第84話 叡智の集う場所
水の国__。
この国はその名の通り、国土の半分以上を海や湖が占め、残る大地も深い森に覆われている。濃密な魔力に満ちたこの国には、その扱いに長けたエルフ族や妖精族が多く暮らしており、国全体が豊かな自然に包まれていた。どこまでも続く海、海から立ち上る霧、精霊の囁きが響く森。まさに大自然そのものと呼べる土地である。
精霊との結びつきは、他国とは比較にならないほど深い。その反面、都市機能や政治制度、文明的な発展といった分野では他国に後れを取っており、良くも悪くも自然と共に生きることに特化した国だ。
フルーテンを出発したラットたちは、フェンリルに乗り森を駆け抜け、さらには、船に乗って海を渡った。二度の月巡りを経て、ブルンネンに到着する。
「やっと到着したな~。ここが〝ブルンネン〟か!!」
「長かったですね~」
リオンは背伸びをし、ポニは踊るようにまわる。
二人はようやく辿り着いた実感を噛みしめていた。
長い旅路は、三人とポニの距離を縮めていた。
「なんか〝フルーテン〟や途中立ち寄った村とは雰囲気が全然違うよな~。同じ水の国とは思えないぜ」
「そうですね~、いろんな種族の方たちがいるからでしょうか?」
水の国には、二つの大きな街が存在する。
世界樹を擁する〝フルーテン〟は、森と海に囲まれ自然と一体となって築かれた街。伝統的といえばそうなるが、排他的ともいえる街だ。
それに対して、〝ブルンネン〟は真逆の存在である。
世界でもっとも魔法研究が盛んな魔法都市にして、エルフ族を中心として統治される学術都市。その門は広く開かれており、国内外から多くの魔導学に関わる者たちが集まっている。
「エルフ、妖精、ドワーフ……♪ 私、ドワーフの方を見るのははじめてです!」
「おっ、獣人もいるな!」
「いろんな人たちがいますよね~」
「おい……、あれって魔族じゃないのか?」
「そうだね。ここには魔族もいるよ」
本来なら仲の悪いエルフとドワーフだけでなく、魔人族__つまりは魔族でさえも、種族のしがらみを越えて魔導を競い合っている。世界でも数少ない、天の国と並ぶ〝中立〟を掲げる街。それが〝ブルンネン〟だ。
「ポニ……、でもさ。人もそうなんだけど、やっぱ目につくのは、こっちじゃないか?」
リオンは空を見上げた。
「ふふ、そうですね」
ポニも見上げる。
「でかいな~~~」
「おっきいですね~~~」
二人が見上げた先。
そこにあるのは、街の中央にそびえる大きな建物を中心に展開される大きな魔法陣だった。
ここは〝叡智の都ブルンネン〟___。
街の中央には、ひときわ巨大な建造物がそびえ立っている。
その建造物を中心に巨大な魔法陣が空に浮かび、
さらに、その周囲にいくつもの魔法陣が、乱雑に、囲むように、展開されていた。
それらは街の結界、防衛だけでなく、天候や湿度、気温に至るまで制御しており、
ブルンネンの環境そのものを支えている。
街の至る所にも小型の魔法陣が組み込まれていた。
その一つである街灯は周囲の明るさに合わせて常に光量を微調整している。
魔法は特別な技術ではなく、生活そのものへ溶け込んでいた。
「っていうか、二人は反応薄いな。これ見て驚かないのか?」
リオンは、自分とポニに比べ、ラットとミルの反応の薄さが気になったようだ。
「僕は一度来たことあるから」
「あ~、勇者パーティはどこにでも足を運んでるよな~」
「前に来たときはちゃんと僕も同じ反応だったよ」
リオンが納得したように頷く。
「ミルも何かないのかよ?」
「……前、住んでたから…………」
ミルが答えた。
「…………」
一瞬の沈黙。
「そうなの!?」
「そうなのか!?」
「そうなんですか!?」
ミルの言葉に全員の声が重なった。
「お父さん……研究者だったから…………」
付け加えられた言葉。
「そうかっ、魔導科学のっ!」
ラットは一人納得する。
このブルンネンには、世界最高峰の魔法研究機関が存在している。
魔法についての研究は多岐に渡る。単純な攻撃魔法はもちろんのこと、魔素や魔力の新たな可能性の模索、魔法文字、魔法薬の調合、魔力が関わる病など、多種多様だ。
