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第87話 娘への想い

 魔法学園__。


 ブルンネンには、魔法研究機関にて研究するための前段階、研究に必要な基礎知識を得るための施設がある。それが魔法学園である。


 魔法学園は講義と実技を軸に構成されており、魔法の基礎理論から応用方法、未知の可能性の探求、実践演習など、多岐に渡る分野を学ぶことができる。その内容は魔法研究機関によって新たに判明した知識や研究成果をもとに、常に更新され続けている。


 魔法の研究は常に進んでいるため、一度卒業しても手続きを踏めば特定の講義を受けることができるようになっている。また、学校自体が魔法の発展を推進しているため、研究者にツテがあれば、見学という形で講義を受けることも可能だ。


 さまざまな種族が集まっていることもあり、生徒たちの年齢層は幅広い。中には老人のような見た目をした学生の姿も見られる。授業は半年ごとに区切られており、基礎課程から段階的に学んでいく形式となっている。三年ほどで一つの専門分野に必要な単位を修め、卒業となるのが一般的となる。


 卒業後の進路はさまざまである。そのままブルンネンに残り研究者となる者もいれば、故郷へ戻り、学んだ魔法を人々の生活へ役立てる者もいる。



 魔法学園に入った三人はアリエスの恩師である〝リヴェルナ博士〟の元へ向かった。

 博士のことをアリエスは、とても尊敬していた。博士はエルフで、町の巨大な防御結界や一部の地域で使われている天候の操作など、人の生活を豊かにする魔法の研究を長くしており、それを実用段階まで成し遂げたからだ。


 アリエスは研究内容に感銘を受けただけではない。結界や天候などの巨大な付与魔法エンチャントの技術、さらに魔力が関係している病などについて、知識を深めるのに最も適していると考えたため、この研究室を選んだのだ。


「リヴェルナ博士、只今戻りました!」


 アリエスは研究室に入り、博士に声をかける。ミルとポニも、アリエスに次いで、研究室へと入ってきた。


「おや、アリエス。結構時間がかかったね。今日は一人って聞いていたから、すぐに戻ってくるかと思っていたのに。混んでいたかい?」


 博士は振り返り、三人を見る。


「……」


 博士の視線がミルを見て、一瞬止まったように感じた。


「すみません。急な来客になってしまって……。こちら食堂で出会って意気投合しまして」

「構わないよ」


 博士は二人に向き直り、


「いらっしゃい。私は〝リヴェルナ〟だ。ゆっくりしていきなさい」


 と告げた。


「ポニといいます」

「ミル……」


 二人も挨拶をする。

 それを聞き、博士の目は見開かれた。


「ミルさん……? もしかして……、君の身内に〝ナレッジ・テクノ〟という人物はいないかい?」

「お父さん……」

「お父さん!? いや、……ありえない。どういうことだ……」


 博士の反応を見て、アリエスも平静でいられなくなる。


「あの……、どうされましたか?」

「ナレッジ・テクノ……ナレッジ博士は私の知り合いなんだ」


 博士は声を震わせて話し出す。


「彼を父というのなら、君の名前は〝ミル・テクノ〟だろ?」

「……ん」

「彼がまだここにいた頃、つまり数十年以上前に私は君に会っている……」


 博士の動揺の理由はわからない。

 だけど……


「ミルが造られたのは数十年前ってことでしょうか?」


 ということだろうか。


「つくられた? どういうことだい?」


 いまいち話が嚙み合ってない気がする。


「ミル……、つまり魔導機械人形ギアノイドはすでに数十年前に実現していたということでしょうか?」


 博士は何を驚いているのだろう?

 確かに魔導機械人形がそれほど前に完成していたということは驚くべきことだ。

 だが、もともとそれを知っていたのなら驚く必要はないはずだ。

 数十年前に実現していた魔導機械人形が目の前に現れたとして、それほど驚くことがあるのだろうか?


「ギアノ……イド……? 君は魔導機械人形ギアノイドなのかい?」

「……ん」


 アリエスは理解できなかった。

 ミルが魔導機械人形ということを知っていたのではないのか?


