第01回 パーティー追放
町の酒場『酔牛亭』は冒険者たちが自由に羽根を伸ばせる場所です。ですが、いつもなら、喧嘩に罵声と、喧騒にまみれる店内は、なぜかしら静寂に包まれていました。わずかばかりの、飲食する音とヒソヒソ声によって店が普段どおりに営業していることがわかります。
そんな店の状況を知らない、あとから騒がしく入店してくる冒険者たちは、その静けさに物怖じして踵を返す者もいれば、店内に顔見知りの冒険者を見つけては何が起こっているのか確認し、静かに飲み始める者もいます。
ことの原因は、店の隅に誰も腰を掛けていない、一つだけ空いたテーブルとその横で椅子に座ることなく、床に手をついてうなだれている一人の冒険者にありました。
この冒険者『ウォルド』は、旅装を解いていない冒険帰りのままの格好で、何刻もそのままの体勢でいるようでした。
ほんの数刻前、ウォルドとその仲間の冒険者たちは、町から8マイルほどはなれた『ミノタウロスの迷宮』を攻略に成功しました。冒険者たちはこの町『ボルデモア』に帰ってくると、まっすぐに『酔牛亭』に向かいました。ウォルドは凱旋と祝勝をあげるものとばかり思っていました。ただ、気がかりなことがありました。それは、冒険者たち(パーティー)のリーダー『ギーニス』がずっと迷宮をでてから不機嫌で何かに怒っていたことでした。
『酔牛亭』に入ると、店で目立たない隅の方のテーブルにパーティーは腰掛けました。ウォルドの正面にはギーニス、その右隣にはパーティーの頭脳の役割を担っている『エリス』が座り、反対側には『ファラ』が腰掛けています。騒がしい店内とことなり、パーティーはファラを除いてずっと黙ったままでした。ファラはずっと何かをつぶやいています。それは独り言のように聞こえますが、『光の神』への祈りの言葉を捧げているのです。いつものことなのでパーティーの仲間たちは誰も気にしてはいませんでした。ギーニスは鬼のような形相で一言も発しません。ウォルドはギーニスの顔をまともにみることができません。重い空気が流れます。しばらくして、しびれを切らしたのか、ようやくエリスが口を開きます。
「ギーニス、いつまでそうしてるのよ。」
冷めた声でギーニスに促します。ギーニスの眉間の皺がより深くなると、感情の限界に達したようで、
「ウォルド、お前はクビだ。パーティーから出ていけ。」
押し殺したドスの効いた声を発しました。さらに、感情が昂ったのか、
「お前は邪魔なんだよ!二度と顔を見せるんじゃねぇ!」
店内に響き渡る大声で叫びます。ウォルドは驚きのあまり、全身の力が抜けました。と同時に浮遊感を感じました。
「お前の居場所はないんだってよ。どきな。」
後ろから声がしました。どうやら、声を発した人物に椅子から突き落とされたようです。気がついたら床にへばりついていました。ウォルドはショックのあまりに虚ろな目で声のしたほうをみると、薄ら笑いを浮かべながら凍るような冷たい目でウォルドを見下げる冒険者がいました。ウォルドは何度か見たことがあります。名前は確か『バッガル』といったでしょうか。あまりよい噂は聞かないですが、腕は確かといわれる冒険者です。バッガルは当然のようにウォルドの座っていた椅子に腰掛けようとします。ですが、それよりもはやく、ギーニスが立ち上がり、
「話は終わりだ。さっさと行くぞ!」
とウォルド以外の仲間に声をかけます。
「ギーニス!」
今度はエリスが声を荒げます。パーティーの頭脳のエリスであればギーニスに翻意を促すことができるかもしれません。ですがウォルドの期待はすぐに裏切られます。
「あぁ、そうだな。」
ギーニスは不承不承に袋を取り出します。その手は怒りによるものか震えていました。そのままテーブルに袋を叩きつけます。店内に金属音が響きました。
「これだけあれば故郷に帰って畑仕事でも十分にやっていけるだろ。」
そう言うと、ギーニスと他のパーティーは席を離れて店の出入り口に向かいます。まって!ウォルドは声を上げようとしましたが、声になりません。それどころか、まったく動けなくなってしまっています。仲間だったパーティーがどんどんと遠ざかっていくのを感じました。店内は静まりかえっています。ウォルドたちの騒動に他の冒険者たちは喧嘩が始まるかと期待していたのですが、期待とは異なる流れでおとなしくならざるをえませんでした。パーティー内の軋轢や解散は日常茶飯事なので普段なら気にするところではないのですが、ギーニスやウォルドはこの町ではちょっとした有名人です。他の冒険者たちにとっては意外な光景に戸惑いを隠せないところでした。冒険者たちはウォルドに背を向けて、また飲み始めます。誰も声をかけることもできずにです。
