第08回 魔王の参謀
ヤジェル山の山肌を切り開いて築き上げられた8層にもおよぶ漆黒の魔王城、その最上層に玉座の間があります。
魔王への定時報告を終え、魔人ベルーゼは玉座の間を出てくるや、ベランダで踊り出しました。
━━生きている。まだ、ワタクシは生きている!今日だけで何度、死んだかと!楽しい!実に楽しいぃ!!
恍惚の笑みを浮かべ弾むように踊ります。
━━魔王がその気になれば、いつだって世界を滅ぼせるというのに。まぁ、その気にならないおかげでワタクシが楽しめるのですがね。ククク。
踊りながら、ふと視線をベランダの外に向けると、そこは青く輝くカルデラ湖が拡がります。その湖畔には黒い群集、魔王軍がみえます。踊りをやめて、ベランダの手すりに寄りかかります。
━━飽きもせずに、よくやってる。何が楽しいのやら。どうせ死ぬんだから楽しめばいいのに。
魔王軍の塊は規則正しく動きます。流人の中から将軍に据えたカジーンによる成果です。そんな魔王軍の調練をベルーゼはつまらなそうに眺めています。やがて自嘲気味に笑みを浮かべると、
━━アンタら、あの時に死んでいたら楽だったかもしれないのにねぇ。
と、この先に起こるであろう破滅の未来を感じてつぶやきます。ベルーゼの興味は、ただ、いつこの暴力装置の安全弁を外すかだけです。そのために形式上ではありますが魔王から軍を委ねるように働きかけてきました。
ベルーゼが魔王と謁見できるようになった頃、魔王城には複数の魔人が仕えていました。そこにベルーゼは魔王軍の編成をうったえたのです。魔王軍の編成を認めない魔人たち。ベルーゼにとって、じつにつまらない、くだらない者たちです。
━━なんのために魔王軍なんて編成しようとしてるんだ?
他の魔人たちが問いかけてきたことがありました。そのとき、ベルーゼはたった一言、
━━力があるなら使うべきでは?
と答えました。これには、魔人は誰もついていくことができず、ひとり、またひとりと魔王とベルーゼから離れてゆきました。皮肉にもベルーゼが編成した魔王軍には魔人がおらず、軍の幹部は人間の社会から弾き出された流人で構成されていました。
魔王軍の調練の風景に飽きると、ベルーゼは次のターゲットに思いを寄せ残忍な笑みを浮べます。
━━さて、あとは勇者ですか。こちらも楽しめればよいのですが。ククク。
ひとしきり笑い終えると、ベランダからひとつ影が消えます。
こちらは『ミシェルおばさんの宿』の一室。ウォルドが荷物をまとめています。
「それで、何処へ向かうの?」
「そうだね。知らないこと、知りたいことがいっぱいあるけど、まず、ギーニスに会わないと。」
「ギーニスって、幼なじみで勇者っていう?」
「そう。魔王討伐に向かっているなら、もうスバルニア帝国に入国する頃だと思うんだけど。」
「ふーん。わたしには、その魔王討伐ってのがよくわからないんだけどなぁ。」
「それなんだよね。僕はいままで考えてもみなかったんだよ。それが当たり前だったからさ。」
「人間ってよくわからない。」
ふと、ウォルドは手を止めます。おもちゃのようなペンダント。
「こんなところにあったのか。」
手作り感の強い木彫りのキートップ。
「なに、それ?」
「うん。これね、ギーニスたちとパーティーを組んで、一緒にやっていこうと誓ったときに作ったんだよ。」
いつの間にか、誰もつけなくなっていました。あの時はだれもが希望に満ちあふれていました。
「持っていても、というのがあっても、捨てるのもなあ。」
「なら、持っていれば?捨てるのは一瞬だし。」
「そうだね。」
鞄の奥の方にしまいこみます。
「それで、どこに行くんだっけ?」
「あぁ、うん。スバルニア帝国へ向かうけど、途中に王都プルサがあるから、そこに寄って情報収集するよ。」
「王都プルサ?」
「マルド王国の首都、中心で王様がいるんだよ。だから、色々な人や物が集まるんだ。だから、情報も集まるし冒険者ギルドも大きいから、行く価値があるんだよね。」
「でも、そこにはギーニスってのがいないんでしょ?」
「うん。いないと思う。でもスバルニア帝国まで最低10日はかかるから、途中で休まないといけないしね。」
「え!?そんなにかかるの?」
「そりゃそうだよ。」
「うそ。この世界、不便すぎる。」
ビと話しているうちに、荷物をまとめ終えました。
「4年になるのか。」
ウォルドはつぶやきました。だいぶ捨てる物も多かったけれど、部屋はがらんとした何もない部屋になりました。
部屋を出て、2階から階段を下りて1階へ。そこには宿の女主人、ミシェルおばさんがいました。おばさんには昨日、宿を出ることを告げています。
「ウォルドも行くんだね。寂しくなるねぇ。体には気をつけるんだよ。また、ギーニスと一緒にやるなら、ギーニスが無茶しないように、しっかりとウォルドが手綱を引くんだよ。それから、こっちに帰ってくることがあったら必ず顔を出しておくれ。」
そういうと、おばさんは道中にお食べ、とサンドイッチを渡してくれました。ウォルドは深々と今までお世話になった礼をしました。
ウォルドは宿を後にします。ですが、王都プルサに向かったウォルドのその先には、思いもかけないことが待ち受けているのでした。




