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第03回 独り立ち

勇者パーティをクビになったウォルド、Aランクパーティのシギンスに声をかけられてミノタウロスのダンジョンに潜ることになりました。


地下へと続くミノタウロスのダンジョン入口、おもむろにシギンスたちは鎧を脱ぎ始めます。

「ちょ、ちょっと、みなさん、どうしたんですか!?」

ウォルドの戸惑いをよそに、黙々と脱いでいきます。

「ウォルド!ほらよっ。」

ラファルがウォルドに向けて何かを放りました。

「えっ?こ、これは、蜜蝋?」

みると、皆、蜜蝋を塗りながら鎧の確認をしています。

「下に降りたら何があるか分からんからな。今できることをやる。」

「まぁ、そういうことだ。」

メディセグがウォルドに目配せします。

いち早く鎧の確認を終えていたシギンスは懐から取り出した拳大の機械を眺めていました。ウォルドはそれを見て、思わず蜜蝋を落とします。

「!ウォルド、懐中時計は初めてか?」

シギンスの手のなかでチチチチチチと鳴り続ける機械をウォルドの前に差し出します。

「実物は、初めてみました。」

「これがあると、ランタンのオイル量で時間を測る必要がなくなるんだが、ちょっと音が難点でね。」

ダンジョン内では時間の感覚がなくなります。なので冒険者は明るさ暗さにかかわらず、ランタンの火をともして消費したオイル量で時間を測ります。懐中時計などと貴重なものはよほどの冒険者でなければ手にすることはないでしょう。

「そろそろ行きますよ。」

クリスが促します。ダンジョンの中へ一歩足を踏み入れると空気がひんやりと感じられます。反対にウォルドの気持ちは熱くなるのを感じていました。

パーティの足は早いです。それでいて静かに慎重に進んでいます。時折、クリスがハンドサインで迂回路を選択していきます。どうやら、モンスターの気配を察して避けているようでした。しかも、地図をみることもなく正確に最深部へ向かっています。

「すごい。」

思わずため息とともに声が漏れます。なにしろウォルドの地図を僅かな時間で見ただけです。それが頭の中に記憶されているとなると、どれだけの能力なのでしょう。

クリスがウォルドに振り返ります。無意識とはいえ静寂の中で発した一言に緊張が走ります。クリスの冷たい視線を感じ背筋が伸びます。目が合うとクリスは軽くウィンクをして、再びダンジョンの奥へと視線を戻します。コツン、いきなり後ろから小突かれます。ウォルドが振り向くと、そこにはニヤニヤとわらうメディセグがいました。ちょっとひどいです。

どれだけ進んだのでしょうか。ここまでモンスターと会うことなく静かに早く歩みを進めてきました。そこにクリスがはじめて険しい顔で振り返ったのです。ジョディが一言も発せず先頭へ、その後ろにピタリとシギンスがつきます。ガシャガシャガシャッ!通路の奥から何かが来ます。仄かなダンジョンの明かりに照らされたそれは筋骨隆々の身体を持つ、醜い豚の顔をもったオークが連なってきました。

「8!」

クリスが端的に数を告げます。オークはこちらに気づいたのでしょう。先頭の3体がパーティにめがけて走ってきます。ジョディはその巨大な盾を、最大限通路を塞ぐように横に広げて、3体のオークに当たります。腰を落としすくい上げるように盾を動かすと、驚いたことにオークが跳ね飛ばされたではありませんか。同時にシギンスとクリスが走り出し、飛ばされたオークが立ち直る前に近づき、一瞬にして首元に刃を滑らせます。あっという間に3体のオークがジョディとシギンス、クリスの3人により倒されました。不思議なことに倒されたモンスターは拳よりも小さい魔石に変わります。その空いた通路に中段のオーク達が向かってきます。

「アースクエイク!」

メディセグの声が響きます。すると、中段のオーク達の足元、石畳が突如うねり、オークたちはその場に転倒したではありませんか。後から走ってきた後続のオークたちは、突然目の前のオークたちが倒れこんだため、行場を失って折り重なるように中段のオークたちの上に倒れ込みました。

