樵の娘は公爵令嬢
私は辺境の村に住む樵の娘、エイプリル・ローデンハイム15歳。母の作る料理に芸術性を感じ料理に目覚めた村娘だ。
料理は良い。作るのも食べるのも好きだ。
そんな私は双子の弟、ウヅキ・ローデンハイムと共にガタガタと動く馬車に揺れて王都にあるケントルニス学園受験のために上京している。
そもそも王都にある名門校を受験する事になったのは、母カーネリア・ローデンハイムの鶴の一声が始まりだった。
「エイプリルとウヅキも15歳、学校に入って良い歳よね! アランも王都にいる事だしケントルニスを受験しなさいな」
そんな母の言葉で国最難関の名門校を受験する事になった。
アランというのは私達双子の実兄にして長兄のアラン・ローデンハイム。村息子のくせに王都で騎士団に入っている。
そんな兄の母校がケントルニス学園で、学園には王侯貴族に大商人の子息子女が入学して来る。たかが樵の息子や娘が入学できる学校ではないのだ。入学金や授業料が特に!
「我らが父と母の何処にそんなお金が? まさか犯罪に手を染めてはいないわよね!?」
「エイプリル落ち着きなよ、兄さんも卒業したんだよ。大丈夫に決まってるよ。それに兄さんが父さんと母さんの事は深く突っ込むな! って言ってただろう」
「うう……。そうだけど」
溜息を吐いてウヅキを見るとショートの黒髪に金茶色の瞳が私に良く似た顔で目に映った。
男女の双子にも拘わらず私とウヅキは似ている。まあ、どちらも母親似というところか。違うところはというと髪の長さと目の色位。私が母と同じ紫の瞳でウヅキが父似の金茶の瞳だ。
「だけど、普通平民は学校には行かないよ」
「ま、そうだけどさ」
学校は有料なのでお金のない平民は学校には行けずに終わる事が大半だ。行けるのは一握りの商人の子ぐらいだろう。私達にそれは当て嵌まらない。
王都に辿り着いた私達は兄のいる騎士団の詰め所へと向かった。
受付にいた見習い騎士の男の子に名前を告げて兄を呼んでもらう。その時に「副隊長ですか!?」と言っていたので兄は騎士団で出世しているらしい。
「エイプリルとウヅキか、良く来たな。〝竜の子守り亭〟という宿を予約しておいたからそっちに行ってくれ。俺は騎士団の寄宿舎に入っているから泊められないんだ。仕事が終わったら俺も向かう」
兄が予約していてくれた宿〝竜の子守り亭〟の一室に向かい旅の疲れを癒していると、仕事の終わった兄がやって来てくれた。
兄の仕事の休みの日にケントルニス学園へ受験の願書を提出しに向かう事になり、その日は久々に兄妹三人揃っての夕食になった。
父や母が居れば家族そろっての夕食なのに……、と思った事は心にしまっておこうと思う。何だかんだで15年過ごして来た家を出てホームシックになっているのかもしれない。
受験の願書は受理され、受験の日を迎えた。
試験は筆記試験と実技試験に分かれており、筆記試験は皆同じで実技試験が剣技の試験と魔法の試験に分かれている。
私達双子は魔法試験を選んで受験した。
剣や魔法は父と母が教えてくれた。何で村人の父と母が剣や魔法に詳しいのか解らないが、結構博識なのではないだろうか。父の場合剣より斧の方が得意で良く鍛錬をしていたのを見た事がある。もしかしたら冒険者をしていたのかもしれない。
あ、冒険者というのは動物やモンスターという危険生物を狩ったり、様々な生産の素材となる物を採取したりする人達の総称で、冒険者ギルドという所で登録するとなれるそうだ。
モンスターは動物と似たような姿をしているものが多いが、とても凶暴だ。
何でも実力主義で生まれは関係ないらしいし、高ランクという冒険者でも一握りの成功者には王侯貴族でも頭を下げる人もいるとか。
そうそう、兄は剣技の試験を受けたそうだよ。
私としては剣より魔法の方が得意かな? って感じなんだよね。弟のウヅキは魔法オタクなので魔法試験一択ってところか。
ケントルニス学園の試験に合格した! 以外に簡単だった。
学校というのは15歳~18歳の仕事をしないで良い裕福な人間しか入れない環境にある。
平民ってカツカツな生活しているから、子供といえども働かないとやって行けない。本来であれば私やウヅキも働かないといけない。でも、母のあの鶴の一言で受験が決まった訳だ。
ま、兄も学園に通ったけどね。
そんな訳でケントルニス学園に入学が決まった訳だけど、何と最優秀クラスに入る事になったの。最優秀クラスっていうのは、ケントルニス学園の入試の試験順にクラスが分かれていく中での最初の一番のクラスってわけ。
私としては笑顔でテスト用紙を作って渡して来る母の方が怖かったし難しかった。
15歳以前は学校っていうものがないし、基礎的な問題が多くても仕方ないよね。
入学が決まって一部ケントルニス学園の施設が使えるようになり、私達は学園の斡旋する仕事を選ぶ事にした。
ケントルニス学園内にある仕事の斡旋は将来を見据えた物で、騎士団の見習いなど重要な物もある。そして、学園に入学できるだけで大抵の仕事につく事ができるのだ(見習いだけど)。
ウヅキは早々に魔法研究所という魔法の研究を生業とする部署を選び、私は食堂の料理スタッフを選んだが、募集は男子のみと断られてしまった。
(何が厨房は男の聖域よ! 家庭だったら女性が料理するじゃない! なのに何で女ってだけでダメだしされなきゃならないのよ! 悔しい!)
