第94話 英雄伝説
ミルとの会話から数日後。
今日もラットとリオンの二人は、魔導大図書館へ足を運んでいた。
気づけば、それがこの街での当たり前の過ごし方になっていた。
「今日で一週間か……」
ラットは積み上がった本を見ながら、小さく息を吐いた。
魔族の力について調べ始めてから、まもなく一週間が経過しようとしている。
「だいぶいろんな切り口で調べたよな……」
机へ突っ伏しながら、リオンがぼやく。
「そうだね……」
ラットたちはこの一週間、加護をはじめとした強大な力について文献を漁っていた。
まずは〝魔族の力〟についてもっとも類似性が高かった〝加護〟だが、この魔導大図書館でさえも、それを直接扱った文献が存在していなかった。
「思ったより、全然ないね……」
「そうなんだよ……」
リオンが疲れた顔で頷く。
「棚という棚、片っ端から探したしさ。なんなら、あそこで管理してる司書にも確認取ったんだぜ?」
リオンが探した文献の内容の精査はラットが担当していた。
一方、膨大な文献の捜索は、当初から主にリオンが行っていた。
一日中歩き回っても、直接的な資料どころか、加護を示唆する記述すらほとんど見つからなかった。
「世界中に知られてる力なんだしさ。もっとあってもよくね?」
「確かにそうなんだよね。類似した力についての記述はともかくとして。本来の加護については、もっと資料が見つかってもいい気がするんだよ」
ラットはページをめくりながら呟く。
「あのさ。加護のことをさ、水の国では森力って呼ぶの、ほんとにあっているんだよな?」
「うん。それで間違いないよ」
ラットは頷いた。
「エレとか、水の国出身のメンバーから直接聞いてるからね」
「まっ、いずれにしてもなかったんだよな。一応両方で探したんだけど……」
ハハハ……、ラットは苦笑する。
「あと、水の国だと〝勇者〟じゃなくて〝賢者〟って呼ばれるかな」
「あー、それそれ、それもちゃんと探したぜ!」
閃いたようにリオンが語る。見つからないのが一つの物語のように……。
「あったとしても、〝英雄伝説〟の水の国の翻訳本くらいだぜ」
ラットは読んでいた本を静かに閉じた。
〝加護〟……あるいは〝森力〟……。
世界中に存在が知られているはずの力。
それなのに、あまりにも記録が少なすぎた。
(……意図的に消されてたりしないよね?)
強すぎる力だからか。
(まあ、悪用されたら世界が滅びるかもしれないし……)
あるいは別の理由か。
(いや、敵に加護への対策をされないようにするためかも……)
真相は分からない。
だが、これまで何度も勇者は召喚されているはずなのだ。
それなのに。
加護についての痕跡は、不自然なほど残されていなかった。
*
次に調べたのは、神と同等の力を持つと言われる〝大精霊〟についてだった。
神を信仰するのが、教会を中心とした〝ファーマメント教〟。
そして、精霊を信仰するのが、神子であるエレを中心とした〝精霊の守人〟だ。
この世界を二分する、二大宗派。
大精霊とは、その片翼において信仰の対象となっている存在だった。
(エレを勇者パーティに勧誘するの。すごく大変だったな……)
この世界には、地、水、火、風、光、闇といった基本属性を司る大精霊が存在している。
これに加えて、無属性と分類される属性がある。しかし、それについてもさらに細分化できるようだ。空間、時間、精神、肉体、概念に分けることができ、それを司る大精霊の存在も確認できた。
(肉体や精神を司る大精霊がいるところまでは、わかったんだけどね……)
ラットは資料へ目を落とす。
(それだけ、なんだよな)
肉体を変化させるのは、肉体の精霊の領分。
それに対して、〝魅了〟の力は精神へ干渉する精神の精霊の領分だ。
だが。
肉体と精神……。
その両方を成立させるような存在は、どの文献にも見当たらなかった。
神や精霊以外にも……
各国の伝承。
強力な魔物。
幻獣。
さらには神器に至るまで調べてみた。
しかし、条件に当てはまりそうな存在は、終ぞ見つからなかった____。
「リオン、ここまで探して駄目なら、今日で一旦切り上げようか!」
「おう!!」
リオンも疲れたように肩を回した。
「最後……、今日は何探す?」
ラットはすぐには答えられなかった。
正直なところ、もう思い当たるものがない。
調べられそうな切り口は、ほとんど潰しきってしまっていた。
あとは、無作為に当たるしかない。
「今日は自由に探そうか……」
ラットは苦笑する。
「リオンも、鍛冶関係とかで気になる本があったら読んでていいよ」
「おっ、マジか!」
そう言ってリオンは、少し浮かれて鍛冶関連の棚へ歩いていった。
