第07回 魔王の戦略
カーラム半島を大陸から蓋するようにタジハ山脈が連なっています。この地域は魔獣が多数棲息する危険地帯で、過去から流刑地として罪人が送られる場所でした。一度送られると二度と戻ることができない、そんな地域です。そのタジハ山脈には 標高9,000フィートを越えるヤジェル山が聳え立っています。半島の剣峰と称されるヤジェル山の山頂にはカルデラ湖があり、その湖畔には魔王が居住する城、人々が恐れ慄く魔王城がありました。
その魔王城の玉座の間、人のものとは思えない2倍近くある大きさの玉座、肘掛けに左肘を置き体重を乗せるように頬杖をついて足を組んでいます。右手は右の肘掛けに乗せています。けだるそうに見えながらも威圧感を感じさせる者、そう、この者が魔王です。
そこに足取り軽く、魔人が入ってきます。
━━ベルーゼ、か。
ベルーゼと呼ばれた魔人は恭しく、跪きます。一拍空けてから魔王に語り始めました。
━━魔王軍、編成についての報告です。流されてきた連中の中に軍属出身、野盗出身がおりましたので指揮官に適したものを選抜して充てました。次に野獣のテイム状況ですが、計画どおり大狼を中心に尖兵が充実しております。
このまま編成を終了し南伐いたしますか。それとも編成をみなおしますか。よろしければワタクシの方で南伐計画を策定します。すすめますか。
━━であるか。
━━わかりました。それではワタクシの方で南伐計画を策定します。次は勇者案件についての提案です。
先程の野盗出身者のうち、暗殺に適した者が複数おりました。この者を使って勇者が脅威になる前に芽を摘むのはいかがと。
タァーン!乾いた波動が玉座の間を通り抜けます。ベルーゼは全身に電気が走るような衝撃を受けました。魔王が肘掛けを軽く指で叩いただけでこの衝撃です。
かはっ。ベルーゼは無意識に止めていた呼吸を整えます。
━━勇者ですが、このまま放置は望ましくはないと。唯一、魔王様を害することができるもの、早めに対処すべきでは?
タァーン!再び波動が駆け抜けます。
ぐぉほっ。
━━で、では、勇者につきましては、細心の注意を払った上で善処いたします。よろしければ、このままワタクシの方で情報収集いたします。すすめますか。
━━であるか。
━━わかりました。ワタクシの方で情報収集いたします。それでは、ワタクシはこのまま任務にまいります。
ベルーゼは颯爽と踵を翻し、何が琴線に触れたのか足取り軽く去って行きました。玉座の間に静寂が訪れます。そんな中、
━━勇者が魔王を倒すのではない。魔王を倒した者が勇者なのだ。
魔王の声だけが残りました。
冒険者の町ボルデモアはカーラム半島の南西に位置します。ちょっと奥まったところにアットホームな雰囲気が売りの『ミシェルおばさんの宿』がひっそりと建っています。その一室、はたから見たら独り言をずっと繰り返している少年がいました。
「どうしても、慣れないんだよね。」
ウォルドは何もない空間に話しかけます。
「何が?」
ウォルドだけが認識できる声、一般の人には聞こえません。そして、ウォルドの視界には彼だけに見える10インチ程度の妖精が飛んでいます。
「その境界?普通の人に見えない、聞こえないって。」
「そうね。普通の人には、わたしを認識できないよ。」
「だから、町中でビに話しかけたり、かけられて反応するとさぁ。」
「ぷっ。町の人たちの反応、すごかったわ!」
「お願いだからビは自重してよ。」
ウォルドは困ったように『ビ』と呼んでいる妖精にいいました。
「でもね、たまに見える人もいるんだよ。」
「見える人?」
「そう。とくに子ども。子どもは境界がまだ固まってないみたいで。だから、たまに精霊界に越えてきちゃうこともあるの。」
「へぇ。そんなことがあるんだ。」
