第91話 天を穿つ魔導巨兵
地響きと共に現れた。
食堂の大きな窓の一面に映る大きな影。
ズウウゥゥゥゥゥ………………………………ン
再びの地響き、巨大なゴーレムが窓から覗き込んでいた。
(おい、なんだよ、あれ……)
(魔物じゃ、ないだろうな……?)
(ここは五階よ!)
(デカすぎるだろ……)
(あんなのが暴れたらやばいんじゃないのか?)
ついさっきまで楽しげな声で包まれていた食堂は、一瞬でざわめきに包まれた。
驚きと不安の声が、あちこちから飛び交う。
「大きい〜〜〜!」
そんな中、ポニだけは目を輝かせていた。
怖がるどころか、巨大なゴーレムへ純粋な好奇心を向けている。
「ゴーレム研究のやつね」
アリエスが落ち着いた様子で呟く。
「落ち着きなさいよ。まだ研究中のもので、騒ぐほどのことじゃないわ」
リタも慣れた様子で食事を続けていた。
どうやら学園では、多少なりとも知られた研究らしい。
事情を知る生徒たちが周囲をなだめ始めたことで、食堂の空気も少しずつ落ち着いていく。
だが……。
落ち着き払った食堂の中、ポニだけが今だにソワソワとしていた。
「あなた、興味があるの?」
その様子に気づいたリタが苦笑する。
「はい……。あれだけ大きなものが動いているなんて、はじめてで……」
ポニはずっと窓を気にしている。
リタとの会話を話半分に、横目でちらちらとゴーレムを見ていた。
「ゴーレムってあんなに大きいんですね……」
「本当はね。ゴーレムってもっと小さいのよ」
アリエスはポニの様子をニヤニヤと楽しみながらに伝える。
「……でもね。現存するゴーレムの中で、もっとも大きいものを作り出す。ゴーレムの限界に挑戦する研究みたいよ」
ポニの目が輝いた。
「すごいですっ! あれを作っちゃうんですか!!」
ポニの関心はさらに高まっていく。
しかし、
「でも、動かなくなっちゃっいましたね……」
少し前から一向に動かないゴーレムを見て、残念そうに言葉を漏らした。
「まだまだ試行錯誤してる段階なのよ」
「そもそも動いたのなんてはじめてよ。私だって見たことなかったんだから」
「そうなんだ……」
ポニは残念そうな声を漏らす。
「……見てる」
ふと、ミルが呟いた……。
「見てるって、何がよ?」
「ゴーレム……」
ミルの視線は、窓の外の巨大な顔へ向けられている。
アリエスとリタも怪訝そうに視線を向けた。
「ゴーレムの目って、あれよね?」
「生物ではないから。目としての役割があるかは分からないけどね」
「それにあれってこっち向いてるの?」
リタが言いながら、ふと首を傾げる。
「……ねえ、なんか…………こっち向いてる気がしてこない?」
リタの意見が変わりだす。
「え〜、そんなわけ…………」
そう言いながらも、アリエスの声が段々弱くなる。
ジッと、ゴーレムを見つめるアリエス。
「確かに、なんかそんな気がしてきたわね……」
じぃぃぃぃ______。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
気づけば四人全員、ゴーレムと見つめ合っていた。
妙な沈黙が流れる。
そして。
「……いってみる?」
ミルが提案した。
*
食事を切り上げ、ゴーレム研究の試運転を実施していた場へとやってきた四人は全員が空を見上げていた。
「大きいわね……」
「えぇ……」
アリエスとリタが言葉を漏らす。
見上げるほど巨大な体躯。
全身は無数の岩盤を無理やり繋ぎ合わせたような構造をしている。
岩の隙間からは魔力の淡い光が漏れ出ている。
岩盤の内側を血液のように魔力が通っているのがわかる。
近くで見ると、その威圧感はさらに凄まじい。
そして、その足元では、研究者らしき者たちが荒々しく叫んでいた。
「動け! 動けって!!」
「せっかくはじめてまともに動いたと思ったのに……!」
「なんで動かなくなったのよ……」
研究者たちがそれぞれに、思いの丈をぶつけていた。
「ダメだ。さっぱり動かなくなっちまったな」
「魔法文字が焼き切れたんじゃないのか?」
「出力が大きすぎたかしら……?」
「いや、そもそも魔力切れとかは?」
「確かに……あのサイズだ。一気に使い切った可能性も考えられるな」
「他の要因も考えるべきだろ?」
「記録は!? 記録取ったか!?」
はじめての研究の前進に、現場は大混乱だった。
「すごいですねぇ……」
「ん……」
ポニは相変わらず、のんびりとマイペースに、それを観察し……。
ミルもそれにあわせて、空を仰いでいた。
その瞬間だった。
ごぉぉぉぉぉ…………………………。
大きな質量が空気を搔きわける音が四人の元に近づいてくる。
「うそっ!?」
「ちょっと!!?」
押しつぶされるのでは?