「なるほど、そういうことか……」


 博士が何かを理解したようだ。


「ミルさん、私はテクノ博士とは友人で〝リヴェルナ・アメニシア〟というものなんだ」


 博士が家名を名乗るのは珍しい。何か理由があるのだろうか。


「ナレッジ博士とはよく意見交換をしていて、そのときに君とも会っているのだが、覚えていないかい?」


 ミルは目を閉じ、記憶を呼び出す。


「あなたの記憶……見つけた。お父さんの知り合いみたい…………」

「やはりそうか。記憶がうまく定着していないんだね」

「どういうことですか?」


 未だにどういうことか見えてこない。


「魔導機械人形と、その元になる〝精神〟と〝記憶〟の話なんだが……」


 博士がいうには。

 魔導機械人形というのは、義手や義足の延長線上、肉体そのものを魔導科学によって造り上げた存在らしい。

 脳に格納されていた記憶を魔導機械人形の記憶媒体に移し、さらに精神そのものを移植して定着させることで、〝本人〟として活動できるようになるという。

 これは事故や何らかの病気で、体が致命的なダメージを受けたときに使用する技術だ。


 この精神というものは、体から離れたり、死んだりした場合、時間の経過と共に徐々に霧散していき、再度、生をうけるための準備としてリセットされる。


 しかし、精神の霧散が進んだ状態で魔導機械人形に移植すると、記憶と定着しにくくなり、記憶の引き出しが困難になるらしい。


 例えるなら、これはアルバムの状態だ。

 正常に定着している場合、記憶は脳へ直接刻まれているため、自然と思い出すことができる。

 しかし、定着が不完全な場合は違う。

 移植して記憶は存在していても、それは整理されたアルバムを一枚ずつ開いて確認するようなものになる。

 アルバムのように意識しなければ辿り着けず、知っているはずの相手ですら、すぐには認識できない。


 だからこそミルは、博士を見てもすぐには思い出せなかった。


「つまり、ミルはもともと人間族ヒューマだったということですか?」

「そうだね。そして、その人間族のときに私は彼女と出会ってたんだ」

「そうだったんですね」


 研究室に入ったとき、博士がミルを見て、ほんの少しだけ視線が止まったように感じたのは、知り合いに似てるな、程度の認識だったのだろう。ミルと出会ったのは、ナレッジ博士がヴィントミューレに行く前の話で十数年の出来事だ。年齢が合わない。だからすぐに別人だと理解したようだ。だが、それは誤りだった。


「それにしても、ナレッジ博士はヴィントミューレでも研究の続きをしていたんだね。今はご存命かい?」

「一年前に死んじゃった……」


 ミルは首を振った。


「ナレッジ博士はね。魔道科学の基礎を固めた方でもあるんだよ」


 博士はどこか懐かしむように目を細めた。


「それが認められたのが、確かナレッジ博士が三十半ばくらいのときだったかな」


 そう言いながら、ゆっくりと窓の外へ視線を向ける。

 夕暮れの光が横顔を照らしていた。


「それから十数年、もう亡くなられてしまったのか……」


 小さく漏れた声には、僅かな寂しさが混じっている。


「人間族の寿命はやはり短いな。いや、人間族にとっても短いのか?」


 博士は静かにミルへ視線を移した。


「それほど無理をして完成を急いだのだろうな……。君のために」


 博士はそう呟くと、しばらく黙り込んだ。

 まるで遠い時代へ思いを馳せるように、静かに目を閉じる。


 魔導科学の礎を築いた天才。

 数々の研究成果を残した偉人。


 だが同時に、娘のため、自らの寿命を削るほど研究へ没頭した人物でもあったのだろう。


「君の記憶の博士はどんな感じでしたか?」

「二人で色んな魔導機械、造った……笑ってた」

「……そうか」


 博士は静かに頷き、再び窓の外へ目を向けた。


「あの……博士。なぜナレッジ博士は自分の命を削ってまで完成を急いだんだと思いますか? 完成を急がなければ、今もミルと過ごせたかもしれないのに……」


 アリエスは質問する。


「それは先ほど彼女が見せた〝精神と記憶の定着〟に関するところだろうね」


 静かに告げられた言葉に、アリエスは小さく首を傾げる。


「精神が霧散するまで時間がなかったんだよ」

「それってつまり……」

「そうだね。彼女は一度、亡くなっているんだよ」


 博士は静かに目を伏せた。


 博士の専門は、生活向上や病の治療に関する研究だ。

 魔導科学そのものは専門外だった。

 それでもナレッジ博士の研究には共感する部分が多かった。


 “魔導や科学で人々の生活を豊かにする”


