第28話 王家の威信
◆王宮◆
「魔物の大移動だと!」
王宮の会議室では信じられない報告が為されていた。
「馬鹿な! 生贄は差し出したのだ! 大移動が起きる筈がない!」
それを口にしたのは他でもないこの国の国王、ダルガバン・オドラ・ロドルファースその人であった。
「ですが既に大移動は東部で発生しました。最初の大移動は東部の貴族が寸前に発見した事で被害は最小限で抑えられたようです。尋常ならざる数の魔物の素材が市場に流れた事からも事実かと」
「なんだ、沈静化したのか」
魔物の大移動が発生した事には驚いたものの、それが解決したというのならよくはないが良しとダルガバン王は安堵する。
(大移動が発生したことで王家の威信が揺らぐが、それは褒章で規模を誤魔化すよう交渉すれば沈静化できる)
「まだ終わっておりません。討伐の監視に潜ませた密偵が討伐された以上の魔物の集団を確認しました。西部方面に向けて魔物の集団が向かっているのを確認したとの事」
「なんだと!?」
『西部に!?』
これに驚愕したのは王以上に西部に本拠がある貴族達だ。
「報告の通りなら西部は甚大な被害に遭います。途中で進路を変えたとしても針を縫うような奇跡的な進路を取らない限り我が国の民に被害が及ぶでしょう」
「冗談ではない! 我等が巻き込まれて堪るか!」
声を荒げて文句を言ったのは勿論西部の貴族だ。
「陛下! どうなっているのです! 王家の儀式は成ったのではないのです!?」
王家の儀式とは勿論生贄の儀式の事だ。
王家が率先して自らのうちから生贄を差し出していたからこそ、王家は強力な権威を維持できていたのだから。
「したに決まっている! 宰相、確認したのだろう!」
「は、ククミス姫は魔物に襲われました。さらに別種の魔物も挟み込むように姫を襲っていたそうです」
「死体は確認したのか?」
「聖域は鍛えた見届け役にとっても危険ですから、最後の瞬間を見ることは出来なかったそうです」
「ではアレがまだ生きている可能性があるのか?」
「あのドレスで逃げる事は不可能かと」
暗にククミスの豪華なドレスが逃亡防止の足かせに等しいものだったと語る大臣。
いや、だからこそ虐げられていたククミスはその立場に見合わぬドレスを与えられたのだった。
「それでこの状況なのではないか! 呪祭長を呼べ! アレの生死を確認させろ!」
貴族達の射すような視線に苛立ちと冷や汗を流しながら国王は針の筵に座った気持ちになる。
「およびですかな陛下」
暫くすると、王家に仕える呪術師の長がやってくる。
「アレに与えた呪具で生死を確認せよ」
「ほっほっ、そういう事ですか」
ダルガバン王の言葉で自分が呼ばれた理由を察する呪祭師の長。
ただし内心では自分が呼ばれた時点で既に予想はしていたのだが。
「ではククミス姫の宝石にかけた追跡術の反応を確認しますかな。ムンッ!」
呪祭師の長は懐から取り出した水晶玉に魔力を注ぎ、聖域に居るククミスの生死を確認する術を発動させる。
これは王家が聖域に送った生贄がその役割を全うしたかどうか、無事に死んだ事を確認する為のものだった。
「ムムムム……これは……? はて、どういう事だ?」
「どうなのだ! アレは死んだのか!?」
「それが、なんとも奇妙な反応でして。生きているような死んでいるような、はっきりとしない反応なのです」
「はぁ?」
これには呪祭師の長も困惑していた。
長年呪術を使ってきた彼からしても感じた事のない反応が返ってきたからである。
「ええいどっちなのだ!」
「聖域で不測の事態が起きたのだと思われます。かろうじて逃げ延び、しかし負傷しているのか、もしくは何らかの特殊な魔物に襲われ生きたまま食われている最中なのか、はたまた既に亡くなられたものの呪具に問題が発生して正常は反応が返ってこないのか」
呪祭師の長の説明に眉を顰める貴族達。
「つまりアレはまだ生きておるという事か!」
「肯定も否定も出来ませんな」
こうなると我慢ならないのは西部の貴族達だ。
「陛下、これは王家の落ち度ですぞ! 我等の領地で被害が起きたらどうしてくださるのですか!」
「いやその前に避難が先だ! 王都に民を避難させねば!」
「待ちたまえ! そんなことをされても王都は受け入れられんぞ!」
「それは王都の都合だ! 王家が役割を全うできなかったのだからその責任を取ってもらわねばならぬ!」
『そうだそうだ!』
西部の取りまとめ役の大貴族達の発言に派閥貴族達も同調する。
勿論彼等もこの要求が無茶なものだとは分かっている。だがここで強気の要求をせねば事態を解決しても被害請求を無視されて泣き寝入りになりかねない。
のど元過ぎた人は責任から全力で逃れようとするものだからだ。
(この件を盾に王大子の婚約者に私の孫をねじ込んでやる!)
(領地の開拓費用を請求するチャンス!)
(借金をチャラにするチャンス!)
西部の貴族隊は領民の安全などただの建前と内心で個人的な利益を得る事を画策する。
繰り返すようだが、王家の権威は最も高貴な身分である王家自らが犠牲を差し出す事で維持している。
ゆえに、それが為せねば貴族達は王家の権威失墜は免れない。
「その必要はない」
が、それをダルガバン王が制した。
「要は生贄に正しく役目を果たしてもらえば良いだけのこと」
国王は傍に控えていた宰相に命令を出す。
「黒親衛隊を出せ。アレを確実に魔物の餌とせよ」
それは、人の親としてはあまりにも非情な命令であった。