魔導科学についてもその研究テーマの一つとなる。魔導科学は、数十年前に異世界から持ち込まれた科学と魔法を組み合わせるという学説だけが提示されてから、半分が科学ということもあり、その中途半端な存在から長く研究する者が現れなかった。
しかし、あるときに研究をするものが現れ、十数年前にやっと魔導科学という概念として成立した。
つまりは、博士は、ここで学び、その研究をするものの一人だったということなのだろう。
そう考えれば、あれほどの魔導機械を次々と発明するのも納得がいくというものだ。
ラットたちの話題は尽きなかった。
魔法都市、研究、ミルの故郷……。
すべて新鮮で話題に事欠かなかったからだ。
「そういえば、フェンリルは街の外なんだな」
徐にリオンが呟く。
「リルくん、寂しがってないといいのですが……」
「いくら中立とはいえ、フェンリルほどの魔物を街中に連れ歩くのはまずいからね」
ラットは説明する。
「魔族は魔物の兵器転用に成功してるけど、あれは使役とは違うし。フェンリルは使役したって前例がないから、最悪討伐されちゃうかも……」
「確かに、それは困りますね……」
魔物から守るための防御壁だ。それを突破され、危険な大型の魔物が入ってきたとなれば、かなりの大騒ぎになることは容易に想像がつく。
危険な橋を渡ることはないだろう。
「ここだね」
そうこうしていると、目的の場所にラットたちは辿り着いた。
定期便の運航を管理している建物だ。
しかし、状況はラットたちが知るものと異なっていた。
ラットたちが風の国への運航について訊くと、次の定期便がでるのは、魔法学校を卒業するものが現れる時期だというのだ。魔法学校は基本的に半年ごとに授業が一巡する。卒業する者が現れるのはこの時期だ。
この時期以外は使用するものがほとんどおらず、前の戦争で情勢が悪化したことがきっかけとなり、定期便の大半が廃止になったとのことだった。
「どうするんだ? まだふた月は先だぜ……」
「知らない土地でポニさんを一人残していくことはできないしね…………」
ラットとリオンは考え込む。
「冒険者は……?」
「それだミル! 冒険者に依頼したらいいんじゃね?」
「いや、冒険者って風の国の制度だからここにはないんだよ」
水の国に冒険者という制度はない。
いざというときは、それこそ風の国と連絡をとり、ギルド経由で冒険者に送り迎えをしてもらうよう依頼する。
ただ、その場合は長期間の拘束になるため、費用は高額になる。
「こちらから風の国へ戻る冒険者が見つかれば、いいんだけど」
この時期に風の国へ向かう人はほぼいない。
だからこそ、廃止されたのだ。
物の流通さえも、その時期に一緒にされるというのだから、ないだろうと考えていた。
「私、一人でも大丈夫ですよ」
そのとき、ポニが言葉を発した。
「さすがにそれは……」
「そうだぜ」
ラットとリオンがそれに答えるが……。
「目的があるのに私の都合で残っていただくなんてできません」
ポニは譲らない。
こういうときのポニは頑なだ。
二人がなんと言おうと折れることはなかった。
「いったん食事にしましょうか。もうお昼時ですしね」
ラットたちは適当な店を見つけ、入る。
店の中はちょうどお昼時ということもあり、人で溢れ返っていた。
注文の列は長蛇となり、席もほぼ満席の状態だ。
「いくらなんでも多すぎないか?」
「……並ぶ?」
「あっ、そうか。魔法学校……」
魔法学校があるということは、講義がある。
当然、昼食時が重なり、多くの生徒たちが押し寄せるわけだ。
「いったん出直しましょうか……」
出直そうとしたその時だった。
「あなたたち、ここ詰めれば座れるわよ!」
呼び止める声がかかった____
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
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