 その考え方は、博士の研究とも通ずるものがあったからだ。

 それがきっかけで、二人は交流を深めていったらしい。


 ナレッジ博士には娘がいた。

 だが、重い病を患っていた。


 おそらく最初から娘を救うためだったのだろう。

 義手や義足……身体の一部を補う技術の研究から始まり、やがて魔導機械人形ギアノイドという構想へと繋がっていった。


 博士も基礎理論だけは、見せてもらったことがあるようだ。

 しかし、当時の魔法都市では到底実現不可能な代物だった。


 記憶媒体への記憶の保存。

 精神の移植、そして定着の技術。

 魔導機械による肉体の再現と成長させるための機構。

 どれも当時の技術水準を遥かに超えた、まさに空想の産物だった。


 それでもナレッジ博士は、一つずつ課題を解決していった。

 ときには、何人もの博士たちの協力を仰いだ。

 だが、その途中で娘の病状がさらに悪化した。

 ナレッジ博士は苦渋の決断を強いられ、都市を離れることにした。

 ナレッジ博士と娘は、娘の魔力に合っていて療養に適しており、

 先立たれた妻の故郷でもあるヴィントミューレへ移住した。

 そして数年後、娘は亡くなった。

 そう手紙に書かれていたという。


「移住した頃は、まだ構想に毛が生えた程度だったんだけどね……」


 博士は苦笑混じりに息を吐く。


「研究を続けてたのにも驚いたけど、まさか十年足らずで完成に至るなんてね」


 そして、その視線は静かにミルへ向けられる。


「完成は早かった。ただ、それでも精神の霧散は進んでいたはずだ」


 博士はゆっくりと言葉を続けた。


「いや……本来なら、完全に消えていてもおかしくないほどの年月が経っている」


 それでも、彼女はここにいる。


「つまり、それほどまでに彼女が、彼女の精神が、〝生きたい〟と願っていたんだと思う」


 静かな声。だが、その言葉には確かな重みがあった。


「だからこそ、ナレッジ博士は……そんな娘の願いを叶えたかったんだろうね」


 その言葉を聞き、ミルは小さく俯き、何かを考え込むように黙った。

 やがて、ぽつりと呟く。


「……お父さんの研究資料、ある?」

「ああ、確か魔導大図書館に保管されていたはずだ」

「見たい……」


 博士は頷いた。


「かなり貴重な資料だからね。閲覧には制限がかかっているはずだから、手続きをしておこう」

「……うん」


 ミルは静かに頷いた。


「君は感情の起伏が薄いんだね。以前とはかなり異なっている」

「……わたし、感情がない」


 ミルは自分を確かめるように、小さく呟いた。


「それは、感情というものが記憶の積み重ねによって形成されるからだよ」


 博士は穏やかな口調で続ける。


「記憶が乖離しているから、感情がないように見えるんだ」


 だが、と博士は微笑んだ。


「でも、今の君を見る限り、完全に感情がないわけではないみたいだね」


 ミルは不思議そうに瞬きをする。


「おそらく博士と過ごすうちに、新しい記憶から感情が生まれ始めているんだ」


 静かな声が部屋に響く。


「だから博士は……〝経験することで、感情は得られるかもしれない〟……そう考えたんじゃないかな?」


 ミルはしばらく黙ったまま、自分の胸元へそっと手を当てた。


「……経験、することで……」


 感情は、経験によって得られるかもしれない。


 その言葉だけが、静かな部屋の中へ残っていた。


 ミルは何も言わない。

 博士も、それ以上は語らなかった。


 ただ、穏やかな沈黙だけがそこにあった____。


【改訂版のご案内】


一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。

四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。


改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。


なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、

現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。


あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。


最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。

引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!


改訂版

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