そう思ってしまうような急なゴーレムの動きにリタとアリエスは声を上げた。
しかし、ゴーレムが体勢を低くしたところでそれは止まる。
「…………」
「…………」
驚いた二人は抱き合ったまま無言でそれを見つめていた。
想定外の動きに、一喜一憂する二人。
また動き出すのでは?
……と、警戒を怠らない。
ごぉぉ____
ゴーレムの腕がゆっくり動く。
びくっ__
二人の肩が跳ねた。
____ぉぉぉ
ゴーレムの巨大な手は、ポニの前で動きを止めた。
「な、なんだ……?」
「動いたぞっ!?」
「記録はまだ止めるなよっ!!」
落ち着きはじめていた研究者たちは、再び騒ぎ出す。
だが、当のポニは……。
「…………?」
きょとんとしていた。
「握手……、でしょうか?」
そして、ごく自然な動作で、自分の手を差し出した。
「ちょ、ポニ!?」
アリエスが止める間もなかった。
ポニの手が、巨大ゴーレムの指先へ触れる。
その瞬間。
フォン________
触れた指先を中心にして、ポニとゴーレムが淡く光出した。
辺りからも魔素が溢れ出し、集まってくる。
集まった魔素はポニとゴーレムを包んでいった。
完全に包み込み……
そして、次第に消えていく。
「…………?」
ポニ自身、何が起こったのかまるで理解できていなかった。
「ねえ、アリエス……。今のって……」
「契約……だと思う」
二人には見覚えがあった。
このブルンネンは魔法都市だ。
動物や魔物と契約することなど、日常茶飯事のことである。
「ポニはわかってないわね……」
「つまり、服従契約……」
__服従契約
相互で取り交わすものではなく、
〝あなたに従います〟と一方的に結ばれる契約のこと。
従う側の意思でのみ契約することが可能であるが、
なんのメリットもないため、ほとんど結ばれることはない契約。
要は〝あなたに従うから、一緒にいさせてください〟
という愛の告白のような意味合いのものでもある。
それを見ていた研究者たちは、唖然としていた。
「…………は?」
研究者たちだけではない。
〝意味が解らない______〟
そこにいた者たちは一様にそう考えていた。
*
研究者の一人がいち早く冷静になった。
「契約……したのか?」
「そんな馬鹿な……」
研究者が震えた声を漏らす。
「このゴーレムは、意思を持たないただの人形だぞ……!?」
契約魔法は、意思ある存在同士でしか成立しない。
それは、契約魔法を知っている者なら当たり前のことだ。
「いや、待て……」
一人の研究者が、ハッとした表情を浮かべる。
「……意思が……あるのか?」
考えられる理由はそれしかない。
「このゴーレムに……意思が?」
「そんなことが……」
〝意思ある存在同士でしか成立しない〟というのが証明になる。
つまり、意思があるからこそ、成立したということだ。
「もしかしたら……」
研究者の一人が可能性に気がつく。
「大規模な出力を得るために、高純度の大型魔力鉱石を核としていたはずだ」
「……魔力の塊」
その言葉に、全員の顔色が変わった。
「まさか……精霊のように自我が芽生えた……ってことじゃないのか?」
「それが核になっているからこそ、ゴーレムに意思が……?」
「いや、だが実際に……」
研究者たちの目の色が変わっていく。
つい先ほどまで失敗で沈みかけていた空気が、一気に熱を帯び始めた。
「これは……検証する価値があるぞ……!」
「新発見かもしれないわ!!」
「研究が大きく進むぞ!!」
さっきまでの落胆はどこへやら。
研究者たちは一斉に興奮状態へと突入していった。
しかし、理解がまるで追いついていないポニは目を点にしている。
そこへ研究者の一人が勢いよく駆け寄ってきた。
「ぜひ研究に協力してほしい!!」
「え……?」
「君しかいないんだ!!」
「えぇ!?」
困惑するポニ。
それを見て、アリエスがやってきた。
「ちょっと待って。この子には事情があるの」
アリエスは、ポニが短期間だけの学園へ滞在していることを説明する。
「なるほど……」
研究者は少し考え込み……、すぐに顔を上げた。
「なら、滞在している間だけで構わない!」
「講義の合間、少しだけ!!」
「ぜひ協力してくださいっ!!」
熱意がすごい。
