第09回 トール村の討伐クエスト
国境付近の山岳地帯の街道は山道ゆえに馬車には少々骨が折れます。さらには深い朝靄が立ち込める険しい道のりを馬車はゆっくりと進んでゆきます。
「はぁ、王都は最高だったのに、なんでこんなとこにいるのかねぇ。もっと王都で楽しみゃいいのに。まぁ、帝国に行きゃあ、王都の比じゃねぇ楽しみがあるか。ケケ。」
下卑た笑いでバッガルは御者台に座って馬を操ります。時折、密閉型の客室を振り返っては、あらぬ想像でニタつきます。
「こんだけ道が悪けりゃ、お楽しみだわな。ケケ。」
御者扱いの鬱憤からか、中へ聞こえないことをいいことに、好き放題いってます。
突如、霧のなかに人影がみえました。
「うぉっ!あぶねぇ!」
慌てて馬を御します。もともと道の悪い霧の中をゆっくりと進んでいたので馬はすぐに止まってくれました。
「やいやい、あぶねぇじゃねぇか!」
見ると袖から水が滴るほど濡れた老婆が立っていました。ゆっくりとバッガルを見ると目を見開き、
「村を、村を助けとぉて!」
しわがれた声で訴えてきます。
「んで、こんなとこで止まってんだよ!」
ギーニスは欠伸をかみころし、胸元を掻きながら馬車から降りてきます。
「村を、村を助けとぉて!」
再び、老婆は出てきたギーニスに対しても懇願します。
「あぁん?」
ギーニスは不機嫌です。
「おいおい、この方は勇者様だぞ!魔王を倒しに行くところだ!邪魔すんじゃねぇぞ!」
バッガルが老婆を制します。勇者と聞いて、老婆は目の色を変えます。ちっ!ギーニスは舌打ちをしました。この状況をみてバッガルは、
「まぁ、それでも、それなりの代償がありゃぁ、なぁ?」
ギーニスの方に意味深な視線を送りながら下卑た声で老婆に答えます。
「こ、こんな村ですと、たいしたものはなかとです。ばってん、助けとぉてくれたら、村にあるもん何でも出すとです。」
チッ!ギーニスは舌打ちで返します。
老婆を乗せた馬車は村長の家につきました。村長の家の中は凄惨な状況でした。何しろ10人の屈強な男たちが所狭しと寝かされています。皆生きているのが不思議なくらい重傷を負っています。唯一、動ける高齢な男性が生気のない声で
「ご覧のとおりの有様で。」
と口にしました。
ファラが重傷者たちを一人ずつ看てまわります。すると、
「し、信じられんばい!」
皆、けがが治っているではないでしょうか。ただ、神の加護でけがを回復させても疲労は回復できません。起き上がるのが精一杯です。村長は村で起きたことをギーニスに話しました。ドラゴニュートが村に侵攻してきたこと、これが2日間の間に何度かあり、村で戦えるものが皆けがしたこと。かろうじて死者は出さずに済んでいましたが、村の全滅は時間の問題だったこと。いま、こうしている間にもドラゴニュートが村に侵攻してきていることをギーニスに説明しました。
「クソがっ!」
ギーニスは一言、答えました。
「勇者様が貴重な時間を割こうってんだ、当然、わかってるんだろうなぁ?」
バッガルが村長に睨みをきかせます。
「!?」
村長をはじめ、この場にいる村人にはバッガルのいうことがわかりません。
「おいおい、コッチは慈善事業じゃないんだよ。ハァ、これだから未開な連中は。」
「このままだと村は全滅とです。村のもんなら、いくらでも持っとっとです。」
村長は平然と答えました。バッガルはニヤケながら、
「参りましょうか、勇者様。」
舌なめずりしながら、もうひと仕事を終えたよう満足気にギーニスに対して促します。ギーニスは無言のまま村長宅を出ました。一行は村長に森の入り口まで案内されます。
「おい。」
ギーニスはバッガルに一言だけ声を掛けます。
「へ!?あぁ、はいはい。そういうことですね。」
不承不承、バッガルはひとり森の中へ入っていきます。奥に進むに連れ森の中は矢の刺さった木や刃で疵付けられた木、さらには熱で焦げた木、踏み荒らされた草むらと広い範囲で壮絶な戦闘が繰り広げられていたことがわかりました。