身動きができなくなったオークたちをシギンス、クリス、ラファルが一体一体、処理してゆきます。

鮮やかな連携でウォルドには何もできませんでした。シギンスとクリスが何か話し込んでいます。おそらく、今回の戦闘での確認でしょう。時折、ウォルドの方に視線がきます。ウォルドはぐっと奥歯を噛み締めて一歩を踏み出しました。


ランタンの火が揺れ、一行の影をおとします。高らかにファラの声が歌うように響き、矢が放たれたかのようにギーニスがオークに斬りかかります。エリスの詠唱とともに光の矢がオークを射抜いてゆきます。ウォルドはファラ、エリスを守るようにギーニスの隙間を抜いてきたオークにあたります。なんとか、ウォルドがオークを倒すと、ギーニスは残りのオークを、その膂力をもって粉砕し殲滅していました。

「ギーニス!」

ファラとエリスがギーニスに駆け寄ります。

「けがはない!?」

見るとギーニスの頬から血が滴り落ちます。ファラはすぐにギーニスの頬に手をあて、傷を治します。ギーニスはだまったまま、どこか遠くを睨んでいました。

「ちょっと、他にけがはない?大丈夫なの?」

エリスの声にギーニスは何も答えません。ウォルドも何も発することなく、ただ黙って散らばった魔石を回収するのでした。


どれくらい時間が経ったのでしょうか。ダンジョンの中では時間の経過がわかりません。つい先日、この場でギーニスたちとオークを相手に戦っていたことを思い返します。

「ここだね。」

ここに来て静寂を貫いていたシギンスたちが声を発します。はっ、とウォルドは今この場所に、意識を呼び戻されました。いつの間にか、ミノタウロスのいる部屋、俗に言うボスの部屋の前まできていました。部屋の入口には人の倍はある扉が閉まっています。この扉を開けるとミノタウロスとの戦いになるのです。

「準備はよろし?」

「さぁ、料理のお時間だ!」

「牛ステーキ食べたい。」

クリスの声にシギンスが茶化します。そこに珍しくジョディが場違いな発言で答えます。

「よりによって牛かよ。」

メディセグがぼやき、クリスがシギンスを睨みつけます。

「えぇ、今の俺なの?違うよ、なぁ、ウォルド?」

「え?それ僕に聞くことのほうが違わなくないですか?」

「いい加減にしろ、お前ら。ほら、あけるぞ!」

いうやいなや、ラファルが扉をあけます。


扉の中はこれまでの通路と異なりかなり開けた空間となっており、その中央に、いまかいまかと、獲物を待ち受けるかのように、オークの倍の体躯を湛えた牛の頭を持つ化け物、ミノタウロスが待ち構えていました。

グゥゥゥゥ、唸り声が空気を振動させます。そこへ、

「ストーンブラスト!」

ミノタウロスに無数の石礫が襲いかかります。その隙にパーティはミノタウロスとの距離を縮めて一気呵成に攻撃します。近づくとその巨体の威圧感に気圧されそうです。ミノタウロスはその体躯に相応しい巨大な斧をいとも容易く片手で振り抜き、パーティの接近を牽制します。

ジョディが身を挺して巨大な盾を持ってミノタウロスの斧を止めようとしました。鈍い音とともに斧と盾がぶつかり合います。3体のオークをはじき飛ばすほどのジョディでしたが、ミノタウロスの斧を寸時だけ止めるのがやっとです。その僅かの合間にシギンスとクリスが刃を滑らせます。ですが、すぐに大きく斧を振り回され、なかなか近づけません。

「ちっ、こいつ!」

ジョディは斧を止めようにもミノタウロスはその体躯に似合わない俊敏さで、シギンスやクリスへの攻撃してきます。なんとか牽制を入れながら防ぐのがやっと、という状態です。

