第02回 Aランクパーティーに感動する
勇者ギーニスのパーティーをクビになったウォルドは町の酒場『酔牛亭』でショックを受けて床にへたり込んでいました。そこに屈強な冒険者が声をかけて。。。
「おい。こんなところに大金を放ってると誰かに盗られるぞ。」
ウォルドは、はっと我に返ります。自分が床にへたり込んでいるのに気づき、元々座っていた椅子に座り直します。どれだけ長い時間、床にへたばっていたのでしょうか。椅子はすっかりと冷え込んでいました。あらためて、向かい合うかたちで座っている冒険者を確認すると、冒険者であれば知らない人はいない、スバルニア帝国であらゆる高難易度の迷宮を攻略してきた冒険者の『シギンス』でした。シギンスはウォルドが話を聞ける状態だと判断し、話し始めました。
「俺はシギンス、一応ある程度は名の知られている戦士だ。」
「はい。存じてます。」
「うむ。そこで、ウォルド、君に頼みがある。」
ウォルドはびっくりしました。何しろ冒険者として憧れる存在に名前を知っていただいているうえに、頼みごとをされるなんて考えられない話です。そんなウォルドには構わずに、
「今の君の状況は把握している。こんな時に申し訳ないが、俺のパーティーは明日、ミノタウロスの迷宮に挑戦するんだ。そこで君には案内役をお願いしたい。」
と、深々と頭を下げました。
「はい?」
狐につままれた感じで、思わず返事をしてしまいます。
「うん。助かる。では、後はうちのクリスに話を聞いてくれ。」
思いもよらないことですが、話はどんどんと進んでいってしまいました。
気がつくと、いつの間にか隣に冒険者が座っていました。顔にかかっている青みがかった長い髪の隙間から、切れ長の目がウォルドを射抜きます。
「私はクリス。斥候をやってるわ。」
斥候は冒険者の中では生命線ともいわれる役割です。パーティーでは先行して危険や罠を察知して排除することが求められます。ギーニスのパーティーには、これに当たる役割はいませんでした。今までは勇者や神職といった光の神の加護を強く受けていたためか、危険という危険や罠にかかることはありませんでした。それが、ギーニスは新しくバッガルという冒険者を引き入れました。バッガルのジョブスキルは先駆者という、斥候の上位ジョブスキルにあたる能力なので、これから最上級のダンジョンを目指すためには必要と考えたのでしょう。
「早速だけど、ミノタウロスの迷宮の地図を見せて。」
ウォルドの荷物は迷宮を攻略した後の状態でしたので、すぐに地図を取り出しクリスに渡しました。クリスは数十枚に及ぶ地図を手早く読んでいきます。
「いい。実に正確ね。君たちは攻略に何日かかったの?」
「4日です。」
「適性日数ね。」
地図と攻略日数は冒険者にとって、死活問題です。何しろ、ダンジョンに潜っている間は食料がほぼ手に入りません。飲水すら手に入らないダンジョンがほとんどです。そうなると手持ちの食料だけで攻略しなければなりません。ダンジョンで迷子になるということは死につながります。また、帰りの日数、それに伴う食料の確保、を考えてダンジョンを攻略しなければなりません。生命の危険を考えるなら、無理をしないで途中であっても攻略を切り上げる事が大事なのです。功を焦るがあまり、食料が尽きて餓死するとなると悲惨の極みです。ベテランの冒険者は述べます『もっとも恐ろしいのはモンスターなんかでなく飢えだ』と。
「ええ。これでいいわ。さて、ウォルド、明日の朝、準備を整えてギルドに来て。」
そう言うとクリスは地図をウォルドに返して、さっさと店から出ていってしまいました。なんとも整理のつかないまま、ウォルドは宿に向かうことにしました。
