第82話 月下の水槍
大地が輝く____。
(なぜ? 特級魔法を使用しようとしているの?)
地面に展開される巨大な魔法陣を見て、イオーネは冷静になり、辺りを見回した。
(護衛隊は……どこへいった…………の?)
イオーネは、エレの精霊魔法を、特に自分を倒しうる〝特級魔法〟を警戒し、魅了の力により護衛隊に自身の周りを守らせていた。しかし、今はそれが忽然と消えていた。
ふら____
(なに……? なんだか…………)
イオーネの視界が揺らいだ。
(これは……力の影響じゃない…………)
このとき、イオーネの体には異変が起きていた。
(そういえば……さっきから…………匂いを感じな……………………い)
それは感覚を奪い__。
(体が……重い……………………)
体の動きを鈍化させ__。
(思考が……働かない………………)
思考を薄れさせていった____。
(…………なにをされたの…………………………………………?)
それでも最低限の状況は理解していた。
ここから逃げなければ、確実に倒される。
しかし……
ガクッ______
(変化が…………)
意識が薄れたことで、ギリギリで制御していた力が崩れ始めていた。
(今、私の体はどうなっているの…………?)
薄れる意識の中、変化させた自分の体が今どうなっているのかすら曖昧になる。
それでもイオーネは這いずってでも逃げようと試みた。
*
フェンリルと別れたラットは、ハイドマントに身を包み、行動を開始していた。
気づかれないように、少しずつ少しずつ、薄く薄く、ある薬品を散らしていく。辺りは魔力によって淡い光を放っている。それが散らした薬品を照らし、霧のように朧げに、薄っすらと漂わせていた。
イオーネは次第にその薬品に包まれていく。
しかし、気づかれることはない。
ラットが放ったそれは、
嗅覚を奪い、
体の感覚を鈍らせ、
動きを静かに縛っていったからだ。
本来は思考さえも蝕むが、攻撃が通らないわずらわしさに煽られたのだろう。鈍麻させるだけで、停止までには至っていない様子だった。
ラットが散布していたものは、〝麻水〟と呼ばれる薬品だった。
__麻水
神経に作用する薬。
神経の働きを一時的に鈍らせ、感覚や反応を低下させる。
本来は医療用として怪我や病気の治療の際に、痛みや意識を抑えるために用いられる。
魔力での作用ではないため、加護を持つ者にも効果がある。
イオーネの意識や感覚が鈍ったことで、大きく変化したことがあった。
「ミル、エレ!! エレはフェンリルとも一緒ですね。手分けして護衛隊の無力化。一気にいきますよ!!」
ラットの呼びかけに応えるように、
ミルが、エレが、フェンリルが、護衛隊を次々と無力化していった__。
力を失った護衛隊をそれぞれがラットの鞄へと避難させていく。
「これで全員ですね。エレ!! お願いします!!!」
「いくわよ!!」
そして、完全に護衛隊が沈黙した折、エレは特級魔法の詠唱を開始した。
未だにイオーネは気づくことはない。
自身に何が起きているのか。
護衛隊に何が起きたのか。
今、何が起ころうとしているのか。
彼女は気づかない。気づけない。
エレの魔力が練り上がり、一帯に巨大な魔法陣が展開されるまで。
大地を満たし境界を消せ__。
流れよ、広がれ、すべてを沈めろ____。
その水よ、静なる槍となり、無数に穿て!
<__ジ・ネビュラ・アクアランス>
光り輝く魔法陣から大量の水が溢れ出す。
ザアァァァ________________________
大波は一帯を瞬く間に呑み込み、森を溺れさせていった。
ザブザブ_____
「これが精霊魔法の最高峰…………」
リオンが呟く。
そして、広がった湖はイオーネを捕らえていた。
森の中、地面は消え去り、湖に沈んだような景色が辺りに広がる。
水面には夜空に浮かぶ月が映っていた____。
エレの叫びが響き渡る。
『________穿て!!』
エレの掛け声とともに水が膨れ上がり…………
ドドドドドドドドド___________________
巨大な槍が一斉に放たれる。
槍はイオーネを貫き、夜空へと突き上げた。
ズズウゥゥゥゥゥ________ゥゥゥゥゥン
水の槍が魔力となって霧散していく____
それとともに、イオーネは地に落ちた。
イオーネ__というよりは、イオーネが作り上げた体が徐々に崩壊していく。
「特級魔法……とんでもない威力だったな。弱ってきていたとはいえ、あれを一撃でやっちまうなんて…………」
リオンも呆気に取られている。
「確かにエレの精霊魔法はすごかったんだけど、気になるのはやっぱりこっちの力だよ」
ラットは改めて、イオーネの体を見た。
「これほど自在に体を変化させることができるなんて……」
擬態した魔物が元に戻るような感じでもないし、もちろん幻覚というわけでもない。どちらかというと、スライムが好き勝手に体の形を組み替えるような、そんな感じだった。
だけど、スライムのような流動体ならまだしも、イオーネはそれに合致しない。そんなことができるなんて、聞いたことがない。
加護に匹敵する力を想起させた。王都では加護を制限していたし、やはりそういう力がある前提で動いたほうがいいとラットは考えた。
「みなさん、意識を取り戻す前にイオーネを捕らえましょう」
「あれ喰らって生きてるか?」
「わからない。だけど、もともとの彼女は僕たちと同じサイズだし、残った肉片を集めれば、人一人くらいにはなるよね。どういう仕組みかわからない以上、確かなことはいえないけど」
そういって、イオーネの作り上げた体が消えていくのを見届けた。
しかし、すべてが消えた後、そこにイオーネの姿はなかった。
「おい、なにも残らなかったぞ……」
「いえ、皆さん、これを見てください」
ラットが見つけたものは、地中に続く穴だった。
「どうやら再度体を変化させて、本体だけ地中から逃げたのかと」
「どうする? 追うか?」
「……魅了もあるし、力の得体も知れない。無理に追うのは危険かと」
「そうね~。護衛隊が完全に動けなくなっちゃったから、捜索もできないし。もし追ったとして、少数のときに出くわしたりなんかしたら、次こそ厳しいかもね」
「まだこれほどのことができるなんて…………」
一行は勝利こそした。
だが、暗躍しているものの底知れなさも実感せずにはいられなかった____。
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。
引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!
改訂版
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