私は必死で涙を出さない様にしようとしたが抑えられない。
ポロポロ涙をこぼす私にウヅキがハンカチを貸しながら頭を撫でてくれる。
「今のこの国の。いや、この世界の料理人は男ばかりだ。平民主体の店なら女性もいるが貴族階級なら男ばかり。そんな事エイプリルも知ってただろう。涙を拭いてもっと別の案を考えよう」
「ひっく、……ぐす。そうよね、ここでダメだしされたって他の所でやれば良いわよね!」
ケントルニス学園の各学食全てを回って、売り込みしたが成果はゼロ。
そう長く宿をとっている訳にはいかず、そうそうに寮に入る事にした。
寮に入って直ぐにウヅキは魔法研究所に向かった。
私はというと寮の食堂に日参している。毎日朝昼晩、食事の後、手が空くまで待って厨房に顔を出している。
私の三顧の礼に根を上げた厨房の料理長が働かせてくれる言ってくれた時には、嬉しさで飛び跳ねた。
私もウヅキも入学前から目まぐるしく、そしてやりがいのある生活をしていると、とうとう入学式が始まった。
真新しい高級な制服に身を包んだ新入生を迎えるのは、同じく高級感漂う制服を着た上級生。はっきり言って場違いもいい所だ。
入学式が終わると授業が始まる。
モンスターという脅威がある世界ゆえか、初授業は剣の授業だった。
剣が苦手なウヅキはやる気がただ下がりしている。
「入学おめでとう。剣の授業を教える事になったロイドだ」
そう、教師が紹介しているけど、どう見たって父ではないか!
私とウヅキは顔を見合わせると父をガン見した。
なんで樵の父が!?
授業が終わって質問するふりして近寄り、父を問い詰めた。
「な・ん・で、父が教師やってるの!? 母はどうしたの!?」
「ん? 母さんなら生徒として潜りこんでるぞ。会わなかったか?」
「「はあ!?」」
私の問いに父は呑気に答えた。
魔力という生命力とも結びついたものがあり、それが多いと老化しにくくなる。
そんな魔力を幼少のころから使っていた母は成長まで遅くなり、未だに10代半ば程の見ためだ。父がロリコン疑惑をかけられるほどだ。
確かに生徒として入りこめるだろう。
私とウヅキは廊下を早足で進み、父から訊いた母の教室へとやって来た。
同じ制服に身を包み、髪形を華やかにした母は確かに美人で、生徒として溶け込んでいた。
「母さん!?」
その様を見たウヅキが声を張り上げた。
いや、私も大声を出すところだったよ。母よ、溶け込み過ぎだ……。
母さん? と疑問符を浮かべる生徒達に母は「私のニックネームよ。ほら、カーネリアでしょ」とニコニコ嘘を並べていた。
教室から出て来た母を連れて廊下に出れば、ウヅキが魔法を使って音を遮断した。
「母!? 何やってるの!? 村はどうしたの?」
「うふふ。ほら、私って王都に住んでいたけどスラム出身でしょ。学校って行ってみたかったのよね」
「「うふふ」じゃないよ! 母さん幾つだと思ってるの!? 授業に出たら父さんがいるし、話を聞けば母さんは生徒として入ってる始末。本当に何考えてるの!?」
いつも冷静なウヅキも流石に青筋をこめかみに浮かべていた。
私とウヅキが二人がかりで詰め寄っても、母は楽しそうに笑っているばかり……。ッチ、父に話を聞いておいた方が理由が解ったかも。
舌打ちをしたい気分だがもう直ぐ授業も始まるし、こうなった母が話すとも思えない。
追求を諦めた私達に母は微笑んだ。
「それに二人の誕生日を祝いたかったし。もう直ぐでしょう」
そんな母の言葉に私達は敗北を悟った。
私達の誕生日も過ぎ幾つかのイベントも終わった頃、私達はケントルニス学園に受け入れられていた。
最初平民という事でイジメもあったが良識のある貴族が止めてくれたり、実力で黙らせたりする事に成功した。
ウヅキは魔法研究所で早々に研究員に抜擢され、私は夏の長期休暇にさる公爵邸で調理スタッフとして働かないかと誘いを受けていた。そのさいに兄妹で是非来てくれとの事だったので、お礼を言うつもりだ。
長期休暇に入り私は事前に相談していた通り兄とウヅキと共に行く事にした。
兄は騎士になってからそれとなく助けてくれたお礼に、ウヅキはウヅキの研究班に出資してくれたお礼にいくのだ。
公爵邸に着くと丁寧な対応で応接間に通された。
