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第70話 審判の時

 エレに呼び出されたラットは、警備のための休憩室へと通された。ここには護衛隊シルヴァンガードの任務に同行させてもらったときに、一度だけ来たことがある。ちょうどフェンリルとの戦闘があった日だ。


 三、四の小隊が入れる程度のそれほど広くはない室内に、エレ以外にも護衛隊シルヴァンガードの隊長であるベルゼルや他にも数名の隊士がいる。以前と異なるのは、このヒリつくような空気感だ。リオンは息を呑み、ポニは不安そうに佇んでいる。


 以前来た時は、護衛任務の前とはいえ、日常の出来事だ。冗談を言って大騒ぎする者こそいないが、お互いに信頼し合っているような柔らかい雰囲気を醸し出していた。


 今は違う。護衛隊シルヴァンガードの表情は敵を目の前にしたときのそれだ。エレでさえも普段の温厚な表情や声色ではない。声のトーンは下がり、真剣な顔つきだ。


 以前から精霊魔法使いの失踪は問題視されていた。いったいどこに消えたのか、未だに手がかりが見つからない。そして、この数日間でそれは顕著に増大し、追い打ちをかけるかのように、フェンリルまでもが現れた。魔獣兵器、それは魔族を示唆するもの。護衛隊シルヴァンガードも必死になって魔族を探したが、今の今まで、手掛かりすら掴めずにいた。


 これは森での調査によって、なにか掴めたということなのだろうか?

 しかし、ラットは胸に一抹の不安を抱えていた。


 ベルゼルの視線。それに頷いたエレはラットに対して、口を開く。


「先ほど森にいましたよね? いったい何をしていたのですか?」

「さっき? 森……? 森とはフルーテンを囲む森のことでしょうか? 森へは朝の訓練で行ったきり、行ってませんよ」


 ラットは何か嫌な予感を感じつつも、どういう意図でエレがその質問をしたのかわからなかった。何もやましいことはない。ただ、それを否定した。


「そうだな。俺やミルだけじゃない。今日はエレさんも忙しそうにしていたし、ポニも一緒だったぜ」

「みんな一緒……」


 二人はラットの言葉に同意する。ポニもうんうんと首を縦に振っていた。


「途中でロックが目覚めたと聞いて、病室にいってからは、ロックも一緒でしたよ」


 全員の様子をエレは窺う。


「それはおかしいですね。私たちは森であなたを見ているんですよ」


 エレはそう言いながら、ラットを指差す。エレの使役する精霊たちが集まってきて、こちらも同意していた。


「見間違いではないでしょうか? エレも僕のことはよく知っていますよね」


 そうだ。普段、意識されにくいラットだ。何か別のものと見間違ってもおかしくはない。


「ええ、よく知っていますとも。だからこそ、しっかりと見定めました。できれば見間違いであってほしかった……。ですが、何度確認しようともあなただったんですよ」


 エレは沈痛な表情で言葉を続けた。


「今ならまだ間に合いますよ。何か理由があったなら、話してください。本当のことを言ってもらえませんか?」


 エレもまだ信じきれていないようだった。なにか理由があるのだと。それを教えてほしいと懇願するように。だが……。


「いや、本当もなにも……」


 リオンがたまらず、口を挟む。全員が顔を見合わせるが、意見を変えようとしない。

 それもそのはずだ。本当にラットはおろか、この四人は誰も森へは行っていないのだ。本当のことしか言っていない。


「そうですか。ラットくんを庇うということは、あなたたちもなんですね……」


 鼓動が早まる。胸騒ぎが現実になりかけている。

 この流れはまずい。


「ちょっと待ってください! まだ判断を下すのは早いです。こちらは何が起こったのか、把握すらできていません!」


 エレはため息を漏らす。


「先程から言ってるじゃないですか。森であなたを見たと。別に森にいたからといって、どうということはないんです」


 次の瞬間には__


「ですが、あなたはそれを否定する。森に行ったと認めてはいけない。何かやましいことがあるということじゃないんですか?」


 疑いの目に変わっていた。


(一体どういうことなんだ?)


 エレが嘘を言っているようには思えない。であれば、どういうことか?


 ラットは考えていた。変装や魔物の擬態の可能性を。だが、エレにはその考えはないらしい。それほどまでにラットだったと確信している。


 まず変装だ。変装には限度がある。顔だけではない。身長や体格など、元からよほど似ていない限りは、見間違うこともないだろう。


 魔物の擬態は、元々決まった特定のものへの擬態ならば見分けがつかないほど似せることが可能だ。しかし、木ならば木のみ、岩ならば岩のみ、人ならば決まった顔や肉体のみ。自由自在に肉体を弄れる訳ではない。ラットに似せるなんてできる訳がないのだ。


 となれば、認識を誤認させる……なのだが。


「エレ、あなたも……。〝魅了〟……されていませんよね?」


 クスッ__

 エレは笑う。


「いつものラットくんらしくないわね。自信なさげよ。あなたもわかっているんじゃないかしら? ありえないって」

「おい、どうしてありえないんだよ?」


 どういうことなのかわからない。リオンが小声で訊いてきた。


「確かにロックのときのように加護を打ち破るほどの〝魅了〟があることはわかったわね。でもありえないのよ。精霊たちが私に従っている限りは……ね!」


 エレの言う通りだ。精霊たちは魔力のちょっとした変化にも敏感だ。気づかれないように魅了するのは難しいだろう。もしそれができたとしても、おかしくなった者に精霊たちは従ったりしない。そういう信頼関係で繋がっているのが精霊魔法使いだ。


 だったら精霊たちを魅了すればいいのでは?

