第04回 精霊界にようこそ
Aランクのシギンスパーティとミノタウロスの迷宮を攻略したウォルド、シギンスパーティと別れ、強くなりたいと自らの足で一歩を踏み出しました。
ボルデモアの北に『はじまりの森』と呼ばれる、その名の通り冒険者がはじめに生き抜くための術を学ぶにはうってつけの森があります。
はぁ、とウォルドはため息をつきました。目の前の大狼の毛皮を剥ぎながら考えこんでいます。ダンジョンではモンスターを倒せば魔石になりますが、ここではそうもいきません。大狼だったものは、きちんと毛皮にしなければお金に換えることができないのです。作業そのものは慣れた手つきですみやかにバラされていきます。残った肉やらは最悪食料にすることができますし、ダンジョンと違って狩りさえできれば飢えに苦しむことがありません。
「牛ステーキ、食べておけばよかった。」
思わず独り言ちます。シギンスらAランクパーティを見送ったあと、ウォルドは装いをままに、はじまりの森に入りました。ここはギーニスらとスキルの成長、進化を目指して何度となく来た場所です。
森に入るやいなや大狼の痕跡を見つけました。森の中を音を鳴らさないように静かに、かつ早く移動し、木々の影から大狼を捉えます。あとは、大狼に悟られないように近づき、間合いに入ります。もちろん、大狼は野生ゆえ嗅覚が働きます。ウォルドが間合いにはいる前に、気がついてウォルドに飛びかかって来ます。ウォルドにしてみれば、してやったりで逃げられるより向かってこられる方が確実に仕留められます。軽くいなすと素早くショートソードを突き刺します。何度となくこの森で身体に覚えこませた動きです。確実に急所に差し込みます。
「うん。こんなとこかな。」
さらっとつぶやきます。毛皮を剥いだあとの遺骸は自然が処理してくれるでしょう。
しかめっ面でリュックに剥いだ毛皮を入れていきます。匂い、血や脂がいささか気になるところですが、これが魔獣を呼び込む餌になります。ひととおり作業を終わらすと、自然と足は森の奥の方へと向かいます。なにしろ繰り返し鍛錬に使った森です。出てくる魔獣もあらかた把握しています。
「おいおい、この森の大狼を狩り尽くす気か?」
ふとギーニスの声が頭によぎります。
「でも、しつかりと狩人してるわよね。」
「狩人目指してるわけじゃないって!」
「神様、貴重な恵みに感謝します。」
「次は海で狩るか?」
「しっかり漁師してそうよね?」
「勘弁してよ。」
ウォルドは頭を振って否定します。
「違う、違うんだよ!」
ウォルドは目を見開いて前を向きます。
「え!?」
前を向いた先の道は見知った森の中であるはずなのに、木一本もない大きく開けた場所でした。
あまりにも不自然で、慌てて周りを確認します。
「なんで?」
どうしたことか、どこを見渡しても木がない草原です。
「ひゃあ!に、人間!!」
甲高い声が突然ウォルドの耳のそばから発せられました。びっくりしてのけぞりながら声のほうを見ると、10インチばかりなる、羽根の生えた人型の生き物、おそらく妖精と思われるものが飛んでいました。
「ア、アンタいったいどっから入ってきたのよ!!」
「ど、どっからって?い、いやどこ、ここ?」
「ちょ、何言ってんのアンタ!!なんで人間が精霊界に入ってこれるのよ!?」
「せいれいかい?」
「な、なんでぇ!?うそでしょ!?」
「なんか、ごめん。」
「な、なんなのよ。アンタ、いったい!?」
「あ、なにって、なんだろう??」
「し、信じられない。」
「と、とにかく、僕はウォルド。どうやったら帰れるの?」
「そんなの、私が知るわけないでしょ!どっから入ってきたのよ!!」
「ご、ごめん??気がついたら、ここにいたんだよ。」
「いやいや、ないない、ありえない!!」
妖精は青ざめて絶句します。ウォルドはウォルドでどうしたらいいか分かりません。
「うん。困ったねぇ。」
なんとはなしに口にしながらあたりを見回します。そこは、なんの境界もない、ただ広い草原でした。ふと、気になって尋ねます。