わかってはいたのです。こんな日が来ることは。そして、ついに見限られてしまったのです。ウォルドは絶望に沈みます。あの日の約束を抱いたまま。
今から16年前、カーラム半島の南に位置するジェルジュ島の村に、この年めずらしく4人の子どもが産まれました。最初に産まれた女の子はエリスと名付けられました。次に産まれた男の子はギーニス、そして、次の男の子はウォルド、最後に産まれた女の子はファラと名付けられました。4人はとても仲の良い家族のように育ちました。
「よし、今日はうさぎ狩りに行こう!」
ギーニスは常に先頭に立って3人を引っ張ってきました。
「ちょっと!丸腰でどうするの?素手で捕まえるつもり?」
エリスは3人に間違いがあれば正し、常に最善の道を示してきました。
「あぁ、弓矢なら人数分揃えるよ。ファラも行くよね?」
ウォルドは細かい準備などが得意で、3人を支えてきました。
「(コク。コク。)」
ファラはそんな3人の後ろを付いてまわってきました。
そんな4人が12歳になった春のことです。光の神と新年を祝う『降光祭』の日が訪れました。この年の降光祭は4人にとって、特別な日です。それは12歳で成人になったことと、王都プルサから光の神の司祭がお見えになり、光の神からの恩恵としてジョブスキルが賜われる日だからなのです。朝、日の出とともに村人たちは村の中央の広場に酒や越冬で残った食料を持ち合って祭りをはじめます。日が暮れる夜まで宴が続きます。冬の間の食事は節制されていたこともあり、4人はいっぱいのご馳走と、祭りの終わりに司祭から受けるジョブスキルへの期待にお腹と胸を膨らませます。村の中央には黒い布で覆われた祭壇があります。日が暮れて夜の帳が下りると、祭りのフィナーレをむかえます。祭壇を覆っている布を取り外すと、祭壇とその上に立つ司祭が現れます。祭壇は月明りを集光し反射させて司祭を明るく照らします。その光景はまるで夜の闇に浮かぶ光の神のようです。ここで司祭から講話があり、いつもであれば、これで祭りは終わります。ですが、この年は4人が待ち焦がれたジョブスキルの授与が執り行われます。さぁ、司祭の講話も終わり、待ちに待ったジョブスキルの授与です。まずは、真っ先にギーニスが祭壇に上がるものと、村人の誰しもが思っていましたが、なんと、祭壇に上がってきたのはファラでした。ギーニスはというと、祭壇の横で泥酔してウォルドに介抱されていました。
「お、俺が一番に、い、一番にスキルをぉぉ。」
「いいから、水飲め。」
静寂に包まれた厳粛な式であるはずなのに、村人の笑い声が溢れた賑やかな式へと変貌を遂げます。
さて、壇上のファラはというと、それまでの3人のあとを追っかけているだけの少女とは異なり立派な立ち振舞で凛々しくありました。直立して司祭から羊皮紙を受け取ります。それを両手で包んで胸の前に捧げます。顎を引き頭を垂れると、それはまるで祈りを捧げるような格好になります。司祭はトリネコの枝葉をボウルに満たされた聖水に浸して、祈りの言葉を唱えながら、それをファラの頭へと振りかけます。程なくしてファラの両手から光が溢れてきました。司祭はファラから光を発している羊皮紙を受け取り告げます。
「汝に与えられた恩恵は、ほぅ、『神職』である!」
村人の笑い声が感嘆に変わります。神職は光の神からの寵愛が強い者が賜る珍しいジョブスキルです。その力は、光の神から奇跡を賜り、怪我や病気を治癒することができます。ファラは満足気に清々しい笑みを浮かべると祭壇から降ります。
「お、俺がぁ!つ、次こそぉ!!」
「はい。はい。水飲め。」
一瞬の静寂にギーニスとウォルドの声がはさまります。再び笑い声に包まれるのでした。ため息とともに次はエリスが祭壇に上がります。同様にして、司祭から告げられたジョブスキルは『魔法使い』でした。神職ほどでないにせよ、知性のある者が賜る、まぁ珍しいジョブスキルで、その力は四大要素を魔法として体現化する能力です。エリスは村人たちにポーズを送ると、それに応えるように村人も盛り上がります。
