていた生徒が「母さん?」と呟いた声を拾ったカーネリアは、ニッコリと笑って嘘をのたまった。
「私のニックネームよ。ほら、カーネリアでしょ」
これを着ていた教室の生徒は「カーさんね」と納得気だ。
そんな母親の行動に頭痛を覚えたエイプリルとウヅキは、カーネリアを教室から連れ出し遮音の魔法を使った。
「母!? 何やってるの!? 村はどうしたの?」
殺気立つエイプリルにカーネリアはのほほんと返した。
「うふふ。ほら、私って王都に住んでいたけどスラム出身でしょ。学校って行ってみたかったのよね」
「「うふふ」じゃないよ。母さん幾つだと思ってるの!? 授業に出たら父さんがいるし、話を聞けば母さんは生徒として入ってる始末。本当に何考えてるの!?」
母親の呑気具合に頭痛が痛くなって来たウヅキは叫んだ。
そんなウヅキを見てカーネリアは笑みを深めると二人に向けての言葉を発した。
「それに二人の誕生日を祝いたかったし。もう直ぐでしょう」
そんなカーネリアの言葉を聞いてエイプリルとウヅキはガックリと肩を下した。
最優秀クラスでは上位貴族が多く虐めもあったようだが、カーネリアのクラスは下級貴族だったり商人の子供もちらほら居て虐めらしい虐めはなかった。
カーネリア達は学業や教鞭の間を取ってケントルニス学園に侵入した他国の闇ギルド員を探った。
カーネリアとロイドは下町に降りたりして、昔の知り合いなどの伝手をたどって次々と捕縛して行った。
そんな中、子供達にブルランドル老公爵が接触していると知らせを受けた。
最初ロイドは貴族中の貴族が他国の手の者になっているのかと危険視したが、カーネリアが可能性の話だけど、と出生の話しをして様子を見る事になった。
思い返してみればロイドのパーティーにカーネリアが加入してから、ブルランドル公爵家は親切にしてくれていたのである。
子供たち三人がブルランドル公爵家に行く日、そっと三人をつける人影があった。
その人影は人に紛れて目立たず、公爵邸ヘまでやって来た。
人影は屋敷の裏手に回って、中庭を通ってとある部屋の窓辺へと張り付く。
そんな部屋の中では、ブルランドル老公爵と子供達三人が話しをしていた。
中を窺う人影を知らず老公爵は涙を流して子供達三人に語りかける。
老公爵は子供達三人の祖父でカーネリアの父親だと話していた。
そんな話しが初耳だった子供達は目を白黒させている。
老公爵の話し口調は流石ベテランの政治家というもので、説得力に富んでいた。
その中に両親が冒険者の中でも成功した一握りの存在と知らされたエイプリルとウヅキは驚いていた。
実はカーネリアはこの国出身の冒険者として知られており、ロイドが過去特1級の冒険者としてケントルニス学園で教鞭を振るっている事は学園内で知られていた。
驚いているエイプリルとウヅキを叱るアランに人影は苦笑を洩らした。
エイプリルは料理に一直線だし、ウヅキも魔法オタク。ついでに言えばアランも剣術オタクなので一つの事にとことんのめり込むのは家系かもしれない。
そんな子供たち三人に老公爵は公爵家に戻って来て欲しいと言った。
これは子供たちだけで解決するには事が大きく、窓辺に佇んだ人影達は窓を開けて室内へと踏み込んだ。
「失礼します」
そう言った人影の片方、カーネリアは突然の訪問で驚く老公爵と今は持っていない武器に手を伸ばそうとするアラン、呆気に取られているエイプリルとウヅキを見つめた。
カーネリアに続いてロイドも室内に入って来てカーテンを直す。
今は真夏なのでどの家も窓を開け放っていたのだ。
カーネリアは老公爵に微笑むと、老公爵が自分の父親である事を知っていたと語った。
驚く老公爵に証拠の品を提示する。提示された証拠の品、指輪とブローチは当時の輝きと同じ光を放ちカーネリアが大切に取っていたのが解る。
そして、その証拠の品を見た老公爵の瞳から大粒の雫がポロリと零れ落ちた。
「私は既に独り立ちした身。ですが、親が子に会いたい気持ちは解るつもりです。ですが……この話しはもう少し待っていただきたい」
カーネリアがそう言うと老公爵の目が為政者の光を灯し、口髭を扱いた。
「ワシの方でも調べている」
そう語った老公爵と母親にアランは難しい顔をした。
アランは仕事柄、他国の闇ギルドがこの国に魔の手を伸ばしている事を知っているのだ。
老公爵との邂逅からエイプリルとウヅキはブルランドル公爵家で寝起きしているので護衛は十分についているし、アランの方も騎士団の寮で生活しているので、安全とみたロイドとカーネリアは危険に身をさらし、次々と他国の闇ギルドの一員を捕縛した。
そして、ついに指揮者をつきとめ一網打尽にした。
問題が解決したロイドとカーネリアの二人は老公爵と面会して、今後の話をした。
騎士のアランは今後の事を考えれば、どうしても貴族の身分が必要になる事は火を見るより明らかだ。
エイプリルとウヅキにしてもしたい事(料理と魔法の研究)を考えれば貴族の肩書は十分武器になる。
そんな事を抜きにしても人の親となったカーネリアは、親が子に会いたい気持ちは十二分に理解できる。
悩んだ後、今後貴族社会に入るに従って問題が出ないのかと訊ねた。
「我がブルランドル公爵家の存続は畏れ多くも王家の皆様も心配しておられる。最初からこのつもりで動いていた。心配なら分家の者と会うか?」
老公爵は悪戯が成功した子供のように笑ってそう答えた。
今後の事が心配だったカーネリアは実際に分家の者と会う事にした。
会ったカーネリアは呆気に取られる事になった。
怯える者、心酔する者、崇める者、泣きだす者、それもう阿鼻叫喚だったのだ。
カーネリアは心の中で「ジジイ、何した!?」と思ったがグッと堪えた。
結果として、アランが公爵の名を襲名する事に何の問題もない事が解った。
その後、ロイドとカーネリア、老公爵、アラン、エイプリルとウヅキが揃って話し合い、公爵家入りする事、アランが嫡子としてブルランドル公爵を継ぐことが決まった。
そしてお披露目の園遊会。
今回の公爵家入りする者が過去特1級冒険者パーティーの者と知った王族は喜び、貴族の仲間入りの応援として王族を送り出した。
呼ばれた貴族もブルランドル公爵家と仲の良い貴族が多く、殆ど問題も無く終わった。
そして、園遊会の終わった公爵邸でカーネリアは長息をついた後にクスリと笑った。
(スラムに転生して冒険者になって結婚して。ついには公爵令嬢? 人生奇想天外過ぎるわよ。まあ、でも幸せだし面白い人生よね)
最後までお読みいただきありがとうございました。
前後編の中編ですが楽しんでいただければ幸いです。