翌朝、旅支度を整えウォルドは約束の冒険者ギルドにやってきました。冒険者ギルドは、冒険者たちが寄り集まって作られた組合です。ここではあらゆる情報のやりとりや地図および携行食料といったものの売買のほか、ダンジョンで手に入れた『魔石』などの道具が売買されます。このギルドはあらゆる都市にあり、国境を越えた横の繋がりがあります。なので、ここ、マルド王国の情報をスバルニア帝国で知ることができますし、また、逆もしかりです。冒険者がギルドに加入することは任意ですが、加入することで仕事の斡旋を受けることができます。また、業績をあげることで冒険者としての信用、ランクが認定されます。シギンスのパーティーは数少ない上位のAランクパーティーに認定されています。ちなみにギーニスのパーティーはBランクで、マルド王国ではもっとも名が知られたパーティーです。
「おう、調子はどうだ?昨日はちゃんと眠れたか?」
シギンスが背後から抱きついてきました。
「あ、は、い、いえ。」
驚きのあまりにしどろもどろで答えます。周りをみると、すでにシギンスのパーティーメンバーは揃って準備を終えて待っていました。シギンスはウォルドの顔をじっと見て、
「どんな状況でも、しっかりと寝るときは寝ておけ。体調を良くしておかないと、冒険者として生きていけないぞ。」
少し厳し目に警告します。実のところ、ウォルドはほとんど寝ていませんでした。どうしてもギーニスたちのことが思い浮かび、心が引き裂かれそうになります。冷静になってみれば、どうして冒険の準備をしてギルドにいるのか不思議なぐらいです。日頃の習性なのか、頭とは別に体は自然と動いていました。
あらためてシギンスのパーティーメンバーを見渡すと、まさに壮観な面々です。真っ先に目につくのは7フィート近い身体に全身プレートの鎧を纏った重戦士の『ジョディ』で、特に身の丈もある盾が目を引きます。
シギンスも昨日とことなり、しっかりと鎧で身を固めています。こちらはチェインメイルに肩当て、胸当て、腰当て、脛当て、篭手をプレートで保護した格好です。動きやすさと防御性能の両立を考えられた冒険者のスタイルです。
クリスはというと、動きやすさを重視して革でできた鎧を纏っています。長い髪も後ろで纏めて精悍な顔立ちがあらわになっています。
恰幅が良く法衣を羽織っているのは神職の『ラファル』です。法衣の下にはジョディ同様のプレートの鎧が見え隠れしています。なにより、目を引くのは彼の手にする巨大なウォーハンマーです。同じ神職であってもファラは革の鎧に軽いメイスという装備なのでラファルには真逆の威圧感を感じられます。
最後5人目はパーティー最年長の『メディセグ』です。全身を包む浅黒いローブを纏い、身長程の杖を手にした姿は、絵に描いたような魔法使いの出で立ちです。魔法使いという点で比較するとエリスだとローブこそ纏ってはいるものの、ローブの丈は短く革の鎧に、杖は持たずに護身用のショートソードの出で立ちなのでエリスは異色な存在でメディセグが本来の魔法使いの格好だとわかります。
こうしてみるとシギンスのパーティーはバランスが取れていて見た目もAランクパーティーに恥じない威容を感じさせます。
あらためてウォルドは自分の格好を見回します。チェインメイルの上にシギンスと同様に肩当て等を着けていますが、これらはプレートではなく革でできています。武器はショートソードで、Aランクパーティーと比較すると見劣りする感じがします。
それでも初めてギーニスらとパーティーを組んで冒険に出た時のことが思い出され、期待に胸が高鳴りました。
ひととおりギルドで必要な物資を整え、支度を終えると、シギンスは今回の目的を説明します。
「今回の目標は余計な危険、戦闘は極力回避し、最短でボスのミノタウロスを討伐することだ。」
ラファルが声をあげます。
「最短、で目標日数は?」
これにはクリスがウォルドを一瞬見たあと、シギンスに代わって答えます。
「勇者パーティーが4日で攻略したことを考慮し、安全を取りながら4日以内を目指します。」
ダンジョンでは何が起こるかわかりません。事前に日数を決めて撤退するタイミングを共有します。
実のところ、ダンジョンが何の目的で造られたのか、また、どうやって造られるのか、まったく解明されていません。前文明の遺跡という仮説がありましたが、いまでは魔石の影響により自然発生するものと考えられています。ですが、その魔石についてですら何も分かっていないのです。人工的に精製できるか研究されていますが、いまだ成功した者はいません。それゆえに前人未踏のダンジョン、もしくは今現在造られている未発見のダンジョンは冒険者にとっての浪漫なのです。そしてダンジョンの象徴である主たるモンスター(冒険者はボスと呼ぶ)を討伐し攻略することが冒険者のステータスになるのです。
