第93話 あなたに見せたい景色
ミルは、理解できずにいた____。
ブルンネンに来て、かつての自分の故郷へと足を踏み入れた。
父のいた世界最高峰の魔法研究機関。
そして、魔法学園。
リヴェルナ博士と出会い、
過去の父の姿や自分についても聞くことができた。
「ナレッジ博士はね。魔道科学の基礎を固めた方でもあるんだよ」
「〝生きたい〟と願っていたんだと思う」
自分の記憶が保存されている記憶媒体に、
接続すれば思い出せはする……。
しかし、この場所にいて、
それをしたとしても、
新たな感情は何も湧いてこなかった____。
「……だからこそ、ナレッジ博士は……そんな娘の願いを叶えたかったんだろうね」
父の想いについて聞いたときは、
少しだけ胸の奥が温かくなった____。
同じように温かくなったのは……
いつだっただろう____。
この魔法学園にきて、
たくさんの人が自分に興味を持ち、話しかけてきた。
「ミルさんは魔導機械なんだよね?」
「……ん」
「眠ったりはするの?」
「……する」
「ご飯って必要?」
「必要……エネルギーになる」
「好きなものあるの?」
「……ミルク」
囲まれ。
注目されている。
それ自体は、嫌ではなかった。
でも胸の奥は変わらなかった。
何が違うのか、理解できなかった____。
*
講義を受けながら考えた。
「より効率的に魔法文字を付与するためには……」
「科学の機構を組み込むには……」
アリエスやリヴェルナ博士の研究を手伝いながらも考えた。
「次は戦闘時の出力の測定をしよう……」
「エネルギーへの変換効率は……」
ずっと頭の片隅に引っかかっていたから___。
風車の街では、魔導機械の依頼を受けてから整備が終わるまで、
彼は毎日のように店へと来てくれた。
王都では彼のかつての仲間と戦った。
共に窮地を乗り越えた。
風語りの村ではミルクを持ってきてくれたし、
その気づかいが嬉しかった。
はじめてだったから。
日々の冒険で、一緒にいくつもの魔導機械を造った。
様々な記憶を辿る中で、胸の奥が温かくなったときにはいつも彼がいた。
ふと思い出す……。
精霊の街で彼が妖精たちに囲まれていた時。
__嫌な気がした。
そのあと、彼が好きな景色を見せてもらった時。
__いつも以上に胸が温かくなった
「……?」
そこでミルは気づく。
自分が、マナベルを気にしていたことに。
なぜ……?
なぜ、自分は気にしているのだろう。
誰かからの連絡を待っていた……?
答えは出ない____。
*
そんなある日。
研究の最中、古い記録を辿っていたミルは、一つの場所を思い出す。
昔、自分が好きだった場所。
なぜ好きだったのか?
街を一望できた。
昼は空が近く感じられ、
夜になれば街中の魔力灯が星のように輝いて見えた。
病室にいることも多かった自分は、
その景色を眺めている時間が好きだった。
そう記憶には残っている。
感情を得られるかもしれない。
はじめは一人で行こうとした。
だが……。
何かが足りない気がした。
ミルは胸元へそっと手を当てる。
そして。
「……ラット?」
自然と、顔が浮かんだ。
ミルは、マナベルを手に取り、魔力をこめる。
「どうしたの? ミル……」
静かな声だった。
ミルは、古い記憶に残っていた場所のことを伝えた______。
*
二人は、魔法都市の一画で合流する。
そこは、浮遊都市研究の一般にも公開されている実験区域だ。
まだ都市そのものを浮かせるには至っていない。
だが、空中へ浮かび上がっている一部の区画が存在する。
公園のように整備されたその場所は、〝浮遊園〟と呼ばれていた。
指定された場所へ向かうと、魔力で形成された淡い光の階段が続いている。
二人はその階段を上っていった。
辿り着いた先。
そこからは、魔法都市を見渡せる景色が広がっていた。
夜の街は、昼間とはまるで別世界だ。
建物の窓や街灯から溢れる魔力灯の光。
闇の中で静かに瞬いている。
青、緑、金、紫…………。
色とりどりの光は星空のように街中へ散らばり、
幻想的な輝きで魔法都市を包み込んでいた。
吹き抜ける夜風は心地よく、
まるで空へ浮かんでいるかのような錯覚さえ覚える。
静かな夜景だけが、二人の前にどこまでも広がっていた。
「すごい……こんなところがあったんだ」
ラットは目を輝かせる。
「ラットは、はじめて……きた?」
「うん。こんな場所があるなんて知らなかったよ」
ラットは、夜景へ目を向けたまま笑った。
「すごく綺麗だね……」
その姿を見て、不思議に思った。
自分が好きだったはずの景色。
けれど、ラットの笑顔を見るまで何も感じなかった。
なのに。
今は違う____。
ラットが笑っている。
その姿を見ていると。
胸の奥が、また少しだけ温かくなった。
ようやく理解した。
ここにくるまでは、自分に関心を持つ者はいなかった。
学園の人たちは、〝魔導機械人形〟としてのミルを見ていた。
けれどラットは違った。
ラットは、〝ミル自身〟を見ていた。
そして、ラットをきっかけに、自分自身を見てくれる人が増えていった。
「きて……よかった…………」
「ん?」
ミルは、小さく首を振る。
「……また一緒にきて」
その言葉に、ラットは少しだけ目を見開いた
「もちろん!」
……そう言って笑った。
それからミルは、
この街で父の友人であるリヴェルナ博士と出会ったこと。
リヴェルナ博士から聞いた父の想い。
魔導機械人形について。
そして、過去の自分について、ラットに伝えた。
普段よりも多く語る自分の話を、
つたない自分の言葉を、
ラットは真剣に聞いてくれた____。
話をしながら思い出す。
自分の代わりに、いつも笑ってくれた。
自分が困っているときは、いつも寄り添ってくれた。
そして、今、ラットと来たこの場所は……
またミルにとって大切な場所になった________。
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
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