「ケッ。なんだいこれは。こんなんじゃトカゲの痕跡が分からねぇじゃねぇか。ギーニスも人をなんだと思ってやがる。」
あまりにも状況が悪すぎたため、バッガルはギーニスに対して毒づきます。しばし躊躇した後、カァーン。舌を鳴らします。あえて居場所を知らしめることで動きを作ります。静かに耳を澄ませます。
「きた。こっちか。」
バッガルはドラゴニュートの捕捉に成功しました。警戒して獣道を進む4体のドラゴニュートを確認すると音もなく森の入り口へと戻ります。
「旦那、敵さんは4体でっせ。」
バッガルはギーニスに報告します。するとギーニスは有無も言わさず森の中へ走っていきました。あわててバッガル、エリス、ファラが後を追います。少し開けた場所に差し掛かると
「こいつはやべぇ。」
バッガルが静かに口にします。と、前を走るギーニスの横の草むらから突然、刃物が突き出されます。ギーニスはグレートソードで受けるも草むらから飛び出してきたドラゴニュート4体に囲まれてしまいました。
「ライトニングアロー!」
エリスが魔法で光の矢を放ちます。しかし森の木々が邪魔して上手くドラゴニュートに届きません。バッガルは離脱しようとしましたが、突然、体に異変が生じてうまく動けません。力が急に強くなったと思ったら、体が軽くなります。かと思えば重く硬くなります。これではまともに動けません。ふとファラをみると、神への祈りを捧げています。よく見ると、その捧げ方を変えるたびに体に生じる異変が変わっていくことがわかりました。ギーニスを見ると、4体のドラゴニュートに切られながらもグレートソードを振るっています。おそらく体の変化にかかわらず、膂力にまかせて戦っているようです。
「冗談じゃねぇ。こんなバカな話があるか!」
バッガルは必死でその場から離れました。
ギーニスが森の中へ入って行ってから、どれくらいの時間が経ったでしょうか。森の入り口では村長をはじめ、かろうじて歩けるぐらいまで疲労が回復した村人たちがギーニスの帰りを待っています。ガサッ。森の中から音がしました。ギーニスたちかドラゴニュートか村人たちに緊張が走ります。村人たちは森から出てきた影をみてギョッとしました。返り血とおそらく自分自身の血で真っ赤に染まったボロボロのギーニスが出てきたのです。
「ゆ、勇者様!!」
村人が声を掛けます。ギーニスは村人たちの声を完全に無視して村長宅のそばに止めてあった馬車へと入っていきます。エリスとファラも無言で馬車へ続きます。もうあたりはすっかり日が暮れていました。
「ど、どんな戦い方をしたら、あんなんなると!?」
村人は驚愕の声を挙げます。
その日の夜です。村人たちはドラゴニュートの来襲に備えて寝ずの番で、ずっと森の入り口を警戒していました。疲労のピークはとうに超えていましたが、万が一があっては大変です。その甲斐があってか、その日の夜は無事に過ぎました。緊張が弛緩した朝方、森の中へ偵察していた村人があわてて森から転がり出てきます。
「8体ばい!8体もおったばい!!」
愕然とする村人の横をギーニスたちが無言で通り抜けて森へ入っていきます。ただ、そこにはバッガルの姿はありませんでした。村人たちは気圧されたままギーニスを見送りました。
朝方、ドラゴニュート襲来の報を受けて、バッガルは街道まで逃げおおせると、やっと一息つきます。
「ふぅ。あんなパーティにいたら命がいくらあっても足りないぜ。」
ぼやいている中、油断していたのでしょう。背後から声をかけられるとは思ってもみませんでした。
「そこの、あなた。なにがあった?」
2度のドラゴニュート襲来を凌いだギーニスたちは、なんとか村長の家に戻ってきました。ギーニスは村長の前で壁に
寄りかかりながら無言で立っています。回復の加護のおかげでケガは回復しているのでしょうが、格好はボロボロです。エリスは家に入ると、ふらついた足元がもつれ、そのまま腰を落とし、立ち上がれません。典型的な魔力切れです。ファラに至っては入るやいなや安心しきったのか、意識を失って倒れ込みます。