ポニも気圧されている。
「……どうするの?」
ミルがぼそりと呟いた。
研究者たちの懇願するような瞳……。
「私でよければ…………」
こうしてポニは、ブルンネンに滞在している間、
ゴーレム研究に協力することになったのだった______。
*
四人が食堂を後にした頃。
その背中を、離れた席から見つめている三人のエルフの女性がいた。
「あの子……授業で失敗ばっかりしてる子よね」
一人が、不機嫌そうに呟く。
「そうそう。精霊魔法は多少使えるみたいだけど、知識が全然ないのよ」
「講義中も先生の言ってること理解できてないし、実技でも失敗ばっかり」
呆れたような声が続いた。
「ここは魔法学園の最高峰よ。なんで魔法について何も知らないのよ」
「なんのために学園来たのって感じよね」
「魔法にほとんど触れたことがないような、できそこないがくるところじゃないわ」
次第に黒く染まっていく言葉。
「失敗するだけならまだしも、講義の進行まで止めちゃってさぁ……」
「正直……、迷惑なんだけど」
「なのに本人、全然気にしてないのよね」
「のほほんとしてるっていうか……反省してる感じないし」
三人の視線の先では、ポニが楽しそうにアリエスたちと話していた。
その様子が、余計に気に障った。
「普通あれだけ失敗したら落ち込むでしょ」
だが、気に入らない理由はそれだけではなかった。
「しかもさぁ……」
一人が眉をひそめる。
「リヴェルナ博士のところで学んでる……付与魔法で実績も出したアリエスに」
「一握りしか使えない特級魔法使いのリタ」
「それに、今話題の魔導機械人形でしょ」
「なんであんな子が、ああいう目立つ連中に囲まれてるわけ?」
羨望。
嫉妬。
そして、苛立ち。
感情が、じわじわと滲み出る。
「なんか、自分もすごい側です〜、って顔してるのが腹立つのよね」
「わかる」
「たいした能力がないやつが混じって、一緒に注目をあびているのが気にいらないわ」
前のめりになって。
「ちょっと、現実見せてあげましょうよ」
話した。
「そうね」
クスクスクスクス________
三人は、意味深に笑い合った。
*
その日。
午後の講義を終えたポニは、一足先に待ち合わせ場所へやってきていた。
夕暮れの風が、静かに吹き抜ける。
近くの手すりには、チリリがちょこんと止まっていた。
「今日は、すごいこといっぱいあったね!」
ポニは笑う。
「〝ゴーくん〟とも、これから仲良くできるといいな」
ポニはゴーレムのことを〝ゴーくん〟と名付けていた。
ピィッ____
チリリが小さく鳴く。
「まだまだ、お家に帰るには時間がかかるけど……今は精一杯がんばろうね」
ポニは空を見上げながら呟く。
「お父さんやお母さんとも、本当に寂しい時はお話できるし……まだ……がんばれる……」
けれど。
「早くお家に帰りたいね……チリリ…………」
その声は、少しだけ震えていた。
ポニは膝を抱え、顔を伏せる。
肩が、小さく揺れていた。
声を押し殺すように、ひっそりと泣いている。
「…………」
その様子を、少し離れた場所からリタが見ていた。
何も言わない。
ただ、静かに視線を向けていた。
しばらくして……。
ポニが落ち着いた頃を見計らい、リタは何事もなかったように姿を現す。
「待たせたわね」
いつもの調子で声をかける。
「お疲れ様です! リタさん♪」
笑顔を作る。
リタは少しだけ視線を逸らしながら、ぶっきらぼうに口を開いた。
「……なんか困ったことあったら、わたしに言いなさいよ」
一瞬、きょとんとしたあと、ポニはふわりと微笑む。
「はいっ」
その返事に、リタは照れ隠しのようにそっぽを向いた。
「……がんばんなさいよ」
そっけない言葉だった。
だけど、不思議とあたたかかった。
ポニは少しだけ目元を緩める。
夕暮れの風が、静かに吹き抜けていった______。
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。
引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!
改訂版
https://ncode.syosetu.com/n5295md/