直ぐに老公爵が現れ、私達を見ると涙を流しながら語り出した。
「おお、やっと会えた。ワシは君達の祖父だ」
そして、唖然とする私達に解りやすく話してくれた。
老公爵には王女から降嫁した妻が居たが、結婚する前から行儀見習いとして来ていた下位貴族の娘と恋仲になったそうだ。
しかし結婚した妻はプライドと悋気が激しく、身ごもっていた女性を屋敷から追い出してしまったそうだ。
更には、女性の親類縁者にまで手紙を出し、縁を切らせる始末。
老公爵が必死に探したところ、王都のスラム街で見つかったそうだ。
何とか妻に解らぬように守りながら生活させていたが、女性は過労がたたって早々に亡くなってしまった。
一人娘を引き取ろうにも妻は応じる気はなく、逆に娘に手を出しそうだと思った老公爵はそっと娘を見守っていた。
娘の方はというと冒険者としてどんどん出世して、他の冒険者とパーティーを築きついには最高位の冒険者にまで上り詰めた。
その頃、妻の元王女と一人息子を立て続けに亡くし、娘に声をかけようにも成功している娘に声はかけづらい。
そうこうしている間に娘はパーティーを組んでいた仲間の一人と結婚して田舎に引っ込んでしまった。
そして15年ほどたって孫がケントルニス学園に入学したのが解ったそうだ。
その孫は騎士を目指しているのなら、貴族位は邪魔にならない。寧ろ出世には役立つ。
「ええ!? 父と母ってそんなに偉い冒険者だったの!?」
驚いている私とウヅキに兄は「お前達、何を勉強していたんだ!」と言われた。面目ない。
「それでな、もし君達が良ければ公爵家に戻って来てはくれないか?」
「そういう事は両親に言っていただかないと」
公爵の話に兄が代表して答えた。
その話を聞き老公爵は悲しげな表情をした。
そして、語る。今更父親だと名乗りを上げても、娘カーネリアにはその他大勢の名声欲しさの群衆に思われないか、と。
そんな時応接間の窓があき「失礼します」という声が聞こえた。
入って来たのは父と母だった。
そして、母は一歩前に出ると老公爵に微笑んだ。
「貴方が私の父親だという事は知っていました」
「まさか……。知っていたのか?」
母の一言に老公爵が呆然と呟いた。
「知っていました。貴方には元王女の奥方と息子が居た。私に何もできない事も知っていたのですよ」
母は更に言葉を続け、老公爵が母の父だという証拠もある。と言って二つの物を取り出した。
一つは古ぼけた指輪で、もう一つは少し古くなっているが品の良いブローチだった。
「それは! ルーレシアの指輪とワシがやったブローチではないか!?」
「ええ、そうです。母の家に代々伝わっていた家紋を彫った指輪と、貴方が母に贈った公爵家の家紋が彫られたブローチです。母はスラムに落ちてもこれらだけは売らず、私に託して亡くなりました」
母から祖母の話を聞き、祖父の瞳から涙がこぼれた。
「私は既に独り立ちした身。ですが、親が子に会いたい気持ちは解るつもりです。ですが……この話しはもう少し待っていただきたい」
母の話に老公爵はスーと目を細め威厳ある表情になった。所謂為政者の目とでもいうのだろうか。
「ワシの方でも調べている」
私には母と老公爵の話は解らないけれど、兄はわかったようで難しい顔をした。
しかしわかった事もある。
老公爵が私達の祖父だったという事だ。
祖父と出会ってから一月程が経った日、祖父主催の園遊会で私達は正式に公爵家の者として紹介される事になった。
公爵の地位はいずれ兄が継ぐことが決まった。
これには最初母が難色を示していたが、祖父が黒い笑みを見せた。
「最初からこのつもりで動いていた。心配なら分家の者と会うか?」
と言われ、母は実際に会って来た。
その結果がこの園遊会だ。
今回の主旨は王族の方も知っているそうで、来賓者の中に王族が含まれている。
ああ、まさか樵の娘が公爵令嬢とは。
まさに人生奇想天外過ぎる。
もともとは母カーネリアを題材とした長編を考えていました。
しかし長編をもう一本手がけるのは難しそうなので短編に圧縮しました。
わからない部分もあると思います。カーネリア視点も書くべきでしょうか?
何はともあれお読みいただきありがとうございました。
「狐少女の日常」も宜しくお願いします。