「お、俺だって。俺がぁ。あ。あぁ。」
「泣くな。水。」
祭壇の横は変わらずです。ウォルドが祭壇に向かおうにもギーニスが腕を掴んで離そうとしません。そこにファラが無言でギーニスの頭に手をのせます。何事かつぶやくとファラの手がうっすらと光り始め、その光にギーニスの今にも死にそうな顔色が徐々に良くなってきました。
「うぉっし!ようやく出番だ!」
ギーニスは飛び上がるように立ち上がりました。
「「ほぅ、これが光の神の恩恵なのか。」」
ファラの力にウォルドとエリスが同時に感嘆を漏らします。そして勢いよく祭壇に駆け上がるギーニスを見送ると大きくため息をつきました。
(ギーニスは良くて戦士か、はたまた木こりか猟師か。)村人たちは好きに予想します。それを傍目に司祭がギーニスから羊皮紙を受け取り告げます。
「んん!これは、な、なんと、勇者!?勇者の誕生だ!」
ボルテージが最高潮に達します。司祭ももうノリノリです。なにしろ、『勇者』は世界にひとり、いるかいないかというぐらい珍しいジョブスキルなのです。しかも、勇者は世界を滅ぼす力を持つ『魔王』を唯一、倒すことができるのです。もう村の盛り上がりは凄まじいことになってます。そんな村人たちの熱気とは裏腹にギーニスは信じられないぐらい落ち着いて、ゆっくりと壇上から降りてきます。そしてウォルドと目が合うと、力強く頷きました。最後にウォルドの番です。祭壇にあがり、手順どおり羊皮紙を緊張で震える両手で、強く握りしめます。薄緑にぼんやりと光りだした羊皮紙を司祭に渡すと、次の言葉を待ちます。
「汝のジョブスキルは、、、。う!?」
「う?」
ウォルドはつられて、おかしな声を発します。それまでテンションが高まって騒がしかった村人たちも司祭に注視し固唾を呑みます。
「(コホン)汝のジョブスキルは、、、あぁ!」
「!?」
「、、、『たまご』だ。」
「はい?」
一瞬、沈黙に包まれました。一部の村人が、よく聞き取れなかったのか、ざわつきはじめます。
「、、、それは、どのようなジョブスキルなのですか?」
ウォルドはたまらず、司祭に確認します。
「あぁ、そのぉぅ、、、わからん、。」
そう言うと、司祭は役目は終わったとばかりに仮宿としている村長宅へと、そそくさと去っていきました。
残された村人たちのうち、これはハズレだと察した者たちから、音も立てずに、潮が引くように自宅に帰り始めました。
気がついたらジョブスキルを授かった4人だけになっていました。ウォルドはおぼつかない足取りで壇上から降ります。3人が迎えるようにウォルドを囲みますが、かける言葉がありません。ウォルドは顔を上げることができず、肩を震わせて涙を堪えていることがわかります。
「俺は勇者だ。」
突然、ギーニスが宣言しました。エリスはぎょっとしてギーニスを睨みつけます。
「勇者だから、魔王を討伐する!」
場違いにも程があります。エリスはギーニスを怒鳴りつけようとしました。ですが、その前に、
「だから、お前たちの力を貸してほしい!」
と、ギーニスは切実に訴えました。
ウォルドも顔をあげ、3人の視線がギーニスに集ります。ウォルドは困惑しています。『たまご』などというジョブスキルで、どうやって力を貸すというのでしょう。それでもギーニスは真っ直ぐウォルドの目を見て言いました。
「ウォルド、どんな事があっても、俺はお前を守る!」
「ちょっと、言いたいことは、わかるんだけど、、、。」
エリスが口を挟みます。
「はぁ、あやうく勇者様をぶん殴るところだったわ。それはそれとして、ウォルド、知っていると思うけど、ジョブスキルは経験によって成長、進化するの。今はわからないものでも進化すれば、きっと役に立つわ。」
ウォルドの目から涙があふれます。でも、その涙は悲しみ、悔しさとは違うものでした。この日、この場所で小さな4人の勇者パーティーが誕生しました。
そして今。ウォルドはひとりぼっちになってしまいました。ジョブスキルは変わらず『たまご』のまま。
「おい。こんなところに大金を放ってると誰かに盗られるぞ。」
いつの間にか、ギーニスの座っていた場所に、歴戦の風貌を携えた冒険者が座っていました。