ここで、この均衡を打ち砕いたのは3人の合間に巨大なウォーハンマーを振り下ろしたラファルです。ミノタウロスはかろうじて斧でウォーハンマーを受け止めます。ですが、その隙をパーティは見逃しません。一太刀、二太刀と斬りつけていきます。ここで大きく空気が揺れます。ミノタウロスの雄叫びです。それでも、パーティは動きを止めず、ミノタウロスを削ってゆきます。ミノタウロスは無闇矢鱈と斧を振り回しますが、パーティは冷静に対処します。そこに、ついにミノタウロスの後頭部にラファルのウォーハンマーが炸裂します。膝をついたミノタウロスにこれでもか、とシギンスとクリスが切り裂いてゆきます。さすがに斧を振り回す力が失せたのでしょう。なすがままに斬られていきます。それでも簡単には倒れないところがボスたる所以でした。ようやくミノタウロスが魔石となったところで、ほぼ全員がその場に座り込んでいました。


ボスの部屋の奥、そこには大きな石板が供えてありました。ダンジョン特有の事象として、おおよそ3日間、放置されていたものはダンジョンに吸収されてしまいます。しかし、このボスの部屋の石板は例外でダンジョンに吸収されることがありません。誰がはじめたのか、今ではわかりませんが冒険者はボスを退治した証しとして、石板に名を刻む習わしがあります。

ウォルドは石板の前に立っていました。もっとも新しく刻まれた名前には、ギーニス、エリス、ファラ、そしてウォルドの名があります。なぜでしょうか、石板のウォルドの名は今にも消えそうな、弱々しく、浅く刻まれているようにみえます。

ウォルドは知らず知らず握りしめた拳に力がはいります。

「負けたくない。」

自然と口に出ていました。ふと、ウォルドは驚きの顔とともにシギンスの方へ振り返ります。クリスはシギンスを睨んでつぶやきます。

「ホント、馬鹿。」

シギンスは、何とも言えない申し訳なさそうな顔で顔を掻いています。


そこからは、あっという間でした。帰り道、一度たりともモンスターに遭遇することもなく。ギルドで魔石を換金して、今回の冒険は終了です。驚いたことに要した日数はたったの2日でした。

「まぁ、早ければいいってもんじゃないしな。こんなの記録だなんだと残す必要はないだろ。」

「そうそう、マネしようとしたり、変に競争意識で無駄に死ぬ馬鹿が増えても困るしね。」

「だいたい、正確な日数なんてわからないでしょうに。」

「いくらでもズルできるしな。」

「ステーキ、まだ?」

ギルドではダンジョン制覇の最短記録として記録を残そうという話がでましたが、パーティの意向で取りやめとなりました。そして、いつもの『酔牛亭』でパーティは飲んでいます。もちろん、ウォルドもそこにいます。そこは他愛のない話とで饗されていました。聞きたいこと、知りたいことはたくさんありました。でも、ウォルドは気づいています。ウォルドに今必要なことが何であるかを。

翌日、シギンスたちは早々に町を出ました。別れ際にウォルドと握手を交わして。とくに言葉はありませんでした。シギンスはウォルドの目を見て満足しています。

シギンスたちは帝国方面の北の町へ向かう馬車に乗りました。その馬車の中、

「もう、ミシェルおばさんじゃあるまいし、おせっかいはやめてほしいわ。」

「でも、若者が前に進むのは当然なことだろ?」

「ホント、馬鹿。」

「しかし、バカンスがダンジョン攻略とは思わんかったわい。」

「そ、そりゃあ、ぼ、冒険者のバカンスだしね。あははは。」

そんな他愛のない言葉のやり取りがありました。


シギンスを見送ったあと、ウォルドは決意を新たにします。今はまだ、何もできない。シギンスたちの足元に全く及ばない。でも、越えてみせる、その先にある魔王討伐に向けて。

「強くなりたい、いや、絶対に強くなる!」

ウォルドの新たな一歩です。





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