「勇者様、巻き込んで申し訳なかとです。世界は勇者様を失うわけにはいかんとです。この村はもういいとです。逃げとぉてください。ありがとぉです。」
村長は深々と頭を下げました。
「あなたたちはどうするの?」
床に座ったままエリスが尋ねます。
「わしら、この土地で育って、他所で生きてはいけんとです。生き方がわからんとです。村と最後をともにするとです。」
村長は覚悟を決めて語りました。
ギーニスは無言で村長に背を向けて扉を開きました。村長はギーニスが無事に逃げてくれればと願っていたのですが、その希望は絶たれました。扉の外は複数のドラゴニュートの威嚇する声と殺気で満ちていたからです。
「なん!?囲まれとぉと!?」
村長から絶望の声が発せられました。
「ちっ。クソがっ!」
ギーニスはグレートソードをかかえて飛び出してゆきました。
どれだけドラゴニュートを叩いたでしょうか?何体倒したか、何体残っているのかわかりません。もう、ギーニスは膾のように切られ、まともに灼熱のブレスを浴び、瀕死の状態です。グレートソードを持ち続けるのがやっとで、もう振り上げる力も残っていません。
「死ぬのか?この俺が!こんな場所で!」
ギーニスの目の前でドラゴニュートがとどめを刺そうと剣を振り上げたその時です。背後からドラゴニュートの腋から心の臓にかけてバスタードソードを突き入れ、一瞬でドラゴニュートを仕留めます。こんな芸当ができるのは、そう、シギンスです!
「ジョディ、壁!」
ジョディがギーニスを守るように盾を構えます。
「ラファル!」
「心得た!」
ラファルがギーニスに回復の加護を与えます。
「クリス!」
「12!」
クリスがシギンスのフォローに入ります。
「メディセグ!」
「ストーンブラスト!」
メディセグの魔法の石礫がドラゴニュートを牽制し、連携させないよう分断させます。
シギンスの指揮のもと、機能的にパーティが動きます。
ジョディとラファルがギーニスを村長の家まで無事に下げた事を確認します。さぁ、反撃です。
シギンスたちが12体のドラゴニュートを屠った時には、もう日がすっかり暮れていました。
シギンスらが返り血を拭きながら村長の家に入ると、ギーニスたちは、ふらふらではありますが、歩ける程度には回復して出ていこうとしていました。
「!?どこにいくつもりなの!?」
クリスは尋ねます。
ギーニスは怖い顔でクリスを一瞥すると、すぐに視線を戻して無言で出ていこうとします。
「ちょっと、何か言うことがあるんじゃないの?」
クリスは続けて尋ねます。
「ちっ。クソがっ。」
ギーニスは毒づいて出ていきました。エリスもファラも無言でギーニスに続きます。最後にバッガルが、
「いや、すみませんねぇ。」
と、ペコペコ、ソロソロと外へ出て扉を閉めます。
後には重たい空気が残りました。しばらくして馬の嘶く声、そして馬車が遠ざかって行く音が聞こえます。
「なに、あの態度!あいつら、いったい何様なのよ!帝都であったら覚えていなさいよ!」
クリスが吐き捨てます。
「なんだい、勇者とかいって、てんで駄目な連中っとね!!」
フックも罵倒します。そこに、
「フック、こっちに来とぉと。」
村長が呼びかけます。
「村がもう駄目だとなった時、だれが助けてくれたと?確かに人格に問題あって、弱かとも、剣をふるっとったんは事実ばい。彼らがいたから、シギンスさんらが間に合っとぉと。村の全滅を回避できたばい。」
懇々と諭します。
「はい。わかったばい。」
フックは素直に村長に頭を下げます。
「ありゃあ、村長にそこまでいわれたらなぁ、クリス?」
「あー、もう、わかったわよ!!」
不貞腐れた表情のまま、クリスは答えます。
「さて、俺たちは最後の仕上げと行きますかな。」
シギンスはバスタードソードに刃こぼれがないか確認しながら言いました。
「え?もう夜になっとぉとよ?」
村長は驚きます。
「ドラゴニュートってのは、夜になると活動が鈍るのよ。殺るなら?」
「今でしょ!」
鬱憤を吐き出すように、残忍な笑みを浮かべてクリスは答えました。




