第18回 竜の谷
ウォルドは黒竜のもとに黒竜の子ども(幼竜)を届けるため竜の巣に行くことになりました。ウォルドたちは商業都市国家リュージェの東、シデア山脈の麓にいます。
「ここを越えるとスバルニア帝国領だ。」
石畳で舗装された地面と土がむき出しになっている地面の境界を指さして、カルディスがウォルドに説明します。
「街を出るとリュージェでなくなるんですねぇ。」
「だから、見送りはここまでだ。」
「しかし、あっさりとスバルニア帝国に入国できるんですね。」
「そりゃ、マルド王国との国境とは違うからな。スバルニア帝国の南の辺境伯はしっかりしてるらしいが、こっちの北の男爵はねぇ。」
「なにか、悪い話でも?」
「いや、普通?だ。仕事しないで権威にあぐらをかいているのさ。」
「大丈夫でしょうか?」
「だから、ウォルドが幼竜を無事に黒竜のもとに届けてほしい、というわけだ。」
「きゅお!」
「とにかく、気をつけろよ。谷はワイバーンが活発化しているらしいからな。」
「はい、それでは、いってきます!」
ウォルドは境界の先へ足を踏み出します。ついに、念願のスバルニア帝国に入国しました。
「しかしなぁ。」
「どうしたの?」
「ずいぶんと遠回りしたけど。」
「うん?」
「あっさり入国できるもんだなぁって。」
「そうだね。」
ウォルドとビは冷めた感情のまま、竜の谷へと続く道を進みました。
しばらく進んでカルディスが見えなくなり、ウォルドとビ、幼竜だけになりました。
「しかしなぁ。」
「どうしたの?」
「目立つなぁ。」
「あ、確かに目立つね。」
ウォルドとビは幼竜を見つめます。
「きゅお!?」
「袋にいれるわけには。」
「いかないでしょ。」
「きゅお!きゅお!」
幼竜は言葉が理解できるのか、抗議してるように見えます。
「ただ、これだと旅できるかどうか。」
「なんか、変なのに目をつけられそうだよね。」
「きゅおう。」
「え!?ちょっと、待ってよ!」
ビが叫びます。
「どうしたの?」
「こ、この子、無理矢理、干渉してくる!」
「なにが!?」
「うそ、信じられない。わたしの境界にねじ込んできた。」
「どういうこと?」
「ウォルドは気付いてないと思うけど、この子、わたしの境界に入り込んできたから、普通の人には見えないし、声も聞こえないと思う。」
「きゅお!」
幼竜は得意げです。
「また、僕だけが見える、聞こえる、なのか。」
「大きい街だと白い目で見てくる人いないからつまらなかったんだよねぇ。そろそろ。」
「いや、お願い。やめて。」
ウォルドは頭を抱えました。
商隊が通れるように、なだらかな上り坂に整備された道をひたすら登ります。
「ずるくない?」
坂の折り返しでつぶやきます。
「ウォルド!早く!早く!」
「きゅお!」
ビと幼竜は遥か先を『飛んで』います。
「いや、ずるいでしょ絶対。」
再び坂の折り返しに達します。この折り返し地点が広くとられているのは、馬車が馬の向きを繋ぎ換えて前と後ろを切り替えるためです。極力まっすぐに、なだらかに、スイッチバックの構造を取り入れています。ですので徒歩のウォルドにとって、道を無視してまっすぐに飛んでいるビと幼竜に複雑な表情を浮かべます。
どれだけ坂道を折り返したでしょうか、黙々と登り続けて、ヘトヘトです。ビと幼竜は道の縁に座ってウォルドを待っていました。
「ふぅふぅ。」
「あ、ウォルド来た。」
「きゅお!」
「ずるい、ずるい、絶対。」
「お疲れ、ウォルド。ほら、見てみなよ!」
ビの指差す方へ視線を流します。
「わぁ。」
ウォルドの視界に入ったのはタジハ山脈と大きな湾に挟まれた商業都市国家リュージェの街です。絵画のような光景に一瞬で疲れを忘れます。
「いい景色だね。」
「そうでしょう。」
なぜかビが得意げです。
「きゅお!きゅおー!」
おそらく幼竜も得意げです。
「いや、君たちが何かしたわけでないでしょうに。」
ウォルドは思わず笑い出しました。
道は一本道で迷うことなく進みます。突如、視界が開けた場所に出ます。眼下に、谷の遥か底で川が流れているのが見えます。この先にはカーラム半島最大の大河、ネムギス河に繋がっているのでしょう。ふと、商船でお世話になった水夫のことが思い出されます。
道は商隊がすれ違っても谷に落ちることのないよう、広く整備されています。
「ここが、竜の谷か。」
「確かにすごいけど、思ってたのと違うね。」
「たぶん、きちんと整備されてるから、かな?」
「きゅお。」
道は谷に沿ってずっと遠くまで続いています。奥の方にこちらに向かって少しずつ近づいてくる影が見えます。しばらくすると、影が商隊だと分かります。ウォルドは商隊の先頭を進む案内人に声をかけました。
「ワイバーン活発化してるって聞いたのに大丈夫ですか?」
「ワイバーン?」
案内人は振り返って遠い空をみあげます。空の向こうには、なんとなく黒い塊がみえるようです。
「えぇ、活発化してるんですよね?」
「そうだねぇ。活発化してるね、うん。」
案内人は空を見ながら答えます。
「えっと、大丈夫?なんですね。」
「そりゃ、運が悪いと。」
「運が悪いと?」
「荷にうんが落ちてくるね。」
「うん?ですか。」
「うん(糞)。」
「あの。」
「ん?なんだい?」
「被害は?」
「さあ、聞いた話だとそんな感じ?」
「あ、そうですか。」
想像との違いにため息をつきます。
「竜の巣に行きたいのですが、知っていますか?リュージェの人には行けばわかるって、言われたんですが。」
「うん。いけばわかるよ?この先に橋があるから。そこの橋番に聞くといいよ。」
ウォルドは案内人に礼をいって、商隊とすれ違います。空に見えるワイバーンの影はまだ、ずっと遠くに見えるのでした。