さて、ダンジョンについて情報の共有、確認を終えるとおもむろに荷物を背負い込んでクリスから順に出発します。シギンス、メディセグと続くと、ラファルがウォルドの肩を軽く叩き、あとに続くよう促します。ウォルド、ラファルと最後尾にジョディの順で隊列を組んで進みます。
ダンジョンまで8マイル程度の行軍ですので、1刻半もあればたどり着きます。
「だいぶ、緊張しているな。」
「あ、はい、いえ。緊張はしていますが、昨日、制覇したダンジョンですから大丈夫です。」
黙々と歩みを進める中、突如メディセグが話しかけてきました。
「それに、初めて冒険に出たときのことを思い出して、ちょっと興奮しているところもあります。」
「うん。初心忘るべからず、だね。適度な緊張は冒険者には必須だよ。一度、制覇したダンジョンといえども常に危険が隣り合わせだしね。」
「えぇ。ただ、どちらかというと、Aランクパーティーとダンジョンに潜ることが一番緊張するんですが。」
「まぁ、今はそれほど気を張る必要はないよ。ダンジョンまでは問題ない。適度に抜かないと着くまでに疲れちまうよ。」
「えっと、いいんですか?」
ウォルドは先頭をすすむクリスを見ます。クリスは出発してから何かとハンドサインでパーティーに状況を知らせています。
「まぁクリスは斥候だし。問題ないだろ。」
「でも、雑音で邪魔になりませんか?」
「おいおい。うちの斥候殿はレベルが違うよ。この程度、気にしないよ。」
メディセグは気楽に言いますが、一瞬、クリスの切れ長の目がメディセグを睨むのをウォルドは見逃しませんでした。
「それに、うちらを襲おうとするバカな野獣は存在しないしな。まったく問題ない。」
メディセグはクリスのことは棚にあげておいて軽口を叩きます。すると後ろから笑い声が聞こえました。
「たしかに、そんなバカが"いた"として、"いまは"存在しないよなぁ。」
ラファルが笑いながら、"いた"と"いまは"を強調しているところに含みを感じさせます。
そんな取り留めのない話をしているうちに目的のダンジョンが見えてきました。結局、メディセグのいうようにバカな野獣はいなかったようです。
さて、ダンジョンの入口にたどり着いた一行です。ダンジョンは神殿のような建物で、入口には頭が牛で身体はジョディをさらに一回り大きくし、上半身が裸で屈強な筋肉を持った人型のミノタウロスの像が建っていました。
建物は神殿にしては大きいですが、とても迷宮と呼べるような大きさではありません。それは建物がダンジョンの入口とわかるように、人の手によってダンジョンの上に建てられたものだからです。なのでダンジョンそのものは地下に張り巡らされています。間違ってダンジョンに入りこまないよう、このような建物を建てているのです。そして入口に建つ像は、そのダンジョンのボスを表します。ボスにたどり着いていない、未制覇のダンジョンには入口の像はありません。像のないダンジョンは上級の冒険者であっても攻略できない、できていないダンジョンであることがわかります。
攻略不能のダンジョンでは、特にスバルニア帝国の『深淵の迷宮』が物理的に踏破できない迷宮で有名です。現在、地下12階層までは攻略されていますが、それ以下の階層を攻略するには食料がつきてしまい、だれも先に進むことができないのです。このようなダンジョンがあるために、ダンジョンが何なのか解明するには非常に困難で遠い道のりになっているのです。
一行が神殿のようなダンジョンの入口に入ると、そこは礼拝堂よろしく広間となっており、祭壇のあるべき場所には地下へと続く階段があります。階段の幅は広く、冒険者3人が横に並んで同時に降りても十分余裕があります。階段の先は魔石の影響でしょうか、仄かに明るく先が見通せるようです。果たして、ウォルドたちの先には何があるのでしょう?