 これもお門違いだ。脳に魔力が干渉するのが魅了だ。強い魔力に意志が宿った存在である精霊には、干渉するための脳がそもそも存在しない。


 だったら、自分を見たというのはどういうことだ?


 ダメだ。可能性すら思いつかない。

 精霊魔法使いを誤認させる方法___。


 ……?

 なんだ。この違和感は…………。

 そういえば、エレ以外の精霊魔法使いが、行方を眩ませているんだよな?

 なぜ精霊魔法使いが……?

 それは〝魅了〟できないからではないのか?

 いや、正確には〝魅了〟すると存在が公になってしまうからではないか?

 ……まさか、敵の狙いは!!


「エレッ!!」

「話は終わりよ! ベルゼル、取り押さえなさい!!」


 エレはラットたちに向かい、手を掲げた。


「はっ!!」


(気づくのが遅かった……)


 ベルゼルは、纏っていたヴェイルスキンを解除し、腰に差していたレイピアを抜き放つ。合図と共に、他の隊士たちもラットへと距離を詰めた。


ギンッ___

ラットに襲いかかるレイピアをリオンが弾く。

 レイピアは床へと突き刺さった。


「ポニをっ!」

「わかってる!!」


 ラットはポニを鞄に匿い、先に出口を確保したミルの元へ走る。ラットが来るのを確認したミルは先行して先へと進んだ。殿をリオンに託し、建物の外へ出るラットたち。


 外に出ると、先行していたミルが立ちすくんでいた。


「ミル……?」


 ラットはミルの視線を追う。

 その先……。


 いや、それだけではない。

 建物の周りは、すでに残りすべての護衛隊シルヴァンガードにより囲まれていた。



 この建物は、森をすぐに巡回できるように、街の外れ、森へ入ってすぐのところに造られている。つまり、辺り一帯が森ということだ。


 背の高い木々の上には、たくさんのエルフたちが弓を構えている。そして、木々の間には武器を旋回させた妖精たちが今にも襲いかかろうと待ち構えていた。


 あとから、エレたちが建物から出てくる。エレは戦闘のため、自身のマジックバックから祭具を次々と出していった。


 ヒュンヒュンヒュン____

 加速していく祭具。

 エレはヴェイルスキンを解除し、祭具はエレの周りを旋回し始めた。


「どうするの? 諦めて投降する?」

「話を聞いていただくことは?」

「ん〜、まずは投降してからかしら……」


(どうする? ここは一旦投降するか?)


 いや、何者かに仕組まれている可能性が高い以上、大人しく捕まるのはまずい気がする。今、投降して話を聞いてもらったところで、信じてもらえるかどうか……。


 もし投降して、見えないところで誰かが魅了されたら、それこそ罪を確定させられてしまう。


「投降するつもりはないみたいね……」


 ハァ____

 エレは先程よりもさらに大きくため息を漏らした。


「あなたも強情ね。いいわ。引導を渡してあげる!」


 エレが構える。


「ベルゼルッ!」

「はっ!」


 ベルゼルがエレの元へやってくる。


「みんなに伝えてちょうだい。魔法での攻撃は控えるようにって」

「エレ様、これだけの人数です。囲んで魔法と弓の物量でさっさと殺してしまうのが適切ではないでしょうか?」

「殺しはしないわよ。捕まえて企みを吐かせた方がいいでしょ? なにか問題があるかしら?」

「……失礼しました。おっしゃる通りかと!」


「あと、探知魔法だけは張り巡らせておいて。小動物の抜ける隙間さえないように」

「……探知魔法?」

「ちょっと気を逸らしただけでも見失うのよ。あの子。そうなったら包囲網を突破されかねないわ」

「そんなことが……?」

「あるのよ。特に魔法の乱射なんかしたら、その爆風で視界が悪くなって、簡単に隠れられちゃうから、魔法は私だけに絞るわよ。絶対に油断はしないでね。相手も勇者パーティの一人よ」

「わかりました。すぐに伝えます!」


 ベルゼルが飛び去った。


 そして、一時の沈黙が走る。


 ヒュンヒュンヒュン____

 祭具が旋回する音だけが響き渡る。

 振り上げられる掌。


 振り降ろされた次の瞬間、旋回していた祭具はラットたちに襲いかかった!



 ズ___ズ_____

 ラットたちが戦闘を開始した頃、ロックは這うように後を追っていた。


 「くそ、こんなときに体が思うように動かない……」


 ハァハァ___

 怪我を押し殺し、呼吸を乱しながら、一歩ずつ歩みを進めていく。


(さっきの甘い香り……)


 ラットたちが病室を出て行こうとしたとき、ロックは一瞬だけ覚えのある甘い香りを感じていた。呼び止めようとしたが、気づかれずラットたちは部屋を出た。


 確かめようとロックは後を追っていた。


 いや、確かめるまでもない。間違うはずがないんだ。

 この香りは__



「待ってろよ……。イオナ…………」


【改訂版のご案内】


一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。

四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。


改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。


なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、

現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。


あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。


最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。

引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!


改訂版

https://ncode.syosetu.com/n5295md/

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