一人になったラットも、本棚の並ぶ通路をゆっくり歩いていく……。
もう打ち止めかもと、そんなことを考えながら、ラットは広大な本の森をあてもなく彷徨っていた。
*
ふと、ラットの視線が歴史の棚で止まった。
並べられていた一冊の題名〝英雄伝説〟、それが目に留まったのだ。
__英雄伝説
世界中で広く知られている、勇者たちの活躍を物語としてまとめた書物。
勇者は、これまで幾度となく召喚されている。
大災害、破滅級の魔物、疫病、国家間の戦争……。
世界を揺るがす危機のたび、勇者は現れ、それを乗り越えてきた。
そうした物語がまとめられ、語り継がれているのがこの書物だ。
さらに、それぞれの国の文化に合わせた翻訳版が存在することでも有名だった。
「懐かしいな。風の国のはよく読んだっけ……」
ラットは本を手に取る。
「他国版って、読んだことなかったかも」
自国版があるなら、わざわざ他国版を読む必要もない。
ラットの認識は、その程度だった。
「こういうのって、微妙にニュアンス違ったりするんだっけ?」
軽い気持ちでページをめくる。
〝リディアスレンズ〟を通し、流れるように文章を追っていく。
パラパラと読み進めていた、その時……。
「あれ……?」
ラットの手が止まった。
「これ、読んだことないかも?」
違和感を覚え、もう一度最初から読み直す。
どうやら、この物語の主人公は〝賢者〟らしい。
ラットはこれまで、〝英雄〟のことを国ごとに違う呼び方で表現しているのだと思っていた。
風の国では勇者。
水の国では賢者。
そういう違いだと。
いや、ラットだけではない。
それは世界の常識だったはずだ。
だが、違った____。
実際には、勇者には勇者の物語があり。
賢者には賢者の物語が存在していた。
舞台も、明記こそされていないが、それぞれ風の国と水の国に分かれている気がする。
〝同じもの〟と形容されていたのは、その在り方だった。
世界を救う、英雄的存在であるという意味だったのだ________。
「へぇ……」
ラットは自然と読み進めていく。
そして、その中で一つの記述に目が止まった。
〝時間〟へ干渉する力を持つ〝賢者〟だ。
「時間を操る賢者、か……」
思わず呟く。
子供の頃から読み聞かされてきた英雄伝説。
その中に、まだ知らない物語があったことへ驚きを覚えた。
丸一日かけて読み進めた末。
結局、見つかったのは時間に干渉する力の伝承ばかりだった。
肉体変化と精神干渉。
それに関する力は、どこにも存在しなかった。
「……これで全部か」
ラットは椅子へ深くもたれかかった。
もう他に当てもない。
これで完全に打ち止めだ____。
大きく息を吐く。
「シールも心配だしな……」
ラットはマナベルへ視線を落とした。
ミルとも連絡を取り、予定通り今日で調査を切り上げて、明日は旅の準備だ。
そう考えながら、ラットは静かに本を閉じた。
*
ラットは一度席を立ち、リオンの様子を見に向かった。
リオンは、本棚の隅で一冊の本を読んでいた。
題名は〝少ない魔力での魔力運用〟……。
「そんな本読んでるんだ?」
声をかけると、リオンが顔を上げる。
「お、ラットか。家事関連はある程度読み終わったからな」
ラットは本の表紙へ目を向けた。
「読めるの?」
「ちょっとだけな」
リオンは苦笑する。
「この国の本って、読めない文字で書かれてるの多いから苦労したぜ」
どうやら、図や挿絵。
そして、自分が精通している鍛冶関連の知識を頼りに、辞書を引きながらなんとか読み進めていたらしい。
「そっちは成果あったのか?」
「いや……」
ラットは小さく首を振った。
「結局、決定打になるものはなかったよ」
それを聞いたリオンは、あっさりと言う。
「そういう時もあるさ」
どこか軽い口調だった。
だが、不思議と気が楽になる。
「……そうだね」
ラットも苦笑した。
わからないなら、わからないなりにやりようはある。
予測して。
試して。
失敗したら、また繰り返す。
ヒーロとの旅でも、何度もそうしてきた。
以前の戦いからでも、多少の情報は得られている。
なら、それを頼りに戦うしかない。
ラットはそう気持ちを切り替えながら、本を棚へ戻した。
そして二人は、静かに図書館をあとにした____。
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。
引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!
改訂版
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