「わたしは今までで一度しか経験したことがなかったんだけどね。」
「それってどんな話?」
「それが、まあ、おっきな子どもが紛れ込んでさぁ。風で飛ぼうとして境界壊してって、ひどいよね!」
「もしかして、それ僕のこと!?おっきな子どもなの!?」
「それがなかったら、今頃は。はぁ。」
ビは溜息をつきます。ウォルドはなにか腑に落ちません。複雑な表情のまま、手元に鞄を取り寄せると中から羊皮紙を取り出します。その様子を見ながら、ビは言いました。
「こっちの世界って、やっぱり変よね。ショーバイとかバイバイ?必要なら自分で採ればいいじゃない。」
「それは、みんながみんな、できるわけじゃないからさ、できることを役割分担しているんだよ。」
羊皮紙を広げながら言いました。
「そう、その皮。さっきウォルドがおかね?とかで交換してたやつ。」
「そう、道具屋で買った地図だよ。」
「なんか、書いてあるけどウォルドはこういうの書くの得意じゃない?なんで自分で書かないの?」
「地図は行ったことのないところは書けないからね。これは行ったことのない場所へ行くための道しるべなんだ。」
「感覚が違うんだねぇ。境界通れば行ったことない、なんて関係ないのに。」
「え!?」
「えって、なにさ?」
「もしかして、境界を通ればどこへでもいけるの!?」
「こっちの世界の話?」
「うん。そう。」
「無理!無理ったら無理!こっちじゃ境界が固定されてるから無理!」
「なんだ、そうなんだ。」
「ウォルド、もしかしなくてもバカでしょ。」
「なんで!?」
ウォルドは首をかしげながらも
「それで、これから進む方針を決めよう!」
とカーラム半島の地図を指さしました。
「南西にあるこの場所がボルデモア。今、僕たちがいるところだね。そして、僕の産まれたジェルジュ島がここから、南へ行って海を挟んで、って、あれ?ない!?」
「ウォルドの産まれた場所、無くなったの!?」
「たぶん、この地図がスバルニア帝国で書かれたからだ。きっと。」
「スバルニア帝国?」
「うん。カーラム半島には4つの国があるんだ。ひとつは南の1/4を占めるマルド王国。この街がある国だよ。それから北西の海岸線が大きな湾のように抉れてるところにある街が商業都市国家リュージェ。それから北東の地域は冒険者によるコルダニア自治国、それで、中心にある残った場所、すべてがスバルニア帝国。この地図はスバルニア帝国が描いたものだから、ジェルジュ島を知らなくて描けなかったんだろうね。」
ウォルドは指で地図をなぞりながら説明します。
「ねぇ、ウォルド。そもそも国ってなんなの?」
ビはつまらなそうに聞きます。
「え!?それは、王がいて?それぞれが国を治めている?ところ?」
「たくさん精霊王さまがいるってこと?変なの。一人でいいじゃない。」
「そ、それは国にも役割分担があるんだよ。うん、きっと。」
ウォルドはしどろもどろに答えます。
「やっぱり人間の世界って変。それに、この変な絵ばっかりだし。」
ビは変な顔になりながら、地図全体を埋め尽くす絵をなぞります。
「あぁ、それは山だね。カーラム半島は、ほぼ山でできてるから。」
ウォルドは説明しながら、地図の右上、北東部のひときわ高く描かれた山を指さします。
「半島の剣峰、ヤジェル山。ここに魔王がいるんだよ。きっと、ギーニスはここに向かってる。」
「ギーニス?だれよ?それ。」
「僕の幼なじみさ。勇者でさ。今頃、魔王討伐に向かって帝国にいるんだろうなぁ。」
「なに、その魔王討伐って。」
ビは怪訝な顔でウォルドに聞きます。
「そりゃ、勇者だから魔王を倒すわけで。」
「?仮にウォルドが勇者で精霊王さまを討伐するなんて言ったら、わたしは絶対に許さない。」
ウォルドは何も言えず、なにか考え込んでしまいました。