「もしかして、この世界は君しかいないの?」
「そんなワケないでしょ!」
「でも。」
ウォルドはもう一度、周りを見渡します。妖精はため息混じりに、
「それは、アンタが人間だからよ。空間の境界がわからないんでしょう?だから帰れないのよ。ヒドイ話だわ!」
「空間の境界!?それで、えっと、妖精さん?」
「!µ‡Δ∀@〜☆よ。」
「ビ?」
「!µ‡Δ∀@〜☆!!私の名前!!」
「ビ。」
「なんなのよ、もう!ビでも美でもなんでもいいわ、もう!」
「えっと、じゃあ醜で。」
ビュウゥゥゥ。パァァァン!突如強い風がウォルドの頭をはたきます。
「!?な、なんだ?」
「思い知ったか!次やったら遥か彼方まで飛ばしてやるぞ!」
「え、えぇ!?い、いまの風、ビがやったの??」
「ふん。当然!」
「凄い!風ってエルフ族しか操れないってエリスが言ってたけど。ビってエルフだったんだ!」
「んなワケあるかァ!!」
ビュウゥゥゥ。パァァァン!再び強い風がウォルドの頭をはたきます。
「わわ。い、いまのも?」
「ふん。当然!」
「はぁ。エルフじゃないのか。」
「アンタ、バカ?精霊の神の加護を受けた種族ならみんな風を操れるのよ!そんなことも知らないの!?」
「ええええぇ!し、知らなかった。」
「そんなに驚く話じゃないでしょうに。あと、私たちはアンタら人間から妖精族といわれてるわ。」
「へぇぇ、そうなんだ。」
ウォルドはひとしきり感心します。
「凄いなぁ。風を操れるのかぁ。」
「ふん。思い知ったか!」
「こんなに風を操れるなんて。ビって凄い。」
「ふん。私は凄いのだぞ!」
「この風だったら空を飛べるかも。」
「!?」
「ねぇ、その凄い風で僕飛べるようになる?」
「えええ!?」
ビはめちゃくちゃ戸惑います。飛び方が右往左往と慌ただしくなります。
「こんな凄い風、操れるんだもんなぁ。」
「と、当然!す、すぐに飛ばしてやる!」
ビはなにやらブツブツと何かに話しかけると、ウォルドの体の周りに風が絡んで来ました。ヒュオオオオォ。なんと、ウォルドの体が浮いてきたではありませんか。
「!?す、ご、飛んだ!!」
ウォルドは驚喜の声をあげます。その瞬間です、ウォルドの体があらぬ方向に跳ね上がってしまいます。バババババリバリバリ!変な音を立てて、目に見えない何かを壊していきました。
「きゃあ!きょ、境界がぁ!」
ビが叫びます。ウォルドはお尻から地面に叩きつけられます。
「どぉああ!い、ててて。」
痛みはあるようですが、ウォルドは平気そうです。それよりもビのほうが何やら大変なことになってます。
「どどどどどうしよ!!せ、精霊王さまに叱られるうううぅ!」
顔面蒼白、今にも泣き出しそうな顔で、ブブブブブと無尽蔵に飛び回ってます。
「どうしたのさ、ビ?」
放埒な声で尋ねます。そんなウォルドの声も耳に入らず、ビはせわしなく飛び回ってます。
━━なんですか。騒々しい。
どこからか、風が声を運んできました。
「ヒィィィ、せ、精霊王さまぁ。」
ビは空を見上げて泣き出します。つられてウォルドも空を見上げます。ぎょっとして、思わず尻もちをついてしまいました。そこには、何もない空の一部に穴が空いていて、そこから赤い目が覗いているではありませんか。
「せ、精霊王さま、こ、これは、そ、そのぉ、は!に、人間、はわわわ。」
裂けた空の空間とウォルドの間を行ったり来たりと大変です。
━━落ち着きなさい、!µ‡Δ∀@〜☆。
生暖かい、少し重たい風が声を運んできました。この風にビはシュンとなっています。
━━騒がしいと思ったらウォルドが来ていたんですか。
「!僕のことを知っているのですか?」
なんとなく、ウォルドは状況を察します。
━━知っている、と言いますか、スキルの件でお呼び、し、たの、です。
途中、細切れになりながらも風が声を届けます。その声に合わせてビがつぶやきました。
「なんか精霊王さま、疲れてない?」




